ねまどふか百日紅や秋どなり 芥川龍之介の俳句をどう読むか60
苔づける百日紅や秋どなり
この百日紅は梅雨のころから秋口まで花を咲かせる。夏の季語ながらここでは秋どなり、つまり立秋が過ぎた季節が詠まれている。
あたかも師、夏目漱石の、
先づ黄なる百日紅に小雨かな 漱石
……という梅雨時期かと思える早い百日紅を詠んだことに対するなんらかの反応か。反抗か戯れか。

明治の俳人は基本的に夏の句に百日紅を詠んでいる。
てらてらと百日紅の旱かな 子規
これなどまさに旱(ひでり)と詠んでいるので真夏の百日紅と云う事になる。子規の句の中では、
これそげに夏の花なる百日紅
青嵐百日紅を中にして
栗の樹と背あはせやさるすへり
百日紅ちらは扇にうけて見ん
白かべの薄あからみやさるすへり
青天に咲きひろげゞり百日紅
又しても百日紅の暑さ哉
又しても百日紅の長さ哉
夏に籠る傾城もあり百日紅
てらてらと小鳥も鳴かず百日紅
無住寺と人はいふなり百日紅
学校の昼静かなり百日紅
築山の芝の青きに百日紅
きらきらと照るや野寺の百日紅
百日紅梢ばかりの寒さ哉
通夜堂や緑の中の百日紅
赤々と百日紅の旱かな
雨乞のしるしも見えず百日紅
小祭の獅子舞はせけり百日紅
酒好の昼から飲むや百日紅
百日紅咲くや小村の駄菓子店
百日紅咲くや真昼の閻魔堂
石塔の上にこぼれぬ百日紅
寺焼けて土塀の隅の百日紅
野の中の小寺や百日紅咲けり
半里さきに見ゆや庄屋の百日紅
まぎれなき百日紅や森の中
世の中やひとり花咲く百日紅
この二句がやや季節のずれた百日紅を詠んでいるか。
此頃は薄墨になりぬ百日白
百日紅九十九日はなくも哉
願ほどき百日紅の散らずある 浅芽
この「願ほどき」は季節こそないが、願掛けから願ほどきまでの長いあいだ百日紅が咲いていることだよ、と詠んだとみることができようか。

寺涼し咲く白もありて百日紅
これなども「涼し」なので秋なのかという感じがしなくもないが、「涼し」こそは夏の季語だ。暑い夏だから寺の木陰が涼しいと感じる訳で、これも確かに夏の句であろう。

