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結婚したら、私の夢は終わりですか|左手の指輪と、右手のペン

結婚したら、自分のためには生きられないのだろうか。

25歳最後の日に大好きな彼がプロポーズしてくれて、婚約した。

「あなたにつけて欲しい」と言って渡してくれた、私にはもったいないくらい、キラキラと輝く婚約指輪。

左手を見るたびに嬉しくて、どこに行くにしても身につけていた。

友人や周りの人がたくさんお祝いしてくれて、「ここが人生のピークかもしれないな」と思うほど幸せな瞬間だった。


数日後、私は「婚約指輪のお返し」「両家顔合わせ」「同棲」「結婚式」について具体的に調べ始めていた。
ゼロがたくさん並ぶ費用に、冷や汗が流れていくのを感じた。

“幸せ”はすぐに“現実”へと化けた。

ふたりで未来を共にできることは、本当に幸せだ。
一生を共にしたいと思える人と出会えたことも、本当に幸せだと思う。

でも、“私”の人生はこれからどうなるんだろう。

彼と一緒に生きていく、というのはわかる。
でも、私自身の人生はどうなっていくのだろう。

私はもう、自分のために生きられないのだろうか。


昔の私が今の不安を許さない

彼氏ができなくて、ずっと独りだった。

恋愛をしていなかったわけではない。

たくさんの人を好きになり、たくさんの人に想いを伝えてきた。
それでも、誰にも選ばれなかった。

いとも簡単に彼氏ができる子たちを、ずっとずっと妬んでいた。


そんな私が婚約した。
幸せになったら人生のすべての不安が払拭されると思った。

婚約してから色々な悩みや問題が出てくるようになった。

お金、住まい、働き方、今後の人生プラン。
今までなんとなく考えていた将来のことが、一気に目の前に迫ってきた。

お金どうしよう。
私の今のままの収入ではダメだよね。
どこに住もう。
どうやって家を探そう。
子どもはどうしよう。

悩みの種が、人生の道にたくさん植えられた。


でも、彼氏がいなかった頃の私が、今の私にささやいてくる。


「彼氏いるからいいじゃん」


「独り身じゃないから心配なんてないよね」


「彼氏いるくせに、なに自分勝手なこと言ってるの?」


「最悪養ってもらえばいいじゃん」



やっと素敵な人と出会えて、結ばれることができた。
ずっとずっと、誰かと生きることを夢見ていた。


だから、今の幸せのなかにある不安を、過去の私が許してくれない。

幸せなのだから不満を言うな、と言わんばかりに。


でも、婚約して私は気づいてしまった。

結婚は逃げじゃない。

幸せは、人生の全ての不安を消してくれる魔法じゃなかった。

私の夢も、お金も、時間も、自分だけのものではなくなった。

1人でお金を使いすぎたら、彼との生活費に直結する。
連絡もなく自由に動き回っていたら、彼に心配をかける。

結婚とは、人生がふたり分になるということだった。

彼氏ができても、婚約しても、
不安など消えるはずもないということに、
私はこの歳になって気づいた。


過去の私は、幸せになりたかった。
誰かに愛されたかった。

だからそれ以上の幸せを考えたことがなかった。

幸せの先の、人生を知らなかったから。


夢を失い、無職になった

卒業論文が楽しくて、もっと研究がしたくて、修士課程に進学した。

研究が楽しくて、自分の研究は社会的価値があるのだと信じたくて、博士課程に進学したいという夢ができた。


でも、博士課程は、私が乗り越えるにはあまりにも高すぎる壁だった。

修了要件を満たすための厳しいスケジュール。
博士課程を過ごすための数字がたくさん並ぶ授業料。
文系の博士課程という、理系と比べてキャリアが狭い現実。

なんとなくの理解と憧れで進学することが、私にはできなかった。

私には、あまりにも人生の冒険のように思えてしまった。

博士課程を諦めた時、
私は「明日から何をして生きていこう」と考えていた。

博士課程を諦めた時、修士課程を修了してからすでに1年が経っていた。

大学院の同期は、
就職して1年が経っていた。
研究留学のために働いて1年が経っていた。


私は?
私は何をしていた?


