谷崎潤一郎の『少年』を読む ドミナたる資格とは何か
次第に光子は増長して三人を奴隷の如く追い使ひ、湯上りの爪を切らせたり、鼻の穴の掃除を命じたり、Urineを飲ませたり、始終私達を側へ侍らせて、長く此の國の女王となった。
西洋館へは其れ切り一度も行かなかった。彼の青大将は果して本物だか贋物だか、今考へて見てもよく判らない。(谷崎潤一郎『少年』)
私は谷崎潤一郎を信用できない。それは変態作家・谷崎潤一郎が『文章読本』で堂々と「文は人なり」と書いて見せるからだけではない。この『少年』という小説はあたかも三島由紀夫の『仮面の告白』のように、蛎殻町二丁目に家がある少年、「萩原の榮ちゃん」の昔語りによって、マゾヒストたる自分の原点を告白しているかのようでさえあるのだが、どうも『仮面の告白』のようにいかがわしいからである。
既に見てきたように、谷崎潤一郎は不意にある見え透いた主題を反古にして、極めてシンプルな政治的主張をするようなところがある。『麒麟』のエピグラフと結びがそうであった。『誕生』の「億兆の國民」がそうであった。ここでも何故か谷崎潤一郎は「長く此の國の女王となった。」と書いている。私がもし仮にリアルタイムに月評していて、「谷崎君の『刺青』や『麒麟』にはどこか国母を恨むようなところがありますまいか…」とやっていれば、さすがにこうは書けない筈である。「長く私達の女主人となった。」と誤魔化すだろう。むしろここで谷崎潤一郎は「億兆の國民」の時と同じように多くの他の選択肢の中から敢えて「長く此の國の女王となった。」と「國」を選んで書いているのではなかろうか。この「國」の文字が見え透いた主題を反古にしたのは間違いない。次には「西洋館へは其れ切り一度も行かなかった。」とあるので、理屈の上では西洋館の威を借りた女王の君臨は一度きりの思い出であり、「長く此の國の女王となった。」のは和室でのこととなる。つまりこの國とは西洋ではなく日本なのだ。日本の女王とは誰だ?
稀代のマゾヒストにして、そちらの(どちらの?)専門家の沼正三はこう書いている。
谷崎の『少年』中、末尾の一節「次第に光子は増長して三人を奴隷の如く追い使ひ、……Urineを飲ませたり、……」とある一文は、マゾヒストの多くの者をウロラグニーに目ざめさせる機縁となった極め付きの箇所であるが、どういうふうに飲ませたかに触れていないのは、本文に指摘した人間ポットの描写の非現実性を回避したためであろうか。(沼正三『人間ポット』『ある夢想家の手帖から2』所収、都市出版社、昭和四十六年)
釈迦に説法になってしまうが、そもそも沼は手放しで谷崎を称賛しすぎではなかろうか。谷崎がどういうふうに飲ませたかに触れていないのは、シンプルに飲まされた強烈な体験がないからではなかろうか。無論体験のあるなしは書かれた小説の旨味とは無関係である。
この文豪は端的に一個のマゾヒストであって、彼の文学の首尾を貫くものが「ドミナ崇拝」「美女への跪拝」であることは、全集を読めば明らかである。その作品系列は足フェチシズムからスクビズム、コプロラグニーまで正統的マゾヒズムのあらゆる様相を展示しており、マゾヒストの愛読に堪える。事実彼の作品ほどわが国におけるマゾヒストの春の目覚めの機縁となったものはあるまい。ドイツ文学におけるマゾッホとは比較にならぬ高い文壇的地位を占めるこの作家を同時代人に持つことは、現代日本マゾヒストの幸福である。(沼正三『ナオミ騎乗図』『ある夢想家の手帖から1』所収、都市出版社、昭和四十五年)
初出の『奇譚クラブ』をスクラップしていた三島由紀夫にしてみれば、さぞくやしかったことだろう。沼が三島由紀夫の『夜会服』に言及するのは追記でのことであり、『奇譚クラブ』では沼は三島由紀夫作品には言及していないものと思われる。また私は、このべた褒めに沼正三の一貫していないところも認める。沼は一方で粉飾(デコレーション)の小説が少ないことを嘆いているのだ。ならばやはり芥川の『好色』の方が観念上はより本物志向である。
