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夏目漱石論修正⑤ 答えだけあってもダメ

正確に読むと言えるために何が必要か


 この数か月間の間にまた改めて石原千秋、小森陽一ほか何人かの漱石論者の書いたものを読み直してきて、やはり『虞美人草』の藤尾の死のところでみな閊えていることに驚きました。
 藤尾が自殺していないということがなんとなく理解できているのが福嶋亮太ほか二名ほど。石原千秋も小森陽一も藤尾は自殺したと読んでいることがわかりました。

 正直ここは意外でした。

 少なくとも小森陽一は「藤尾は漱石に殺された」とも書いていたのでそこに何か含みがあるのかと思っていましたが、自殺派に変わりはなかったようです。小森は東大生を相手にしているわけです。東大生が注意しないとなればこれは大事です。

 すべての漱石論者が「あらすじ」「梗概」を述べているわけではないので曖昧なところはありますが、少なくとも藤尾は自殺していないと明確に説明できている人は一人として確認できませんでした。
 森田草平が迷っていたので小宮豊隆以下、「藤尾は自殺した」と考えている人が圧倒的に多いということなのでしょう。

 恥ずかしいことです。

 この問題は二つの点から明確に「自殺していない」と結論付けられます。漱石は談話で「最後は爆発する」と語っているので金時計が砕かれたところがクライマックスとなり、そこで藤尾は憤死したとまずは言えます。
 しかしそれは作品の外側の話で「種明かし」のようなものになり、読解力の欠如云々の問題ではありません。

 読解力の問題は「虚栄の毒」の解釈にあります。これを抽象的な表現であると認められず、毒は毒薬だと思い込んでいる人のいかに多いことか。

 ここは純粋に国語の文章読解の問題として作中に現れるもう一つの「虚栄」の文字を拾い、その対を見なくてはなりません。対となるのは「虚栄の市」です。「虚栄の毒」は「虚栄の市」と対になる表現です。「虚栄の市」を成城石井とか紀伊国屋だと考える人はいないでしょう。伊勢丹や高島屋でもありません。

 ならばやはり「虚栄の毒」は抽象的表現でしょう。ここは何となくそう思うのではなく、きっちり説明できないと駄目だと思います。漱石先生もこんなところでみんな閊えるとは考えていなかったでしょうね。

 正確に読むというためには何が必要かという話ですが、やはり、

・繰り返し読む
・全体を眺める
・表現の抽象度のレベルを把握する
・解らない言葉は調べる
・よく考える

 こんな基本的なことが大切ではないでしょうか。それができないで何か気取ったようなことを書いていても後で恥をかくだけです。

 修正しましょう。




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