『彼岸過迄』を読む 4339 何故須永市蔵は軍人ぎらいなのか?
昨日こんな記事を書いていて気が付きました。
いや、本当にうっかりしていました。「何故須永市蔵は軍人ぎらいなのか?」という問題に関して、これまで私は「軍人であった須永市蔵の父親が小間使いに手を出して妊娠させ、棄てたから」ではないかとなんとなく考えていました。夏目漱石が「須永市蔵は軍人の息子なのに軍人ぎらいです。さてどうしてでしょう?」とわざわざなぞなぞを拵えているのに、そのなぞなぞに正面から向き合ってこなかったわけです。
そんな事では到底『彼岸過迄』を読んだとは言えません。小学校八年生とは言えません。小学校七年生からやり直すしかありません。
よくよく読み直してみると、
父との和解以前に、父親とのいさかいも見られないわけです。須永市蔵が父親を恨み、否定する場面はありません。それは秘められていて、「僕は時めくために生れた男ではないと思う」というところで暗示されているんだろうと勝手に解釈してきました。何でも勝手に解釈して良いわけはありませんよね。流れとしては後に書かれる『こころ』の先生がKをお金の為に裏切って殺してしまったという反省の為に世間に出られないことと結びつけていました。よくよく考えてみると、ここはかなりきわどい説かもしれません。
その説が成り立つとすれば、やはり須永市蔵によって父親の存在が全否定されるような流れが欲しいですよね。ところがその「これだ」というものが「まだ」みつからないんですよ。これから見つかるかもしれませんが「まだ」見つかりません。
その代わり、別のあることに気が付きました。
田口は固より僕の父を先輩として仰いでいた。なにかにつけて相談もしたり、世話にもなった。(夏目漱石『彼岸過迄』)
ここなんですが、かなり暈されていませんか。「先輩」って曖昧ですよね。単に年上の知り合いの意味なのか、大学の先輩なのか、あるいは職場の先輩なのか。しかし「なにかにつけて相談もしたり、世話にもなった」ということは、単に形式的な年上年下という関係ではないことが解ります。ここで少し飛躍した可能性について考えます。
①須永市蔵の父親は軍人であり、主計官としてだいぶ好い地位にまで昇った
②田口要作は官吏から実業界へ這入って、今では四つか五つの会社に関係を有っている相当な位地の人であった
この二つの事実を踏まえ、そこに「なにかにつけて相談もしたり、世話にもなった」という関係性を絡めると、「軍人」が「官吏」に含まれ、「相談」や「世話」が「癒着」に見えてきませんか。
例えば田口要作の官職が須永市蔵の父親とおなじものであり、そこで生まれた関係性から、主計官としてだいぶ好い地位にまで昇った須永市蔵の父親が実業界に転じた田口要作に対して「世話」をしたのであれば、いわゆる天下りであり、不正な取引があったかのように見えてきませんか。
つまり、
「へえー、近頃は大学を卒業しても、ちょっくらちょいと口が見付からないもんですかねえ。よっぽど不景気なんだね。もっとも明治も四十何年というんだから、そのはずには違ないが」(夏目漱石『彼岸過迄』)
という時代に、「官吏から実業界へ這入って、今では四つか五つの会社に関係を有っている」なんて相当のやり手だなあ、なんて感心しているのは余程世間知らずのお坊ちゃんではないかということです。世の中そんなに甘くはありません。
田口は笑い出した。そうして機嫌の好い顔つきをして、学士の数のこんなに殖えて来た今日、いくら世話をする人があろうとも、そう最初から好い地位が得られる訳のものでないという事情を懇ろに説いて聞かせた。しかしそれは田口から改めて教わるまでもなく、敬太郎のとうから痛切に承知しているところであった。(夏目漱石『彼岸過迄』)
つまり学士の数の多くない昔は、それなりの世話をする人があれば最初から好い地位が得られることもあったということでしょう。「四つか五つの会社に関係を有っている」ということは、それぞれの会社に専従している訳ではないということで、今でいえば、「社外取締役」「顧問」「監査役」「相談役」などを兼任しているということですよね。「係長を兼任」なんてできませんからね。これは好い地位です。
