『おぢアタック』という言葉に感じた違和感
ABEMAの番組で「おぢアタック」という言葉が取り上げられ、SNS上でも話題になっていた。
私は番組を観てはいないけれど、結婚相談所を利用した経験がある者として、この言葉や炎上のあり方について感じることを少し書いてみたい。
婚活の現実
実際の婚活市場では、男女の年齢差は現在おおむね「5歳差前後」が主流とされている。
厚生労働省の統計によると、2021年の初婚夫婦では「同年齢」が約20%、「夫が年上」が約56%(ただし大半は5歳差以内)、「妻が年上」が約24%で、10歳以上の年の差はごく少数にとどまる(厚労省統計)。
つまり、8歳以上年下の女性──特に20代の女性──に見合いの申し込みをしても、現実的にはほとんど実を結ばないのが実情である。
婚活カウンセラーが「頑固に若い女性を求めるおじさんが多い」と語っていたが、実際にどの程度の割合でそういう人が存在するのかは不明であり、それを“おじさん全体”に拡大解釈するのは短絡的だろう。
男女を逆にした場合
男女を逆転させてみよう。
ハイスペックな男性に40代・50代の女性が多数申し込むとしたらどうだろうか。
現実的にはまず相手にされないはずだ。
つまり「おぢアタック」とされる現象は、性別を逆にしても同じように“望みが薄いアプローチ”である。
言葉の響きと品位
問題は「おぢアタック」という言葉そのものだ。
これは明らかに蔑称的で、笑いの消費に耐えるように仕立てられたラベルである。
その言葉に乗っかって「そうだ、そうだ」と声を揃えるのは、結婚相談所の専門家であっても品位を疑われる行為ではないか。
婚活カウンセラーは本来「可能性を広げる立場」であるはずなのに、安易にメディアの“盛り上げ”に加担することで、むしろ婚活という活動そのものに偏見を与えてしまう危険がある。
さらに、番組内で語られていた「こんなおじさんばかり申し込んでくるなんて、私は安く見られている」という意見も紹介されていた。
それは、嫌っている男子と席が隣になっただけで泣き出す小学生の姿を思わせる。
もちろん「好意を向けられる相手を自分で選びたい」という気持ちは理解できる。
だが20代後半の大人がそのまま本心をむき出しにしてしまえば、誰がその涙に同情してくれるのだろうか。
婚活の場では、むしろ相手を蔑むその視線のほうに問題があると感じる。
メディアと婚活業界
思い出されるのは、過去に別の結婚相談所の仲人がドキュメンタリー番組で炎上した事例だ。
そのときも「問題のある会員を引き合わせて、幻滅させた後に別の会員と成婚させる」ような演出が疑われ、番組的には“映える”一方で、相談所全体のイメージを損なう結果になった。
今回の「おぢアタック」も似ている構造を感じる。
メディアはネタにして消費しやすいかもしれない。けれど婚活に向き合う人たちにとっては、むしろ偏見を強めるだけではないだろうか。
おわりに
「おぢアタック」という言葉自体よりも、それを面白がって消費する空気こそ問題だと思う。
婚活を経験した立場からすれば、真剣に相手を探す場が茶化されることに居心地の悪さを感じる。
結婚相談所や婚活の現場は、ただでさえ勇気がいる場だ。
そこにさらに「笑いのネタ」のレッテルを貼るのではなく、もう少し落ち着いて語れる空気が必要なのではないだろうか。
