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草彅剛さん主演舞台「シッダールタ」を観た。※ネタバレ有

2026.1.11 草彅剛さん主演の舞台「シッダールタ」を鑑賞した。
注釈付き補助席だったので見えない箇所もあったけれど、今回も本当に観て良かった~!
ヘルマン・ヘッセの原作もとても面白かったので、備忘録も兼ねて書いていきます。


「シッダールタ」とは?

ドイツの作家ヘルマン・ヘッセの作品。
インドの青年シッダールタ(釈迦と同名だが別人)が性の心理を求めて修行し、俗世の世に生き、人生の最後に悟りの境地に至るまでを寓話的に描いた小説である。

-草思社「シッダールタ」岡田朝雄 訳より

大学時代ドイツ文学専攻だったにも関わらず、ヘルマン・ヘッセに触れてこなかったのでこの舞台が発表された時に「めっちゃ難しいんじゃ…?」と慄いたのですが、いざ読んでみたら読みやすいし、内容もめちゃめちゃ面白かったです。

「シッダールタ」ざっくりあらすじ

第一部
神の教えに疑問を感じていたシッダールタは、バラモン(インドの上流階級・司祭)を捨て、友人のゴーヴィンダと沙門(苦行者)のところへ。
厳しい修行(断食)を繰り返すが、これは単なる逃避であり、自我や輪廻から逃れることはできないのだと悟る。
そんな折、ガウタマという人の噂を聞き二人で会いに行くのだが、ゴーヴィンダが弟子入りしたのに対し、シッダールタは教えを乞うだけでは解脱はできない、自我が肥大化してしまうと考え、ガウタマの元を去る。
「自分とは何なのか?」を突き詰めるうち、自分がどこにも属していないこと、すべきことも帰る場所もないことに気づき、孤独を感じるのだった。

自分なりにまとめてみました①

第二部-①
河を渡り、村に着いたシッダールタは美しい遊女カマラーと出会う。彼女に魅了されたシッダールタは商人の元で金を稼ぎ、彼女の元に通うようになる。世俗と欲望の生活を送りながらも、心の中は沙門のまま、誰を愛することもないシッダールタだったが、長い月日が流れ、身も心も俗世に溺れてしまう。
そんな中、ある夢を見たことがきっかけとなり、この遊びは際限なく繰り返すのではないか?(=輪廻に囚われている)と気づいたシッダールタは全てを捨てて村を出ていく。
河のほとりにたどり着いたシッダールタは自己への嫌悪から自死を図るが、一命を取り留め深い眠りにつく。目覚めると、そこにはゴーヴィンダがいた。たまたま近くを通りかかった彼は、シッダールタの変わりように驚き、軽蔑して去っていく。
河に留まることを決めたシッダールタは、渡し守に今までの経緯を語り、自身も渡し守の仕事をしたいと申し出る。そうして月日が流れたある日、二人は蛇に噛まれて命が危ない女性とその子どもに遭遇する。その女性はカマラーであり、子どもはシッダールタの息子であった。
カマラーが亡くなった後、息子と過ごすうちにシッダールタは人を愛することの喜びと悲しみを知った。そして再びゴーヴィンダと再会し、自分のたどり着いた真理を述べるのだった

自分なりにまとめてみました②

感想

修行だけかと思いきや、しっかり俗世に染まるのが良かった。
原作では「物乞いしました」だけなのに、舞台ではしっかりボコられていてなぜわざわざバラモンから…と思わずにはいられなかった。

舞台のセットがお椀のようになっていて、役者さんが滑り降りてきたり登ったりするのが新鮮だった。
あれはどうやら蓮の花をイメージしているみたい。
カマラーの語源も蓮だった気がする。
衣装チェンジもすべて舞台上でやっているのが見事だったし、お椀の上の方に人影が影絵のように映るのも物々しさがあって良かったなぁ。

カマラーとの情事の場面をどう表現するのだろうと思っていたら、ド直球でびっくりした。
2階の真横から観ていたので、真上からのアングルバッチリ、体勢や息遣いの演技も相まって、私にはもう寝床が見えたよ(?)
一つになるほど孤独が浮き彫りになるというのも、若さゆえという感じがしてとても良かった。
40代が近づいて我に返るとことも。
ただ息子はそりゃキレてグレるだろ…とは思った(笑)
父親の責任も果たさない上に、父親自身はバラモンとして幼少期を送っているのに自分はおじいさんとバナナと河に囲まれているんだもん、そりゃ怒る。
息子役の方の演技も良かった。
渡し守のおじいさんも。

主演の草彅剛さんの演技は、今回も流石の一言。
重たい役であればあるほど説得力がある。
台詞もめちゃめちゃ多い上に難しいのに、すっと入ってくる。
一生を描いているのに少年青年から老人まで演じられるのは何??
真理に気づいた!と思って喜ぶ場面、それからすぐ孤独を感じる場面…やっぱりこの方は人間の汚さや清濁併せ持つ姿を演じるのがめちゃめちゃ上手いなと思った。
息子への狼狽具合は泥臭く人間味に溢れているのに、最後のゴーヴィンダに語る姿は優しく本当に悟りにたどり着いたようだった。
良い意味で人間離れしているから、最後のカーテンコールの穏やかな笑顔でいつもほっとして泣いてしまうんだよね。
あぁ小学生の時から見ていた草彅さんだって。

最後に

シッダールタがゴーヴィンダに伝えた中にあった
「言葉や教えではなく、行為を見る」
原作では「説法や思想の中に私は仏陀の偉大を見ない、ただその行為に、生活に偉大を見る」
が個人的にすごくそうだよね~!となった。

私自身が宗教二世で、まさに「祝詞だけ唱えていればいい」という思想の親の元で育ったので、「言葉よりも行動が偉大」というのはその通りだと思う。
「人を愛しなさい」という言葉よりも実際に人を愛することの方が重要で偉大であるという。
それを修行でも放蕩の日々でもなく、息子と渡し守から学んだというのも良いよね。
結局人は日常や人との関わりの中で愛を得て、悟っていくのかもね…と思った。

今回シッダールタに注目しすぎて、デーミアンのことをすっかり忘れていて、途中の場面転換にずっと???となっていたので、次はデーミアンを読もうかなぁと考えています。
あ~いい舞台だった!!!
次はどんな役柄をされるのか楽しみ。

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