まだやるんですか? もうあとがき迄読みましたよね。
そこをなんとか、お願いします。
いいですけど左手が二本になっちゃった。
わたくしなんか肖像画みたいになっちゃった。
今回はちょっと細かいんですが、丁寧に読む、というのをやりたいんです。
丁寧に読む?
ええ。今回新潮社校閲部が入っているということなので。
日本一正確で絶対にミスがないと言われている新潮社校閲部ですね。
喧嘩売るの? やめときなさいよ。
喧嘩なんか売りませんよ。ただ直しやすいように指摘するだけです。
それが喧嘩売るってことじゃない。相手はプロなのよ。 作中でも触れられているが、三島は、一九四四年に徴兵検査で第二乙種合格となった翌年、召集令状を受けるも入隊検査で失格し、戦地に赴くことはなかった。一九四五年一月より、学徒動員として最初、中島飛行機小泉製作所に徴用され、東京大空襲後は、一旦東京に戻り、再開された大学の講義に出席している。
(平野啓一郎『三島由紀夫論』新潮社 2023年)
この20ページの文章と、筆者が仄聞した限り、大戦中、空襲の危機感は、京都では余り現実味を持たなかったようである。主人公の恐怖は、作者の東京大空襲の記憶による差し替えではあろう。
(平野啓一郎『三島由紀夫論』新潮社 2023年)
この654ページの文章は付け合わせされていないように思うんんですよね。帰京が空襲後なら「記憶」に「見聞?」とポストイットが貼られるべきではないですかね? そしてこういう事実確認の作業と合わせた全体の整合性を取る作業こそが、アルバイトの校正者との根本的な違いじゃないですか。それが一番正確にできるのが新潮社校閲部だと僕は聴いていましたができてませんね。

ほら喧嘩売っちゃった。死の緊張から解放され、民主化された社会が到来した一方で
(平野啓一郎『三島由紀夫論』新潮社 2023年)
三島由紀夫が二十歳、つまり昭和二十年の説明としては「民主化された社会が到来した」はおかしいのではないですかね。新憲法の公布は翌年十一月。日本は連合国の占領下にあり、『暁の寺』にも描かれている通り占領軍による接収等もあり、とても「民主化された社会が到来した」と言えるような状態ではなかったのではないでしょうか。この資料によると新憲法草案要綱が国民に示されたのが昭和二十一年六月六日とのことですが、政府の記録とはずれています。
少国民年鑑 昭和22年度 東京教育会 編東雲堂 1946年
日本国憲法の制定過程 における各種草案の要点
ただ昭和二十年ではないと……
思う次第であります。
どわっ!
なんだこりゃ。
だから言わんこっちゃない。 学業の傍ら、創作活動を続け、川端康成の推挙で『煙草』が『人間』に掲載されたのが「「戦後の」、すなわちオーソドックスの文壇」に紹介された最初で
(平野啓一郎『三島由紀夫論』新潮社 2023年)
これも細かいんですが、
まだやるの?
調べてみるとですね
http://www.library-ogori.jp/noda/tenji/cat2/1116.html
昭和十九年『文藝』は改造社から河出書房に買い取られていましてね
現代出版文化人総覧 昭和23年版
野田宇太郎文学資料館によると、三島さんの『エスガイの狩』が『文藝』に掲載されたのが記録としては『煙草』より早いんですよ。
ウィキペディア
『煙草』が『人間』に掲載されたのが最初では
ないんじゃないかなあと思うんですけど
どわっ!
なんだこりゃ。
なにやってんすか? そして、現在とはこの場合、戦後、四年がたった本作の執筆時期である。
(平野啓一郎『三島由紀夫論』新潮社 2023年)
三島さんが長篇小説の依頼を受けたのは昭和二十三年八月、大蔵省退所が同年九月なので、この時まだ戦後から四年は経過していなくてですねえ、戦後から四年経過する前の昭和二十四年七月、『仮面の告白』は出版されているみたいなんです。 昭和二十年八月十五日 終戦
昭和二十一年八月十五日 終戦から一年経過
昭和二十二年八月十五日 終戦から二年経過
昭和二十三年八月十五日 終戦から三年経過
昭和二十四年八月十五日 終戦から四年経過
昭和二十四年八月十五日は昭和二十三年八月ではないとおもうんです。つまり計算間違いが放置されているんじゃないかなあと思うんですけど、終戦は昭和十九年なのかもしれませんねー
どわっ!
それ何回やるのかね。気質的にも自らを「ロマンティケル」と任じていた三島には、
(平野啓一郎『三島由紀夫論』新潮社 2023年)
28ページのこの「ロマンティケル」には注がつかないんです。つくのは231ページの「ロマンティケル」なんです。
最初に「『英霊の声』論」が書かれて、その十五年後に「『仮面の告白』論」書かれたという執筆時間の前後というものがあって、注釈の入れ替え、見直しを行わなかったという編集上のミスで、平野くんは全然悪くなんです。
泣かなくてもいいんじゃありませんこと。彼が日本の理想像を掲げる時、日本はそのようになるべなのではなく、そのようであるべきなのであって、その不変の本質として期待されたのが、天皇という存在だった。
(平野啓一郎『三島由紀夫論』新潮社 2023年
34ページのこの理屈は後で解らなくなるんです。・不変の本質
・永遠のアンティ
そしたら金閣寺が天皇じゃ駄目なんじゃないかと思うんです。
そりゃ駄目だろうな。
金閣寺が永遠のアンティ? 恒等の法則が働かないということ?