この記事で検証したように、おそらく田口要作は四十五歳です。少なくとも四十がらみの松本恒三より年下です。官吏で十年くらいのキャリアでは業界との関係性も不十分でしょうから、この年齢はわざと若く設定されています。須永市蔵の父親とのパイプがあってこそ、田口要作は成功したとみるべきでしょう。するとやはり田口要作も軍人であったように思えてきませんか。
実際家の田口に歌留多にも呼ばれない須永市蔵は、法科を出ながら引きこもりの役立たずです。
「おれは御前の叔父だよ。どこの国に甥を憎む叔父があるかい」(夏目漱石『彼岸過迄』)
こう松本恒三は須永市蔵に言います。では田口要作はどうでしょう。実際家の田口からしてみれば憎むまではいかないとして、娘の結婚相手としては相応しくない情けない役立たずだと見做していないでしょうか。須永市蔵が田口要作についてどう思っているのか、このことも作品には現れません。ですからこれはまだ可能性の一つです。しかし明確に「須永市蔵は軍人としての父親を憎んでいた」という事実が捉えられていない今日の時点では、「須永市蔵は元軍人の立場を利用して巧く世渡りをして財を築いた田口要作、あるいはこの不景気に軍人ばかりが得をする仕組みに嫌悪感を抱いていた」という可能性がなくもないと一応考えて見ても良いでしょう。
華族や金持ちに対する怒りが噴出した『二百十日』、そしてこんなところにも金持ちに対する怒りが見えます。
石段を三十六おりる。電車がごうっごうっと通る。岩崎の塀が冷酷に聳えている。あの塀へ頭をぶつけて壊してやろうかと思う。時雨はいつか休んで電車の停留所に五六人待っている。背の高い黒紋付が蝙蝠傘を畳んで空を仰いでいた。
「先生」と一人坊っちの高柳君は呼びかけた。
「やあ妙な所で逢いましたね。散歩かね」
「ええ」と高柳君は答えた。
「天気のわるいのによく散歩するですね。――岩崎の塀を三度周るといい散歩になる。ハハハハ」
高柳君はちょっといい心持ちになった。(夏目漱石『野分』)
これではまるでエルサレムにおける村上春樹さんの「壁と卵」のスピーチです。
夏目漱石もいつでも卵の側に立つ人でしょう。そういえば『坊っちゃん』では卵が投げられます。赤シャツという権力にではなく、それに媚び諂う野だに卵が投げつけられます。
法科を出ながら引きこもりの役立たずでいる須永市蔵も壁の人ではないでしょう。卵の人かどうかはわかりませんが。
[余談]
「らしい」は駄目だと書いたけど「といわれている」も駄目だ。元ネタを捜したが見つからない。無責任なデマに少し悪意が混ざっている。こういうものは危険。
人間の脳細胞をネズミの脳に移植したところ、ネズミと人間の脳が接続し始めたというネイチャーの論文。
— いっちー@バーチャル精神科医 (@ichiipsy) October 13, 2022
ヒト脳オルガノイドを生まれたばかりのネズミの脳に移植したところ、成長に合わせてネズミの神経回路と接続され、最終的に脳の約6分の1を構成するに至ったと明らかになった。(Nature) pic.twitter.com/E4BhwMgSJR
猫背?ナニソレ?#猫 #cat pic.twitter.com/Xx5ULPqnQk
— めるちょとまおまお🐈 (@meltube_cat) October 13, 2022
ガーシーの暴露、ぜんぜん興味なかったから人伝で話題になってたやつしか聞いてなかったけど、これ面白すぎやろ。なんでもっと話題になんないんだ。 pic.twitter.com/5keaOqhJIp
— プロ奢ラレヤー🍣 (@taichinakaj) October 14, 2022
メイが新聞を読もうとすると邪魔ばかりするので、新聞で包んでみることに…
— marco77774 (@marco74444) October 13, 2022
やっぱり怒られた😹#父 #メイ #ジャイアン #may#猫のいる暮らし pic.twitter.com/AUUsXzdE6H
三菱グループのヒエラルキーがすごい… pic.twitter.com/uulGGQQkkH
— うめめ🔛ITエンジニンジャ🗯 (@beConjuror) October 14, 2022