『少年』中の段取りを辿れば、
・信一が光子に奈良人形を投げる 信一がS
・信一と榮ちゃんが仙吉を縛り上げて、髪の毛を引っ張り、頬っぺたをつまみ、瞼を裏返し、耳たぶや唇の端を噛んで降る。 信一と榮がS
・狼ごっこ、信一が榮と仙吉の腰から下をペロペロ食う。信一がS 榮はM
・仙吉、光子を狐に狐ごっこに誘う。光子は仙吉と榮にたんやつばを入れた白酒を小水として飲ませ、食いちぎったあんころ餅や踏みつぶした蕎麦饅頭、鼻汁で練り固めた豆炒りを糞として食わせる。 仙吉M 光子S
・信一、仙吉、榮、光子を後ろ手に縛りあげ、餅菓子を口に含んで光子の顔に吐き出し、食いちぎった餅菓子で光子の顔を汚す。 信一、仙吉、榮S 光子M
・信一、三人を犬にする。ちんちん、お預けのあと、本当の犬と一緒に畳にばらまかれた鼻くそやつばきのついた饅頭を食わせ、指や足の裏を嘗めさせる。 信一S 仙吉、榮、 光子M
・光子 狐ごっこでいぢめられるのを喜ぶようになる。 光子M
・信一、鎧刀で三人を切るようになる。 信一S 仙吉、榮、 光子M
・榮、仙吉、光子を樫の木に縛り付けてつねったり擽ったりして折檻する。尻で踏む。榮、仙吉S 光子M
・光子、仙吉と榮を縛って燭台にする。 光子S 榮、仙吉M
こうしたゆらゆらとした役割の交代変化の末、冒頭に引いた図になる。「・光子、仙吉と榮を縛って燭台にする。 光子S 榮、仙吉M」が転であるとして、やはり主題は内弁慶の信一がSであり続け、男でも女でも支配しようとしていた流れなのだ。しかし信一のSは放り出されたまま、光子がMからSに転じる。
をかしな事にはあの強情な姉までが、狐退治以来すつかり降参して、信一ばかりか私や仙吉にも逆らふやうな事はなく、時々三人の側へやつて来ては、
「狐ごつこをしないか」
などヽ却つていぢめられるのを喜ぶやうな素振りさへ見え出した。(谷崎潤一郎『少年』)
ここには確かにMの光子がいる。果たしてこの光子にドミナの資格があるのだろうか。そして明らかに前半の主題であった「内弁慶の信一のサディズム」はどこに消えたのか? 多くのマゾヒストにサディズムはマゾヒズムの陰であり、本質的なものではないという議論があることは承知しているが、谷崎自身が信一にマゾヒストの快感を与えないことで、本質的なサディストを否定していないと見るべきではなかろうか。確かに職業上の女王様はむしろマゾヒストに奉仕する労働者に過ぎないかもしれないが、おそらく本質的なサディストはマゾヒストと無関係に存在する。サディストはマゾヒストなしでも存在し得る。『少年』には確かに散らかった変態性欲のようなものが見え隠れするが、同性への愛欲や、M女への興味よりもむしろ、内弁慶の信一が一貫したサディストであり、他の三人がサディストとマゾヒストの間を行き来することが明確に対比されていると見做すこともできる。
そして沼には申し訳ないが、あえて根本的な問題を指摘させてもらえば、榮や仙吉の下半身を責めた信一に対して、光子は上半身しか責めていないのである。そんな女王を認めていいものだろうか。そんな女王に女王たる資格があるだろうか。何故沼ほどの達人がその根本的な違和感を説明しないのか、私には理解できない。『家畜人ヤプー』では三島由紀夫と同じ身長163センチの瀬部麟一郎をたちまち全裸の四つん這いにさせた沼が、マゾヒストの基本中の基本を忘れたかのように谷崎潤一郎の変態性を絶賛するのが私にはよく解らないのだ。
光子は妾の子である。信一はこの腹違いの姉を軽んじていた。これではどうにも女王の資格を欠いてはいまいか。
明治天皇の側室に葉室光子という人がいた。明治6年(1873年)9月18日に永田町御用邸で第一皇子を出産する。
