交差点の手帖 #004 責任について① 「反応を選ぶ」という自由
【この記事について】
「交差点の手帖」というシリーズです。問いの庭にまとめきれなかったけど、日頃考えているトピックで、何かしら言葉を与えてみたかったアイディアの断片を記事にまとめる試みです。
言語、哲学、社会、政治、経済、歴史、文学 etc. さまざまな知の流れが交わる「交差点」に立った時に公孫樹に見えた景色をお届けします。
気になったテーマを自由に掘っていくつもりです。ここでもスタンスとしては、答えを出す場所ではなく、問いを置いていく場所として使っていけたらいいなと思います。結論を出すためというよりは、現時点でここまで考えてみた、みたいな書きかけの手帖という感覚で読んでいただければ幸いです。
普段は「問いの庭」と「からだの手帖」を書いています。よかったらそちらもどうぞ。
【この記事で考えてみたいこと】
問いの庭 #009「凪とは何か」の中で、Let them セオリーの話に少し触れました。今日はその話をもう少し丁寧に展開してみます。問いの庭を聴いていない方も、この記事単体で十分に読めますが、009と合わせて読むと、より立体的に受け取ってもらえるかもしれません。
(問いの庭 009:準備中)
「責任を取れ」と言われると、なぜ身がすくむのでしょうか。
私はずっとこの感覚が気になっていました。責任という言葉を聞くたびに、どこかが緊張する。前のめりになるのではなく、後ろに引く。そういう反応が自分の中に起きることに気づいていました。
これはきっと私だけではないと思っています。
責任から逃げる人が多いのは、責任が怖いからではないかもしれない。罰が怖いのではないか。日本語の「責任」という言葉が、いつの間にか「罰を引き受けること」と同義になってしまっているのではないか。
そんな問いを抱えながら、一冊の本を読みました。
メル・ロビンズの『The Let Them Theory』です。
この本を読んで、責任という言葉の意味が、少しずつ変わっていきました。今日はその話をしてみたいと思います。
【視点:反応を選ぶことが、責任である】
メル・ロビンズという人
メル・ロビンズは、アメリカのモチベーション系著者・コーチです。日本ではまだそれほど知名度が高くありませんが、アメリカでは非常に影響力のある人物です。
特に彼女のPodcastは驚くほど人気があります。「The Mel Robbins Podcast」はアップルのPodcastランキングで長期にわたって上位に入り続けています。日本ではまだ情報収集の手段としてPodcastは浸透しきっていませんが、アメリカでは通勤中・運動中・家事をしながらPodcastで学ぶというライフスタイルが当たり前になっています。著名なビジネスパーソンや研究者、思想家が次々とPodcastに登場し、書籍と並ぶ知的なメディアとして定着しています。そういう文化の中で、メルの番組は数千万の聴衆を持つに至りました。
もともとは「5秒ルール」という概念で広く知られるようになった人物です。何か行動しようとするとき、脳が言い訳を始める前に5秒以内に動く。シンプルですが、多くの人の背中を押しました。
2023年、彼女がSNSに投稿した「Let them(そうさせておけばいい)」というたった二語の言葉が、1500万回以上再生される大きな反響を呼びます。その思想を一冊にまとめたのが、2024年出版の『The Let Them Theory』です。
Let them. そして、Let me.
この本の核心は、非常にシンプルです。
他者や環境は、コントロールできない。
だから、Let them——そうさせておけ。
他人がどう言おうと、どう思おうと、どう行動しようと、それはその人の領域にある。私にはコントロールできない。だから、そうさせておけばいい。
でも、ここで終わらないのがこの本の大切なところです。
Let themの次に来るのが、Let me——では、私はどうしたいか?
