その艶やかなレモンを求めて
レモンを手に入れること。
オレンジでも黄色でもない、レモンイエロー。
その眩しく爽やかな色で頭の中がいっぱいになったのは、今年1月に京都で開催された文学フリマ、通称”文フリ”で手に入れたアンソロジーを読んでからのことだ。
お目当てだったこの本を手に入れてから一ヶ月以上が経っていた。その間「今日読もうかな、いやでも今じゃない、まだだ」と読もうとする手を何度も止めた。
そして一日中どしゃぶりの今日、ようやく”今読みたい”センサーが働き、読むことになった。

装丁もインパクトあって素敵よね
色にまつわるアンソロジー。
12人それぞれが担当する色は、散らばっていたり染まっていたり、時には温度を伴っていたりして物語に溶けていた。
雨の音をBGMに、お茶を何度も淹れては飲むこと数時間。ゆっくりそれぞれの色を堪能した。

そして最後の色まで読み終えたとき、私の頭の中はもうレモンでいっぱいになっていた。
どうしてあんなにレモンのことしか考えられなかったのか、これを書いている今は分からない。ただ、読み終えたときはもうレモンイエローで頭の中が染め上げられていたのだ。
外は相変わらずの雨。カーテンを全開にしたところで本などとても読めないほどの曇天。しかし私は数分で外へ出る準備をした。
無論、レモンを手に入れるためだ。
この時点で夕飯のメニューはハンバーグからレモンチキンステーキになっていた。レモンのマドレーヌを作ることまで決まっていた。
いざスーパーへ入ると国産レモンにアメリカレモンがあった。一つ入りか二つ入りか。私は迷わずまさにレモンイエローな二つ入りの国産レモンを手にした。
結構な雨が降っていたと思う。風も吹いていたと思う。実際に帰宅後はスカートの裾が濡れていた。だけど帰り道そんなことは微塵も気にならなかった。
まな板の上にレモンを乗せる。
包丁を入れた瞬間に爽やかな香りが鼻腔を通る。
大根餅のためだけに購入したおろし器に、半分にカットしたレモンを乗せ、力いっぱい押し込む。すると先ほどよりも主張の強いレモンの香りがした。
続いてマドレーヌの生地に、絞ったレモンの汁と少し削った皮を入れる。
焼き上がる頃にはオーブンの中が香ばしいバターと爽やかなレモンの香りでいっぱいになった。
残りの半分は輪切りにして鶏もも肉と一緒に袋へ入れる。
追いレモンペッパーで刺激を足し、酒や醤油で味を整えて待つ。
ある程度味が染みてフライパンが温まったら、皮の方を下にして押し付けるように焼く。
そうして皮がパリパリになったら裏返し、こちらがくしゃみをしてしまうほどのレモンペッパーで追い打ちをかける。
そうして出来上がったのがこちらだ。


これらを食べる時点ではもうレモンのことなんてどうでもよくなっていた。もちろん美味しかったし、米もおかわりした。だけどレモンを買いに玄関へ向かったあの執着にも似た使命感はもう残っていなかった。
あれはなんだったのだろう。
読んだとき、どんな話かよりも頭の中はレモンでいっぱいになった。
それは絵画に例えるなら、様々なものをひとつの枠に描いたものではなく、ただひとつのレモンだけが忠実に描かれているようなもので、それをひたすらに見つめているような感覚だった。
頭の中心に描かれた、今にも弾けそうで瑞々しいレモン。
その艶やかな果実に魅せられた不思議な日のことを、私はこれから先何度も思い出すのだろう。