私は、奨学金のための申請書を書くだけの機械人間だった。

審査員から評価の高そうな、取り繕った言葉たち。
それでいて自分の個性を表現するという、窮屈な申請書。

当たり前のように審査には落ちた。
申請書を書く機械から、ただの人間になった。

私は25歳にして、正真正銘の無職になった。

私の未来に、希望なんてあるのだろうか。


「結婚」という名の永久就職

「どこにも行けないのなら、家庭に入れば?」

過去の私がそう言った。

博士課程を諦めた。
就職も出遅れた。
今から夢を追いかけるには無謀にも思える。

それなら、誰かと一緒になることをゴールにすればいい。
自分が新しくつくった家庭の中で、居場所を探せばいい。

彼と共に、これからの人生を歩んでいきたい。
この気持ちに迷いはない。

でも私は、結婚を人生の逃げ道にしたくない。

結婚は、ふたりの未来の明るい約束事でありたい。


自分が心から納得した上で家庭に入るならば、私はその選択を誇りに思う。

でも私は、まだ心から納得できていない。

私はまだ、自分のために生きていたい。


言葉で生きるという夢

昔から、誰かの話の途中にある“言葉になる前のもの”を拾うことが多かった気がする。

誰かと話す時、相手が言葉に詰まる瞬間がある。

「〇〇なことがあって、本当にさ・・・」

相手は、まだ形になっていない感情に合う言葉を、自分の中で必死に探している。

言葉が見つからず悶々としている相手に、「それってこういうこと?」と そっと言葉を置いてみる。

私は、相手がどのような感情を持ったのか知りたいのだ。
そのお手伝いをするような気持ちで、仮の言葉を渡している。

相手の心にぴったり合えば、

「そう!それが言いたかったの」

と、私の言葉をもう一度繰り返して話してくれる。

職場の人も、彼も、そうだった。


私にとって、それは特別なことではなかった。

言葉で生きることについて考えるずっと前から、なんとなくやっていたことだった。
だから、それが私の得意なことかもしれないなんて、考えもしなかった。

でも最近、その場面が少しずつ増えてきたように思う。

私が渡した言葉を、相手が納得して受け取ってくれている。

相手の言葉の中に、私の言葉が溶け込んでいくようだった。

思えば、私は昔から、気持ちを紙に縫いつけていた。

おしゃれにいえばジャーナリング。
私なりにいえば心の吐露とろ

言葉で誰かを救うとか、希望を与えるとか、そんなかっこいい理由ではなかった。

重い現実に身体と心が飲み込まれないように、私は言葉を書いていた。



もしかしたら、これが私のやりたいことなのかもしれない。

自分を救うための言葉を、誰かの心に届く形にする。

誰かに届けばいい。
どこかの誰かが自分に気づけるきっかけになってくれていたら嬉しい。

私は、言葉で生きてみたい。


そう思った瞬間、今まで雲がかっていた私の心に、晴れ間が見えた。

絵を描くこと。漫画を描くこと。動画を編集すること。
幼い頃から今日まで、たくさんの創造をしてきた。

でも、どれにしても上には上がいる。

私は到底追いつけないと、現実を見せつけられる瞬間ばかりだった。

でも、言葉なら。

もちろん、言葉の使い方が私より上手い人はこの世にたくさんいる。

でも、言葉で生きたいと思った時、初めて自分の得意と繋がった気がした。

きっとこれなら続けられる。

やっと見つけた、私の夢だった。


まだ夢の時間を終えたくない

でも、やっと見つけたこの夢を、婚約を機に手放さないといけないのかもしれない。
最近、そんなことを考えている。

彼は大学を卒業してから真面目にずっと働いている。
私は、大学を卒業して、修士課程を修了して、博士課程を諦めた後、文筆家を目指しているフリーターだ。

金銭面でたくさん彼に苦労をかけている自覚はある。

これからは、彼とふたりで生きていく。
私のお金も、働き方も、時間も、もう私ひとりの問題ではなくなる。

いつまでも彼の収入に頼ってはいられない。
自由に生きたいという気持ちだけで、生活を進めていくこともできない。
相手に迷惑がかかるからだ。

夢を追っていると言えば聞こえはいいけれど、はたから見れば、現実が見えていない人に見えるのかもしれない。

無謀な挑戦だと、言われたことはないけれど、そう思っている人はたくさんいるだろう。



それでも。

やっと見つけた私の夢を、結婚を理由に諦めたくない。

言葉で生きていける保証なんてどこにもない。

私みたいに書きたい人は、きっとたくさんいる。私は大勢の中のひとりだ。


それでも、私はこの夢を、夢のまま終わらせたくない。

どこまで届くのか、誰に届くのか、
自分の言葉の可能性を信じてみたい。

一度、博士課程という夢を手放した。
何を目指して生きていけばいいのかわからなくなった。
そんな私が、ようやく見つけた夢だった。


私の人生が、ようやく動き出した瞬間だった。


私は、私が生み出した言葉たちで、読んでくれた人たちの心に、爽やかな風を吹かせたい。
誰かが爽やかな風で呼吸しやすくなるような、そんな言葉を届けたい。


「幸せになれたのならもう十分でしょ?」
「誰かと生きていくのなら、自分のことばかり考えてたらダメだよ」

過去の私の声が聞こえる。今の私には否定ができない。


住まいが変わっても、
名前が変わっても、
役割が変わっても、

私の夢だけは、まだ終わったことにしたくない。

「もうやり切った」と言えるその日まで、私は夢に向かって足掻き続けたい。


左手には婚約指輪が光っている。
もうすぐ、彼とお揃いの結婚指輪も並ぶ。

明るい未来の証。
彼と生きていけるという幸せの証。

その証が、私の人生を決めつけるものになりませんように。

その輝きが、私の個性を消すものではなく、私をもっと幸せに映してくれますように。


私はまだ、自分のために生きることを、終わったことにしたくない。

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コトハ|「私」を諦めない人へ、言葉を書く これからも書き続ける原動力にします。