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英語音声学との出会い

 皆さんは、音声認識アプリに自分の発した英語を吹き込んだことはありませんか。違った単語や語句に変換されてがっかりしたなんていうことがあるのではないでしょうか。また、まとまった量の文章を吹き込んで、後で聞いてみると、英語らしく聞こえないといった感想を持ったことがあると思います。
 高校生の頃の私もそうでした。今流にいうと、ネイティブらしく聞こえない。スピーチ用に何回も何回も原稿なしで覚えているくらい英文を練習しても、どうしてもネイティブらしく聞こえないのです。
当時の私は、その理由は英語に使われる一音一音の音声の質にあるのではないかと考えていました。英語に使われる音の調音(音の出し方)に原因があるので、その調音を習得できればネイティブの英語らしく聞こえるようになるのではないかと考えていました。
 その後、外国語学部に進学し、音声学という発音に関する科目を専攻しました。音声学は当時まだ、日本の大学で学ぶ科目としては歴史の浅い科目だったのではないかと記憶しています。教科書は、英語で書かれた原書で、先生は、留学されて学ばれたことを新鮮なまま講義してくださったように思います。
 その音声学の教科書では最初に、英語に主に使われている音を発音記号で紹介し、それぞれの音が口の中でどの器官を、どの位置に、どういう状態で、どう使って発音するのか、図解と音源(当時の主流はテープレコーダー)がまとめられていました。前半部分はほぼ、その解説と実際の単語、語句を使ってのトレーニングが続きます。
 後半には、実際の場面で文の中で使われたときに起こる様々な音の変化や、強弱、リズム、イントネーション(高低)、拍の等時性とそれに伴う発音の遅速などの説明、分析、そのトレーニングについて書かれていました。
授業を取りたての頃は、前半の調音の部分に、念願の授業に出会えたと感激していたのを覚えています。
 通年の授業でしたが、単位数が少なかったせいだと思いますが、前半の調音の部分で一年間が終わってしまいます。確かに、音のつくり方がわかるようになり、発音記号の音は割と正確に出せるようになっていました。ただ、英語らしい発音で話せるかというと、どうも何か違和感を感じていました。何か足りないように感じていました。
 その後、先生のゼミ生になり、しばらくしてその違和感が何か、判明します。実は、ゼミでは教科書の後半について学習することも多くあり、実際にネイティブが英語でやり取りする場面での、音の変化や、強弱、リズム、イントネーション(高低)、拍の等時性とそれに伴う発音の遅速について研究する機会がありました。
 特に、英語の発話には、拍が重要で、等時的に表れ、それに伴い拍間の単語が、語数が多い場合は早口で(端折るように)読まれ、少ない場合はゆっくり強調するように読まれるという説明の部分には、長い間の謎が解けた思いがしました。その影響で、音の変化や、強弱、リズムが生まれていたことも理解しました。しかも、それは日本語にはない特徴だとわかったのです。