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「やってくんない!」        ― ヤクルトと赤道、そして一心同体の夫婦 ―

ケアマネジャーの仕事をしていると、

何年経っても、ふとした瞬間に思い出す方がいます。

今回ご紹介するのは、

訪問するたびに、漬物とお菓子を用意してくださったご夫婦のお話です。


玄関を開けると、いつも奥様が笑顔で迎えてくださいました。

テーブルの上には、

  • 手作りの漬物

  • お菓子

  • 温かいお茶

が並びます。

すると、ご主人が低く太い声で言います。

「やってくんない!」

地方出身のご主人ならではの、どこか素朴で温かい言い回しでした。

「さあ、食べていって。」

そんな意味なのですが、その言葉の響きがなんとも愛らしく、今でも耳に残っています。

ぶっきらぼうに聞こえるのに、不思議と優しさがにじんでいました。


ヤクルトをおいしそうに飲む姿

奥様のところには、いつもヤクルトレディが来ていました。

ご主人は、そのヤクルトを本当においしそうに飲んでいました。

小さな容器を手に取り、

ごくっと一口。

その様子を見ていると、

戦争を生き抜き、家族を支えてきた大きな背中の中に、

どこか少年のような愛らしさを感じました。


赤紙が届いた日

若い頃、ご主人のもとに赤紙が届きました。

突然の招集。

荷物を持つと、そのまま列車に乗せられたそうです。

車内の窓には、明かりが漏れないようカーテンが掛けられていました。

行き先も知らされないまま、列車は南へ向かいました。

気がつくと、九州に着いていたそうです。


赤道を越えた日

その後、船に乗せられました。

何日も続く、狭い船の生活。

暑さは想像を絶するもので、上半身裸で過ごしていたこともあったそうです。

そんなある日、船内放送が流れました。

「ただいま、赤道を通過中です。」

すると、その日だけ特別に赤飯が配られたそうです。

「みんな、うれしがっていたんだ。」

その話をされるとき、ご主人の表情は少年のようでした。

過酷な状況の中でも、赤飯の記憶だけは明るく残っていたのでしょう。


ラバウルでの暮らし

到着したのは、ラバウル。

通信部隊だったため、直接戦うことは少なかったそうです。

しかし、食料は乏しく、十分に食べられる環境ではありませんでした。

そこで野菜を育て、とくにサツマイモが命をつないでくれたと話してくださいました。

「芋がなかったら、どうなっていたかわからない。」

運よく大きな空襲に遭うことなく、無事に帰国することができました。


戦争を生き抜いた世代

私たちは、戦争はしてはいけないと知っています。

でも、実際に赤紙を受け取り、命の危険の中で生きた世代の覚悟や精神力は、想像を超えるものがあります。

そして、

「子どもたちを戦争に行かせてはいけない。」

そんな強い思いが、今の平和な時代を支えてくれているのだと感じます。


デイサービスは、数回で卒業

介護保険サービスとして、デイサービスを数回利用されました。

しかし、ご本人にとってはあまりしっくりこなかったようです。

「やっぱり家がいい。」

その言葉どおり、自宅で過ごすことを選ばれました。

無理に勧める必要はありませんでした。

その人が望む暮らしこそが、何より大切なのだと思います。


一切、弱みを見せなかった

持病の肺がんが徐々に進行しました。

在宅酸素療法が始まり、

訪問診療と訪問看護を利用するようになりました。

それでも、ご主人は最後まで弱音を吐きませんでした。

いつもどおり、どっしりと構え、

静かに時を重ねていきました。

そして、住み慣れた自宅で人生を閉じられました。

まさに、その人らしい最期でした。


奥様も、あとを追うように

ご主人を支えてきた奥様は、

いつも笑顔で、明るく、よく気がつく方でした。

デイサービスにも通い、元気に過ごされていました。

持病らしい持病もありませんでした。

ところが、ご主人が亡くなって数か月後、

突然、旅立たれました。

まるで、

「あなたがいないなら、私も。」

とでも言うように。


一心同体のような夫婦

このご夫婦を見ていると、

長年連れ添うということは、

ただ同じ家に住むことではないのだと感じました。

  • 同じ食卓を囲み

  • 同じ時代を生き

  • 同じ思い出を重ね

  • 同じ空気を吸って生きる

そうして少しずつ、

二人の人生はひとつになっていくのかもしれません。


最後に

訪問のたびに聞いた、

「やってくんない!」

という優しい声。

漬物の味。

お菓子の包み。

ヤクルトをおいしそうに飲む姿。

赤道を越えた船の話。

ラバウルのサツマイモ。

そして、一心同体のように生きたご夫婦。

ケアマネジャーの仕事をしていると、

その人の人生のほんの一場面に立ち会うことができます。

でも、その短い時間の中で、

人の強さや優しさ、愛情の深さを教えてもらうことがあります。

あのご夫婦のことを思い出すたび、

テーブルにおかれた漬物の香りと、飲み終わったヤクルトの小さな容器が、

今でも私の記憶の中で温かく残っています。

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