金閣寺は不変ではなくて再建できるだけですよね。
春樹さんが正しいと思います。
ですよねー。この認識者自身の分裂によって、対象が現実的存在と観念的存在に分裂してしまう、という事態は、後の『金閣寺』と酷似している。そして、それ故にこそ美化される対象は、彼の「インパーソナルな天皇」という発想にまで連なるものである。
(平野啓一郎『三島由紀夫論』新潮社 2023年)
49ページの「インパーソナルな天皇」には注*23がついていて、『最後の言葉』からの引用であることが解ります。僕はこの個所が何回読んでも理解できなかったんです。前半は解りますよ。溝口は金閣寺を観念的存在に変化させていきました。
まあそこまではいいな。その後ろは確かに解らん。
「それ故に」「連なるものである」?
そうなんです「それ故に」「連なるものである」が解らないんです。何が何に連なるのか。「連なる」のではなく「及ぶ」なのか。「対象は」「連なる」? これもしかして、①それゆえ三島は現実的存在である天皇さえ「インパーソナルな天皇」という観念的な天皇に美化してしまうのである。
そんな意味になりますか?三島 天皇というのはパーソナルじゃないんですよ。それを何か間違えて、いまの天皇はりっぱな方だから、おかげでもって終戦ができたんだ、と。そういうふうにして人間天皇を形成してきた。そしてヴァイニングなんてあやしげなアメリカの欲求不満女を連れてきて、あとやったことは毎週の週刊誌を見ては、宮内庁あたりが、まあ、今週も美智子様出ておられる、と喜んでいるような天皇制にしちゃったんでしょう。これは、天皇をパーソナルにするということは、天皇制に対する反逆ですよ。逆臣だと思う。
(『三島由紀夫の日蝕』/石原慎太郎/新潮社/1991年/p.196)
そうであればこの三島さんの考え方に対して真っ向から反対していることになるんです。つまり第四期の三島さんが「本来の」天皇と言っているのに対して「観念の」天皇とわざわざ言い直しているようなものですよね。それって意味ありますか?
そもそも「インパーソナルな天皇」とは何か? これは非個人的な、個人に属しない天皇という意味で、つまり天照大神と合体した今上天皇であり、この人ではないという意味ですよね。
天皇はこの「個人」ではないという前提で三島由紀夫は第四期に天皇を連呼し始めます。そして『奔馬』では今上天皇を見限り、日輪を拝するわけです。日輪は天皇の真のお姿です。これは一つの実体に対して分裂的に取り出された観念ではありません。
言ってみれば信仰の対象を切り替えたようなものですよね。
まあ、そうとしか読めんと思うがな。
平野君の言い分だと三島さんの天皇も現実的存在と観念的存在に分裂したがゆえに個人的な天皇というヒロヒトに対して観念的天皇である「インパーソナルな天皇」が分裂したと見ているようですか、これは誰がどう考えても順番が逆じゃないですか。
誰がどう考えてもにならないからこんがらがってんだろ。
もうちょっと整理してもらえます? だいぶお話が難しくなって都民の皆様が置き去りになってしまっていますので。
まず三島さんの言い分としては最初は天皇は比喩だったんです。それが天照大神と合体した今上天皇という「インパーソナルな天皇」というアイデアをどこかから見つけてくることによって、観念的な天皇像というものができあがったわけです。つまり「インパーソナルな天皇」というのは昭和天皇ではないということです。昭和天皇は年寄ですから美化なんかしないんです。
なら「連なる」という表現はおかしいですよね。
「分裂」でもない。
これはあれじゃないかい。平野君自身が昭和天皇まで美化したいのかな?
三島さんの希望としては今上天皇がその三島さんの観念的な天皇像に当てはまらなくてはならないんですよね。当てはまらないような天皇は駄目で空爆されても文句を言えない。
それが『奔馬』の理屈で、平野さんはそこが理解できていない?
自分の理想にかなわない天皇は空爆してもいいのが天皇制なのだというロジックに辿り着けないんです。無茶なロジックですがパーソナルな天皇などいないという考えですから仕方ありません。
ならやはり金閣寺という一つの寺が天皇というのもおかしな話ですよね。
彼は一生金閣寺=天皇で終わるのかな?
それが校閲によって「事実」化された意味は大きいと思います。
何も確認できていないのに?
校閲が入った=お墨付き、ですから。
そんなんでいいの?
まさに死人に口なしだな。
急いで何とかしなきゃ。
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読めないと書けない!