他者や環境に振り回されるのをやめたとき、初めて「私はどう反応するか」「私はどうしたいか」という問いが生まれる。その問いに向き合うことが、責任の本質ではないか、とメルは言います。
責任とは、罰を引き受けることではない。
反応を選べると気づくことが、責任だ。
この言葉を読んだとき、何かが緩んだ気がしました。
7つの習慣という名著
メルの言葉を読んで、すぐに思い出した本があります。
スティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』です。
1989年に出版されたこの本は、世界で4000万部以上を売り上げ、20世紀に最も影響を与えたビジネス書の一つとされています。日本でも長年読み継がれ、自己啓発の「古典」として知られています。ただ、名前は聞いたことがあっても、実際に読んだことがない人も多いかもしれません。
この本が説く「7つの習慣」の中で、最初に来るのが「主体性を発揮する(Be Proactive)」という習慣です。コヴィーはここで、非常に重要な区別を提示しています。
「影響の輪」と「関心の輪」という概念です。
関心の輪とは、私たちが気になること・心配することの領域。天気、他人の評価、経済の動向:関心はあるけれど、自分にはコントロールできないものたちです。
影響の輪とは、自分が実際に影響を及ぼせる領域。自分の態度、自分の言葉、自分の選択:ここにエネルギーを注げば、変化が生まれる。
主体的な人は、影響の輪に集中します。コントロールできないものに振り回されず、自分が選べることに意識を向ける。
これはまさに、Let them理論と同じ構造をしています。
そしてコヴィーは「responsibility(責任)」という言葉を、「response(反応)+ ability(能力)」として読み直しました。責任とは、反応する能力のことだ、と。
2500年前から言われていたこと
実はこの「コントロールできるものとできないものを見極める」という視点は、はるか昔からすでに語られていました。
古代ギリシャのストア哲学者、エピクテトスです。
かつて奴隷だったこの哲学者は、自由を外側に求めることをやめ、内側に見出しました。彼はこう言っています。
人間を不安にさせるのは出来事ではなく、出来事に対する見解である。
自分でコントロールできるものとできないものを区別せよ。
コントロールできないものに心を乱すな。
外にあるものは変えられない。でも、それをどう受け取るかは、自分が選べる。奴隷という状況の中でさえ、内側の自由だけは誰にも奪えない。そういう思想です。
そしてもう一つ、こんな言葉があります。問いの庭009でも紹介しましたが、あらためてここに置いておきます。
神よ、変えることのできるものについて、それを変える勇気を我に与えたまえ。変えることのできないものについて、それを受け入れる冷静さを我に与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する叡智を与えたまえ。
これはラインホールド・ニーバーというアメリカの神学者の「平安の祈り」として知られている言葉です。第二次世界大戦のさなかに生まれ、アルコール依存症の回復プログラムAAでも広く使われてきた言葉でもあります。
メルもコヴィーも、エピクテトスも、ニーバーも、言っていることは同じです。変えられないものを手放し、変えられるものに向き合う。その実践が、自由であり、責任である。
意識は0.5秒遅れている——それでも「意図」は選べる
ここで一つ、問いの庭で扱ったテーマを引っ張り出したいと思います。
問いの庭 解説note #001「意識は0.5秒遅れている」です。
ベンジャミン・リベットという神経科学者の実験が示したのは、私たちが「今決めた」と感じる瞬間、脳はすでに0.5秒前から動き始めているということでした。つまり「意識による選択」は、厳密には後付けかもしれない。
これを聞くと、「反応は選べる」という話と矛盾するように感じるかもしれません。意識が後付けなら、選んでいるのは意識ではないのではないか、と。
でも私は、これはクラッシュしていないと思っています。むしろ逆の方向に働く気がするのです。
意識が反応に0.5秒遅れているとしても、
私たちは「意図を設定する」ことができます。
どんな人間でいるか。
どんな価値観を持って生きるか。
何を大切にするか。
そういう「意図の層」を育てることは、意識的にできる。
反応そのものは選べないかもしれない。でも、どんな意図を持った人間として生きるかは選べる。その意図が、無意識の反応の質を少しずつ変えていく。
責任とは、罰を引き受けることでも、反応を意識でコントロールすることでもない。どんな意図を持って生きるかを問い続けることではないか。
そう考えると、責任という言葉が少し、軽くなります。
自分への問い返し
とはいえ、「反応を選ぶ自由がある」という言葉は、時として残酷に聞こえることもあります。
困難な状況に置かれている人に「反応は選べる」と言うことは、「あとはあなた次第だ」という話に聞こえてしまうことがある。構造的な問題を個人の責任に帰してしまう危険がある。