【余談①】『少年』の言葉
髢屋 かもじや かつらや
盲縞 めくらじま たて糸もよこ糸も紺染めの木綿糸で織った平織物。
黄八丈 八丈島に伝わる草木染めの絹織物。
褪紅緋色 たいこうひいろ
馬鹿囃子 江戸時代から、東京とその周辺で行なわれる祭礼で、山車などの上ではやされる囃子。 大太鼓、締太鼓、摺鉦(すりがね)、笛などを用い、にぎやかで、活気に富む囃子。
周延 ちかのぶ
彳む たたずむ 少しずつ歩く。進んでは止まる。音読みはテキ この字は頻繁に使われる。
遣り水 寝殿造りの邸宅などで、庭に水を導き入れるようにつくった小さい流れ。
築山 庭園などで、山に見立てて石または土砂を盛りあげてきずいたもの。
洗い石 これがわからない。川からも持ってきた石かと。
地口の行燈 地口を書いた行灯。 多く戯画を添えて描き、祭礼の折などに路傍や軒先などに掛けられた。
黒羽二重の熨斗目の紋付
七子の羽織地 経糸・緯糸ともに2本以上を一単位として平織りにした絹織物
尉 じょう 能楽の、翁(おきな)。その能面。
芥子人形 きわめて小さい木彫りの衣装人形。女児の玩具やひな祭りの飾りとして江戸時代に流行した。豆人形。
伏見人形
伊豆藏人形
半四郎
菊之丞
舊幕時代 徳川幕府が政治を行なっていた時代。
椎茸髱 しいたけたぼ 江戸時代に御殿女中の間に流行した、左右の鬢 (びん) を左右に張り出した髪形。
濁染む にじむ
名代 なだい。有名。名が世によく知られていること。
猛獣使いチヤリネ
チャリネ【ちゃりね】
— 言葉集めBot (@NiNiNiNiNiN_) February 15, 2021
明治十九年に来日して、軽業や猛獣使いなどで大評判になったサーカス団の名であるが、後にはサーカス一般を言うようになった。
緞帳芝居 下級の芝居。小芝居。
機巧 からくり
雛妓 おしゃく 半玉さん
躪る にじる 踏みにじる。音はリン。
甲斐絹
眉根 眉(まゆ)の根もと(みけんに近い方)。また単に、眉。
あいつあいつ 使わないな。
彌造 弥次郎兵衛の転語で、懐手して拳を肩先にふくらませる格好。 町の無頼漢や下品な職人がする風体。
滸 ほとり
永井兵助
濕む うるむ
春日燈籠
ワニス塗
欹て そばだて
煖爐棚 マントルピース
鏗然と 金属、石、楽器などが音を出すさま。 また、水などが音を立てて落ちるさま。
寂然 じゃくねん ひっそりとして静かなさま。 せきぜん
劃る しきる
纔か わずか 音はサイ
お納戸色
浮かれ胡弓
吐月峰 はいふき とげっぽう ... たばこ盆に入れてある灰吹き用の竹の筒をいう。
サイゼリヤのメニュー番号が地下鉄っぽいから路線図にした pic.twitter.com/dMd89oiMsy
— twinrail 🇨🇳中国鉄道時刻表発売中🚃 (@twinrail_ut) February 25, 2022
デジタル庁での講演会のけしからん記事が公開されました。
— Daiyuu Nobori (登 大遊) (@dnobori) March 3, 2022
「自由な試行錯誤ができる環境を」 https://t.co/depfszM5pS pic.twitter.com/Z3AUhgx1IW
日本の厚生年金を扱う中国系業社を定期的にチェックしていますが取り扱いが雑すぎなんです。
— 三木慎一郎 (@S10408978) December 24, 2021
日本人とは感性が全然違います。
多文化共生社会ってなかなか難しいのよ。 pic.twitter.com/0F3oFnpqMJ
野球が一人ではできないのは身体構造上たまたま自分で投げて自分で打つことができないから(それだけだ)ともいえる。
— 永井均 (@hitoshinagai1) April 25, 2021
