心のドク
「ヤバいぐらい強いヤツ」になりたい欲望がある。
この場合の「強い」とは、肉体的というより精神的な意味合いで、周囲のことなんか全く気にならない、体の内側より湧き出るアイデアと好奇心が眼から溢れらんらんと光り、口元からは到底理解できないような言葉の羅列に交じって時折素っ頓狂な大声が放たれる、そういう、才能に憑りつかれて狂ってしまったような人間になりたい。
わかりやすい例で言えば、バックトゥザフューチャーのドクだ。
私が今更説明するまでもないけれど、まず、自分の研究を成功させるために原子力発電所からプルトニウムを盗んでくるような男であり、その出来事が物語のほんの始まりにすぎないほどに様々な事件を巻き起こす張本人である(いや、Ⅱはビフのせいかもしれないけど!)ことを改めて思い出してほしい。
私のことを演劇やってんのか働いてんのかよくわからない根無し草だと訝しんでる人もいるのかもしれないけど、ドクになりたい割には正気を保っている方だと思っていただきたい。
少し前に、心の中にギャルの人格を住まわせて、つらいときに慰めてもらいマインドリセットするライフハックが話題になった。
不安を吹き飛ばすような強いパワーを持った存在は、多くの悩める現代人にとって憧れなのだと思う。
私の心の中にドクはいるのだろうか?
暗闇の中、デロリアンの操縦機を手に持ったドクを想像してみたが、あの目力でこちらを睨むだけで喋ってはくれない。私のような凡人の感性では、ドクの台詞を想像しようにも限界があるということなのか。
そもそも、ここまで話しておいてバックトゥザフューチャーという作品そのものについてはファンを名乗れるほどでもないので、作中の台詞もあまり思い出せない。「重さは関係ない」くらい。
話を現実に戻すが、私が毎日通うオフィスでの出来事は、SFよりも奇妙奇天烈摩訶不思議である。
この春は、なにも希望していない仕事を給料据え置きで押し付けられて、目の前のタスクをこなすためだけに必死だった。
歯車で当たり前、対等に扱われなくて当たり前、末端なんだから。こんなことやるために生きてるんじゃないと暴れる心は押さえつけて、余計なことは考えずにキーボードをバチバチやっていれば定時になり、定時になったらあがってよくて、定時になったらあがっていいというのは随分恵まれているらしい。
他の仕事も探しているけど、現職の経験を活かせる業務は着々とAIが侵食しているようで、またキャリアチェンジかよ!また未経験歓迎低賃金かよ!一体何年働いたらスキルなんてものが身に着くんだと気持ちから先に疲弊してしまう。
経済的に自立したいだけなのに、社会が働くことを勧めていない気がする。もしかすると、この風当たりは年を重ねるほど強くなっていくんじゃないだろうか、と途方に暮れた。
そんな毎日の中、先月は、普段通りキーボードをバチバチやって定時に退勤したその足で劇場へ向かい、久しぶりに照明を浴びた。
疑念に満ち溢れた生活をフルタイムでこなしている私に舞台照明は眩しすぎて、体中の血が湧いたような高揚感でリハーサルを終えた。
前回の出演からは実に四ヶ月が経っていた。社会人として稽古期間を加味すると納得の間隔ではあるが、私が私のままここにいてよくて、絶対に私でなければいけないなんてことはこの四ヶ月の間全くなかった。
稽古を重ねて頭に刻み込まれまくっている台詞を声と体でコントロールする感覚は心地よく、役と自分の境界が曖昧になる。客席のことがなにも怖くない。今すぐこの作品の面白さを一番最高の形で伝えたい。気がつけば、職場では発したことのない声量が口から放たれていた。
やめられないなと思った。ちょっと楽しすぎる。私の人生に必要すぎる。
俳優として売れようが売れなかろうが、この感覚がある限り続けたいし、この感覚のためならどんなことでも乗り越えられる気がした。
できうる限りを尽くして下げた頭に、拍手の音が降りかかる。
たった5分の一人芝居だったけど「ヤバいぐらい強いヤツ」になるには充分な時間だった。
袖幕をめくって真っ暗な舞台袖に戻り、光量の差に目を慣れさせつつそろそろと進む。突き当たりとなる狭くて埃っぽい舞台裏の隅に、心のドクを仁王立ちさせてみると、にやりと笑って「どうだった?」と囁かれた。
笑いながら「なかなかヘビーだったよ」と小声で返してみる。
「重さは関係ない」
