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化羊の出身地はどこか?


二十七 続「とても」

 肯定に伴ふ「とても」は東京の言葉ではない。東京人の古来使ふのは「とても及ばない」のやうに否定に伴ふ「とても」である。近来は肯定に伴ふ「とても」も盛んに行はれるやうになつた。たとへば「とても綺麗だ」「とてもうまい」の類である。この肯定に伴ふ「とても」の「猿蓑」の中に出てゐることは「澄江堂雑記」(随筆集「百艸」の中)に辯じて置いた。その後島木赤彦さんに注意されて見ると、この「とても」も「とてもかくても」の「とても」である。

秋風やとても芒はうごくはず 三河、子尹
 しかしこの頃又乱読をしてゐると、「続春夏秋冬」の春の部の中にもかう言ふ「とても」を発見した。

市雛やとても数ある顔貌 化羊
 元禄の子尹は肩書通り三河の国の人である。明治の化羊は何国の人であらうか。

(芥川龍之介『澄江堂雑記』)
『上毛孤児院十年紀』 上毛孤児院 1902年

上毛(上野国、ほぼ群馬)の人だよ、龍之介!




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