学生時代の話。①|摂食障害克服中|同棲準備
こんにちは、こんばんは、おはようございます。
かにぱんです。
私は当noteをジャーナリング代わりにも使っています。
過去について取り留めなく書いて、自分の気持ちを整理したり探ったりしています。
今日はずっと書こうと思っていたけど結局かけていなかった学生時代の学校生活について書きます。
前回、前々回と父の話を投稿して、少し暗い内容になってしまったので、次回は明るい内容を、と思っていたのですが、またタイミングを逃す前に書いておきたかったので再びシリアス回で申し訳ないのですが、どうかお付き合いください。
過去編は例に漏れず長いです。
今回も前後編に分けます。
いじめられっ子人生
私は幼稚園、小学校、中学校でいじめに遭い、高校では同じグループにいた1番よく遊んでいた子に根も葉もない噂話を流布されたことがあります。
実際には4歳から15歳までずっといじめに遭っていたわけではなく、1~2年くらいの小間切れでいじめられてり、平和に過ごしたりを繰り返していました。
さすがにどこに行っても被害に遭うので、きっといじめられてしまう自分に原因があるんだと思ってしまいました。
今振り返ると、自分に原因があるという考え自体は変わりないですが、私の人格に原因があるのではなく、私が自らいじめをするような人間と関わりを持ってしまうところに原因があったように思います。
なぜそうなってしまったのかは、おそらく家族との関係が関わっているのかなと考察しております。
余談ですが、モラハラ気質だったり暴力的な男性とお付き合いしがちだったのも、同じ理由からかなと思っています。
気を遣い過ぎた幼稚園時代
幼稚園は年中から通っていました。
当時の私は今とほぼ変わらず、激烈人見知りで創作が好きな少女でした。
友達と外で鬼ごっこをするよりも1人で粘土を捏ねている方がずっと好きでした。
そんな私にも常に行動を共にする子が2人いました。
親同士が仲が良かったわけでもないし、なぜその子たちと一緒にいたのか全く記憶になく、名前も忘れてしまったような子たちです。
とにかくその2人は気が強く、よく「○○取ってきて!」「ここも掃除しておいて!」など命令をされていました。
なぜか逆らうことができず、ずっと言うことを聞いていました。
今で言うマウントを取られることもしばしばあり、姉のおさがりばかりの私に対して、新しく買ってもらったヘアゴムやピンを自慢されたり、英会話を習っていて英語が話せる自慢をされていました。
それに対して「○○ちゃんは可愛いから似合うね」とか「○○ちゃんは頭が良いね」などよいしょするような発言をしていました。
何でも言うことを聞いたり、ゴマすりをしたり、そういう自我がない部分が余計に彼女らを苛立たせてしまっていたのはわかっていました。
しかし、私は他にどうしたら良いのかがわかりませんでした。
暴力を振るわれたり、物を取られたり、仲間外れにされていたわけではなかったので、周りからみれば問題があるようには見えなかったと思います。
私自身、当時はいじめられているという認識はありませんでした。
なので、親や先生に相談することもなく、年長に上がり、彼女らとはクラスが離れていじめは終息しました。
裏の顔が見抜けない小学校時代
小学校は1年生の時、学校に行きたくなさすぎて毎日のように泣いていました。
そして毎朝、母に引き摺られながら登校しては保健室に行ってました。
この頃はいじめには遭っていなかったので、何がそんなに嫌だったのかは未だにわかりません。
3年生になり、クラス替えがありました。
2年生までのクラスとは違って、活発な子が増えて、居心地が悪かったです。
その中に、幼稚園年中の頃一緒にいた子たちのような2人組がいました。
最初は笑顔で挨拶してくれたりして、派手で目立つけど良い人たちなんだと思っていました。
席替えでその子たちと同じ班になり、女子トイレの掃除を担当していた時のことです。
人数分あるはずのゴム手袋がいつも1組足りないのです。
その子たちは「え~なんでないんだろうね」「可哀想」などと言っていました。
仕方がないので私だけ素手で掃除をし、毎回入念に手洗いをしていました。
同時期に、鉛筆だったり消しゴムだったり、そこまでダメージは大きくないような小物が良くなくなりました。
代わりがあるから学校生活でものすごく困るようなことはなかったものの、不思議に感じていました。
ある日、掃除に向かうとその子たちが他のクラスメイトと話をしているのが聞こえてきました。
内容は私の悪口でした。
「あの子嫌いだから色々隠してるの」「うざいよね」「変だよね」
そんな内容を言われていました。
この時、複雑でしたがとりあえずゴム手袋をはじめ、消えた小物たちの在り処がわかったのでほっとしました。
確かに彼女らが私を若干見下したような発言をしていたのには気が付いていました。
でも、挨拶を毎日してくれるから良い子たちなんだと思っていました。
ちなみにゴム手袋らは、びしょ濡れの汚いバケツの下にありました。
変だと言われていた理由は、性格もあるかもしれませんが、小児てんかんが大きな理由です。
見た目では罹患者かわからず、普段はみんなと同じように生活ができているのですが、ひとたび発作が起きると突然目の前が真っ白になって周りの声や音が何も聞こえなくなり、その場から動くこともできなくなります。
突然トランスする私は彼女らから見れば変人だったのでしょう。
小児てんかんによる発作は小学校卒業間近まで続きました。
物を隠されたりしたのは3、4年生の頃だけでしたが、それ以降も「かにぱんちゃん変」とはよく言われていました。
前編はここまで。
次回、中学以降のお話から続きます。
それではまた。
