「事業部任せ」で止まる新規事業。事務局に要るのは"基準"より"権限"
こんにちは、番頭のナガツネです。
事業企画部や事務局を任されている方から、「ステージゲートも撤退基準も作った。なのに現場は動かない」というご相談を、このところよく受けます。今日はその"動かない"の正体を、ある技術系メディアのコラムに出てきた三者三様のぼやきを手がかりに、権限設計という角度から整理してみます。
結論
先に言います。新規事業が事業部任せのまま止まる本当の理由は、通過基準や撤退基準の"精度"ではありません。誰が、どの予算を、いつ止める権限を持つかが決まっていないことです。基準は判断の物差しにすぎず、その物差しを当てたあとに実際へ手を動かす権限が事務局や経営会議側になければ、どれほど精緻な基準も紙の上で終わります。
なぜそう言えるか
三者は、同じ会社の中で別々の空白を見ている
日経クロステックに2026年7月16日に掲載されたコラム(弁理士・中村大介氏、研究開発の意思決定構造を専門にみるコンサルタント)に、示唆に富む3つの声が並んでいました。
『ステージゲートのハードルが高すぎる』(技術者)
『個々の事業戦略は弱いのに、事業部任せになっていて手が出ない』(経営企画部長)
『既存事業の成長については、どうしたらよいか分からない』(経営者)
同氏はこれを、個人の能力不足ではなく意思決定構造の問題だと指摘しています。私がこの3つの声を並べて感じるのは、立場も文脈も違うのに、根っこは1つの空白を指しているということです。「誰が新規事業の権限者か」が、社内のどこにも明文化されていない。
技術者はゲートの高さを嘆きますが、ゲートを下げる権限は本人にはありません。経営企画部長は事業部に「手が出ない」とこぼしますが、事業部の予算と評価を握っているのは経営企画部門ではなく事業部長自身です。経営者は「どうしたらいいか分からない」と言いますが、既存事業の戦略は語れても、新規事業の意思決定を誰に委ねているかは、実のところ曖昧なままだったりします。三人とも嘘は言っていません。ただ、権限の所在を尋ねると、誰も自分の名前を挙げないのです。
事務局の立場で言えば、これほどつらい構造はありません。基準づくりと進捗管理は任されるのに、事業部の予算配分や人員配置を実際に動かす権限はない。"採点はするが、執行はできない"という位置に置かれがちです。
基準が機能する条件を、数字で確かめる
TIS(Fintan)が公開している新規事業のステージ・ゲート運用の枠組みには、具体的な数値基準が示されています。企画立案の段階で「対象市場の概算規模が100億円以上か」、検証の段階で「LTVとCACを正しく確認できているか」、事業化の目安として「3年後に数億円、5年後に十数億円規模の売上見込みがあるか」という水準です。ステージごとにゲートを設け基準を明示しない限り「事業化の出口が見えないまま滞留する」と、同社は多産多死を前提にした運用を説明しています。
この基準自体はよくできています。ただ、ここで試算にお付き合いください。
仮に、この基準で"Go"と判定された案件があり、その実行を既存の事業部が担うとします。事業部長の評価配点を仮に置いてみましょう。よく見かける設計では、既存事業の売上・利益達成が9割前後、新規事業の育成・支援は1割に満たない、というものです(特定企業の実数ではなく、よくある配点のパターンを仮置きした試算です)。

この配点のまま「事業部で進めてください」と言っても、事業部長にとって新規事業は評価のごく一部にしか反映されません。既存事業の目標達成に力を割くほうが、本人にとって合理的な行動になってしまいます。しかも基準が精緻であればあるほど、この矛盾はむしろ際立ちます。市場規模100億円というハードルを越えた案件ほど育つのに時間がかかり、なおさら短期の評価には反映されないまま、塩漬けになりやすいからです。
事務局に要るのは、"基準の番人"ではなく"権限の設計者"
ここまでの整理から見えてくるのは、事務局の役割を「基準を作って審査する」ことだけに置く限り、この構造は変わらないということです。事務局が本当に持つべきなのは、次の2つの権限、少なくともその一部です。
1つ目は、Go判定が出た案件について、実行段階の評価配点を事業部長の目標設定に反映させる、人事考課への提案権です。
2つ目は、一定額までの予算配分・停止を、毎回の経営会議を待たずに事務局とスポンサー役員の合議で決められる、小さな執行権です。
これは、いわゆる出島型・両利き経営の組織設計が目指しているものと、方向としては同じです。新規事業を既存事業のKPI・評価の枠から切り離すのは、単なる特別扱いのためではなく、この評価配点の矛盾そのものを構造から外すためです。基準を洗練させる努力と同じだけ、権限をどこに置くかの設計に手をかける価値があります。
明日やる1つ(ネクストアクション)
次の経営会議までに、いま動いている新規事業案件を1つ選び、その実行を担っている事業部長(またはリーダー)の評価シートを確認してみてください。新規事業の育成が何%の配点になっているか。もし1割に満たないなら、基準をどれだけ精緻にしても、その案件は事業部任せのまま止まります。まず手を入れるべきは基準ではなく、この配点のほうかもしれません。
差し出がましいようですが、基準は物差しにすぎません。物差しを当てたあとに、誰が手を動かす権限を持つか——ここまで設計して、初めて新規事業の仕組みは回り出します。それでは、良い経営会議を。
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※本記事は公開情報と筆者の経験に基づく一般的な考察であり、特定の企業・案件を指すものではありません。
補助金・融資・税務・法務など個別の判断は、最新の公式情報をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
投資・経営の最終判断はご自身の責任でお願いします。
出典:日経クロステック「真面目に働くだけの技術者は市場価値を失う」(中村大介氏、2026年7月16日)/TIS(Fintan)「新規事業開発のステージ・ゲートプロセスとその評価基準」
