わたしの台所
私がはじめて自分の台所を構えたのは23歳の時。
念願の一人暮らし、憧れの東京、誰も私のことを知らない真っ新なすべて。台所と言っても、ワンルームの片隅に申し訳程度に設置された、手狭で使い勝手の悪い、でも初心者マークにはとってもぴったりな台所。
それまで料理らしい料理をしたことがなかった。する場所がなかった、というべきか。
実家の台所は母の聖域だったし、お付き合いしていたパートナーの台所兼洗面台は、インスタントラーメンを作ることに特化した場所。
どこの台所も私の登板を待ち構えることはなく、「簡単なものでごめんね」と言うことすら叶えてくれなかった。
「他人の台所」ってすごく居心地が悪い。
思わず「おじゃまします」と言いたくなるぐらい、入るのをためらってしまう。年に二回ぐらいしか来ない親戚の家みたいな、「他人の家」の香りがするそよそしさ。
友人の家にお邪魔した時、「お茶出すから座ってて~」と言われて、「いやいや、お邪魔して悪いし、手伝うよ。手土産のケーキをのせるお皿の場所だけ教えてもらったら」とスッと言えるのがいい人なんだろう。
でも、他人の台所にズカズカ踏み込む方がよっぽど恐れ多いことだと思って、「あぁそんな、お構いなく、、」と呟いて、ぼんやり座っている私。嫁姑問題に直面する前に、これはちょっと直した方がいいのかもしれないのだけれど。
私にとって台所って、鏡台みたいな場所なんだと思う。
時間に追われながら「今日もメイクしなくちゃ、面倒くさいなぁ。」そう思う時もあれば、「新しいコスメ買ったから楽しみ!時間をかけて丁寧にしちゃうぞ!」と意気込む時もある。
台所も同じで、「なんでこんな半端な量のご飯を冷凍したの!」とキレることも、「今日は豚肉が安かったから豚しゃぶや!」とウキウキの時もある。
正直、仕上がりはどちらもそんなに変わらないのだけれど、そこに向かうまでの精神力が大事で、他人から「簡単でいいよ」なんて言われようもんなら「それならあなたがやってよ!」と怒鳴りつけたくなることまで共通している。
祖母の家を思い出す、鏡台の四角い椅子に座って丁寧に髪を梳く時間の贅沢さに似た憧れと、形のまとまらない畏怖の輪郭を、今は台所に見出だしている。
だから、台所を仕切るのれんをくぐるのをためらう。
丁寧に並べられた口紅も、フライパンも、香水も、お醤油も、すべてにブランドメゾンのような荘厳さがあって、他人が勝手に踏み入ってはいけないのだ。
そんな私が「はじめての台所」を構えて10年以上が経過し、様々な変化があった。
肉より野菜が好きになって、ガスコンロがIHヒーターに変わり、電子レンジは60Hzに買い替えた。
食の好み、ダイエットの流行、ライフスタイル、その変化に併せて台所もあちこち変わって、はじめての台所から変わっていないのはステンレスの網ザルぐらいだろうか。いつかパンチングザルに変えてやろうと思って10年経過しているから、これは壊れるまで付き合うことになると思うのだけれど。
百円均一のプラスチック製保存容器は、イッチョ前にイワキのガラス容器になったし、お茶碗は出店で一目ぼれした波佐見焼になった。新しくせいろが増え、シリコンスチーマーは無くなり、食器洗いはせっけんで。
経験者だけが持ち得る思い出もこだわりも、いい塩梅に染みだした、いい台所になったと思う。
今、私が台所で考える料理のテーマは「臨機応変さが生きる経験」。
20代のころは料理器具にこだわる方が楽しかった。Francfrancのエプロンでまな板は木製、ネコちゃんの形のスポンジに持ち手の取れるティファールで・・・(そのどれも手に入れたことはないのだけれど。)
だけど歳を重ねて、「半端に余ってしまった小松菜をどう使い切るか」とか、「大さじ1のためにはちみつを買うのはもったいないから何で代用するか」を考えるほうが、よっぽどワクワクする。
他人の台所ではできない、自分の台所だからこそできる挑戦。3食で栄養バランスを整え、食材をやりくりして無駄なく使い切る、家のご飯の原点にして基礎である「厨仕事」を狭い空間で繰り広げるのは思いのほか楽しい。
相変わらず一口コンロだし、猫の額ほどの調理スペースではあれもこれもと欲張るだけごちゃごちゃになるし、とにかくキレそうになる瞬間が多い。アイライナーと思って手にしたのがアイブロウだった時みたいな。収納をなんとか改善せねばいかんぜよ、でもそれより目の前の小松菜をどうしてやろうと脳内のレシピををピピッと検索。
と、同時に向こう数日の予定を考えて、検索窓に「日持ち 3日」も追加。
このくらい考える力が学生時代にあればなぁ、とひとりごちて、なんだかバツが悪くなって、ちょっとだけ、と冷蔵庫のワインをグラスに注いで。ちびちび飲みながら検索結果を元に手を動かし始める。これがわたしの台所にちょうどいい。
35歳の台所はもっと大人だと思っていた。
というか、結婚して誰かのために料理を作っているものだと思っていた。20代の私、仕事ばっかりしてないで婚活もしなさいよ。
わたしの台所は誰にも邪魔をされない聖域となって、秘密基地みたいな適度なこだわりと、お気に入りの道具たちに囲まれている。思っていたのとは違うけれど、それはそれ、毎日使う場所って結局実用性重視じゃない、と言い聞かせて眺めている。
次の住まいに独立洗面台があったとしても、私は台所で歯を磨くだろうし、冷蔵庫に歯磨き粉をぶら下げるのだろうと思う。
クローゼットにしまい込んでいる電気圧力鍋の住所が決まって、あわよくばコーヒーメーカーも、冷蔵庫の上の電子レンジの上から引っ越しさせたいなぁ。ご近所さんにオーブンをお呼びして、天板一杯に野菜だけを並べて、おなか一杯素焼き野菜を食べることだってやってみたい。アーティチョークやかつお菜など、食べたことがない野菜に挑戦して、どうせなら家庭菜園なんかもいいかも。
どんな変化があったって、「そういえば前の台所はこうだったな」って思い出してフフンと笑える、そんな日が待ち遠しいような、まだ今の台所を楽しみたいような。
料理上手じゃなくても、台所は一番好きな場所になりえる。わたしの台所はまだ、成長段階にある。
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