秋闌けぬ百日紅も實となりて 無黄
この句は例の季語殺しを使って百日紅を花から実に変化させ、秋の句として詠んでいる。
百日紅先づ四五日はへらしけり 芭蕉
この句も季節の移ろいは読みながら、まだ百日紅は生きていていつのことやら季節そのものはぼんやりしている。
苔づける百日紅や秋どなり
この我鬼の句は「秋どなり」を季語とし、百日紅を「苔づける」として殺した季語殺しの句であると解釈して良いだろう。当然緑と赤の補色が鮮やかな句でもある。
石塔もはや苔づくや春の雨 去来
こんな句もあり「苔茂る」が春の季語となり少しややこしいところ、一筋縄ではいかないところもある。
とにかく芥川は百日紅の横着なところが気に入らなかったようで、
百日紅
自分の知れる限りにては、葉の黄ばみそむる事、桜より早きはなし。槐これに次ぐ。その代り葉の落ち尽す事早きものは、百日紅第一なり。桜や槐の梢にはまだ疎に残葉があつても、百日紅ばかりは坊主になつてゐる。梧桐、芭蕉、柳など詩や句に揺落を歌はるるものは、みな思ひの外散る事遅し。一体百日紅と云ふ木、春も新緑の色洽き頃にならば、容易に赤い芽を吹かず。長塚節氏の歌に、「春雨になまめきわたる庭ぬちにおろかなりける梧桐の木か」とあれど、梧桐の芽を吹くは百日紅よりも早きやうなり。朝寝も好きなら宵寝も好きなる事、百日紅の如きは滅多になし。自分は時々この木の横着なるに、人間同様腹を立てる事あり。(九月十三日)
こんなことを書ている。百日紅を句に詠んでいても別に褒める気はなさそうで、ぐずぐずしていると見ているようだ。
機会は容易に来なかった。兵衛はほとんど昼夜とも、屋敷にとじこもっているらしかった。その内に彼等の旅籠の庭には、もう百日紅の花が散って、踏石に落ちる日の光も次第に弱くなり始めた。
この『或敵討の話』もぐずぐずしている間に敵討ちの相手の方が病死してしまって敵討ちが出来なくなってしまう話だ。読んでいてかなりイライラする。その中で「もう百日紅の花が散って」と百日紅がぐずぐずの雰囲気を強調している。
梅 何だか寒気がすると思つたら、もう毛虫がたかつてゐるんだよ。
八つ手で 痒いなあ、この茶色の産毛のあるうちは。
百日紅 何、まだ早うござんさあね。わたしなどは御覧の通り枯枝ばかりさ。
霧島躑躅 常――常談云つちやいけない。わたしなどはあまり忙しいものだから、今年だけはつい何時にもない薄紫に咲いてしまつた。
ここでも百日紅はぐずぐずの役割を引き受けている。
三十二 喧嘩
彼は彼の異母弟と取り組み合ひの喧嘩をした。彼の弟は彼の為に圧迫を受け易いのに違ひなかつた。同時に又彼も彼の弟の為に自由を失つてゐるのに違ひなかつた。彼の親戚は彼の弟に「彼を見慣みならへ」と言ひつづけてゐた。しかしそれは彼自身には手足を縛られるのも同じことだつた。彼等は取り組み合つたまま、とうとう縁先へ転げて行つた。縁先の庭には百日紅さるすべりが一本、――彼は未だに覚えてゐる。――雨を持つた空の下に赤光りに花を盛り上げてゐた。
この喧嘩の季語は百日紅、季節は夏であろう。
で、さて、
苔づける百日紅や秋どなり
この句は、
ぐずぐずと百日紅や秋どなり
おそなはる百日紅や秋どなり
たちおくる百日紅や秋どなり
おほどくに百日紅や秋どなり
かだものや百日紅や秋どなり
そげものや百日紅や秋どなり
のさものや百日紅や秋どなり
いぎたなし百日紅や秋どなり
という程度に解釈しておこう。
【余談】
芥川が死んでから、はやくも二年半近くになる。彼の死因は、彼の肉體及び精神を襲つた神經衰弱に半以上を歸せしめることが出來るだらうが、その殘つた半近きものは、彼が人生及び藝術に對して、あまりに良心的でありあまりに神經過敏であつたためであるやうに思はれる。彼のあまりに鋭すぎた神經は、實生活の煩はしさのために、いよ/\鋭くなり遂に齒こぼれのした細い劍のやうになつてしまつたのだらう。
しかし、彼が世を去つた後の始末は、總てがなごやかに行はれたと云つてもよかつた。彼の全集の出版についても、彼の遺族の生活についても、彼の神經をなやます何事も起らなかつた。その上、彼の死は多くの人に依つて、心から悼まれ、彼の作品はその生前以上に、人々の愛と尊敬とを得てゐると思ふ。今こそは彼は、ひとり籐椅子に坐り、椎の若葉を眺めながら、度々考へてゐた死の平和の中に、やすらかな微笑を浮べてゐるだらう。今彼が、晩年に書いた若干の作品が、全集から、引きはなされ單行本として世に出されることも、冬日のあたゝかに照す彼の墓標にさゝげられる一束のしきみの如くすがやかな氣がするのである。
昭和四年初冬
菊池寛
愛されてはいるんだよなあ。
誰にも読まれてはいないけど。
読んだ?
まさかね。