この点については、次回もう少し深く考えてみたいと思います。フランクルという人物を呼び出しながら、「責任」という概念をもう一段掘り下げます。そして「中動態」という少し不思議な文法の話をすることで、責任という言葉そのものを解体してみたいと思っています。
【交差点で考えたこと】
あなたが今、どうにもならないと感じていることがあるとしたら、
その中で「これは自分が選べる」と思えるものは何だろうか。
コントロールできないものに、どれだけのエネルギーを注いでいるか。
その分、コントロールできるものから目が離れていないだろうか。
▼ もっと深く
① 参考文献
ここに紹介する参考文献の全てを公孫樹は読んだわけではありません。大いなる積読の中から、そして調べ物をして出てきた中で読んでみたい本をまとめていることをあらかじめご了承ください。
メル・ロビンズ『The Let Them Theory』(Hay House、2024年)
日本語訳は現時点では未刊行ですが、英語で十分に読めます。もともとTEDトークや著書『The 5 Second Rule』で知られていた著者が、2023年にSNSに投稿した「Let them」という二語が1500万回以上再生される反響を呼び、その思想を一冊にまとめたものです。他者をコントロールしようとすることをやめ、自分の反応と意図に集中するという考え方を、豊富なエピソードとともに展開しています。まずは著者のPodcast「The Mel Robbins Podcast」から入るのがおすすめです。Spotifyなどで検索し、"The Let Them Theory"というタイトルの回を聴いてみてください。英語ですが話し言葉なので比較的聴き取りやすいです。
スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣——成功には原則があった』(キングベアー出版)
1989年の出版から30年以上読み継がれてきた自己啓発の古典です。世界累計4000万部以上。「主体性を発揮する」「影響の輪と関心の輪」「responsibility = response + ability」といった概念は、今読んでも色褪せません。分厚い本ですが、第一の習慣だけでも十分に価値があります。名前は知っているけれど読んだことがない、という人にこそ手に取ってほしい一冊です。
エピクテトス『人生談義(語録)』(岩波文庫)
かつて奴隷だったストア哲学者の言葉。外にあるものはコントロールできない、しかし内側の自由だけは誰にも奪えない、という思想の根っこがここにあります。難解ではなく、むしろ平易で力強い言葉が並んでいます。
荻野弘之・かおり&ゆかり『奴隷の哲学者エピクテトス 人生の授業』(ダイヤモンド社)
かつて奴隷として生きたエピクテトスの言葉を、漫画と解説でわかりやすく伝えた一冊です。上智大学の哲学教授が監修しており、内容の誠実さと読みやすさが両立しています。「コントロールできるものとできないものを区別せよ」というエピクテトスの核心が、具体的な場面とともに腑に落ちる形で届いてきます。哲学書が苦手な人にこそ手に取ってほしい入口です。
國方栄二『哲人たちの人生談義——ストア哲学をよむ』(岩波新書)
エピクテトス、セネカ、マルクス・アウレリウスという三人のストア哲学者を、古代ギリシャ哲学の専門家が原典に沿って丁寧に解説した一冊です。現代的なアレンジではなく、思想そのものの輪郭を知りたい人向けです。「なぜストア哲学はここまで長く読み継がれてきたのか」という問いへの答えが、ゆっくりと見えてきます。
エリザベス・シフトン『平静の祈り——ラインホールド・ニーバーとその時代』(新教出版社)
本文で引用した「平安の祈り」は、1943年、第二次世界大戦のさなかに生まれた言葉です。本書はニーバーの娘が父の生涯と神学的背景を綴った伝記的ドキュメント。あの祈りがどういう時代状況の中で生まれ、なぜ世界中に広まったのかがわかります。「変えられるものと変えられないものを識別する叡智」という言葉をもっと深く受け取りたい人に。
② 問いの連鎖
あなたが「責任」という言葉を聞いたとき、最初に浮かぶイメージは何ですか。 それは罰ですか、それとも自由ですか。
あなたが今、コントロールしようとして疲れているものは何ですか。 そこに「Let them」と言えるとしたら、何が変わりますか。
意図を持って生きるとはどういうことか、一度自分の言葉で書いてみたことがありますか。
③ 自分で深めるための問いかけ
今日、誰かや何かに対して「なんでこうなんだろう」と感じた場面を思い出してみてください。 それはあなたがコントロールできるものでしたか。 もし「Let them」と言えたとしたら、その後に「Let me」として何ができましたか。
以上
交差点の手帖 #004
責任について①「反応を選ぶ」という自由
でした。
こんな感じで、まとまらないままの考えたことの切れ端を集めてまた記事を書いていきます。
次回もお楽しみに。
公孫樹
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