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芥川龍之介の『死後』をどう読むか

まだ早い

 私はこれまで「保吉もの」を遺作『歯車』に向かいつつ、回顧の形式をとりながら失われたものを描き、ふわふわしたものを漂わせ、ノスタルジックなポエジーを獲得してきたものであり、それを糞みそに「身辺雑記的私小説」とまとめることは間違いだ、として、まず保吉と芥川の間にわずかな差があることを確認してきた。保吉の話なので私小説ではない。五六年前の回顧は「身辺」ではないことは明らかである。しかし近代文学1.0ではこんなことを言うものがなかった。

 いや、『大導寺信輔の半生』を書こうとした意図そのものが『点鬼簿』と重なることは明らかであろうに、『大導寺信輔の半生』の続き、その三四倍続けるはずの予定がいつの間にか立ち消え、『点鬼簿』に小さく閉じたことは誰の目にも明らかであろうに、「保吉もの」からの『歯車』の流れが誰にも見えていないことがむしろ不思議である。それは『歯車』を精神異常者の告白と見做す愚から生じた誤った芥川龍之介論である。

……僕は床へはいっても、何か本を読まないと、寝つかれない習慣を持っている。のみならずいくら本を読んでも、寝つかれないことさえ稀ではない。こう言う僕の枕もとにはいつも読書用の電燈だのアダリン錠の罎だのが並んでいる。その晩も僕はふだんのように本を二三冊蚊帳の中へ持ちこみ、枕もとの電燈を明るくした。
「何時?」
 これはとうに一寝入りした、隣の床にいる妻の声だった。妻は赤児に腕枕をさせ、ま横にこちらを眺めていた。
「三時だ。」
「もう三時。あたし、まだ一時頃かと思っていた。」僕は好い加減な返事をしたきり、何ともその言葉に取り合わなかった。
「うるさい。うるさい、黙って寝ろ。」
 妻は僕の口真似をしながら、小声にくすくす笑っていた。が、しばらくたったと思うと、赤子の頭に鼻を押しつけ、いつかもう静かに寝入っていた。

(芥川龍之介『死後』)

 こう始まる『死後』は「保吉もの」ではなく、「僕」の話である。なにやら芥川龍之介自身の身辺雑記的私小説の匂いがする。けっ、自分の寝室のことを書いたら小説家も終わりだな。そのうちどこそこのそばが旨いとか、どこそこの天麩羅が旨いとでも書きはじめるんじゃないか、と思わせる仕掛けである。

 話はまたさして工夫もなく「夢の中」の話となる。

 夢の中の僕は暑苦しい町をSと一しょに歩いていた。砂利を敷いた歩道の幅はやっと一間か九尺しかなかった。それへまたどの家も同じようにカアキイ色の日除けを張り出していた。
君が死ぬとは思わなかった。」
 Sは扇を使いながら、こう僕に話しかけた。一応は気の毒に思っていても、その気もちを露骨に表わすことは嫌っているらしい話しぶりだった。
「君は長生きをしそうだったがね。」
「そうかしら?」
「僕等はみんなそう言っていたよ。ええと、僕よりも五つ下だね、」とSは指を折って見て、「三十四か? 三十四ぐらいで死んだんじゃ、」――それきり急に黙ってしまった。
 僕は格別死んだことを残念に思ってはいなかった。しかし何かSの手前へも羞かしいようには感じていた。

(芥川龍之介『死後』)

 そう、まだ死ぬのは早い。そして明確に自殺を決めたのはこの半年から一年後のことであろう。兎に角二年前から自殺の方法を検討していたという芥川の告白を信じれば、死ぬのはまだ早い。

「仕事もやりかけていたんだろう?」
 Sはもう一度遠慮勝ちに言った。
「うん、長いものを少し書きかけていた。」
「細君は?」
「達者だ。子供もこの頃は病気をしない。」
「そりゃまあ何よりだね。僕なんぞもいつ死ぬかわからないが、……」
 僕はちょっとSの顔を眺めた。SはやはりS自身は死なずに僕の死んだことを喜んでいる、――それをはっきり感じたのだった。するとSもその瞬間に僕の気もちを感じたと見え、厭な顔をして黙ってしまった。

(芥川龍之介『死後』)

 芥川には『十円札』の後に書きかけの『大導寺信輔の半生』があり、『早春』があり『馬の脚』『春』『温泉だより』『海のほとり』と続き『死後』が書かれる。ここで明確に書き残されたのは、『大導寺信輔の半生』である。ここでは「長いものを少し書きかけていた」と『大導寺信輔の半生』が頓挫することがなんとなく意識されていたとみていいだろう。

 人がいつ死ぬのかは、誰にも解らない。突然死が告げられることもあろう。誰かが死んだとき、死んだのが誰かであり自分ではなかったことを喜ぶという感情があるのかと考えてみる。そう。確かにそう感じることもあるだろう。しかしその感情を死者に見透かされる不快はこの思考実験の中にしかない。アドラーは言う。他人の不幸迄背負い込むなと。それは真理だが、いささかクールな真理でもあり、あからさまにさらけ出すのは憚られることなのだ。
 そしてやはりあり得ない思考実験が続けられる。

 古いくぐり門や黒塀は少しもふだんに変らなかった。いや、門の上の葉桜の枝さえきのう見た時の通りだった。が、新らしい標札には「櫛部寓」と書いてあった。僕はこの標札を眺めた時、ほんとうに僕の死んだことを感じた。けれども門をはいることは勿論、玄関から奥へはいることも全然不徳義とは感じなかった。
 妻は茶の間の縁側に坐り、竹の皮の鎧を拵らえていた。妻のいまわりはそのために乾皮った竹の皮だらけだった。しかし膝の上にのせた鎧はまだ草摺が一枚と胴としか出来上っていなかった。
「子供は?」と僕は坐るなり尋ねた。
「きのう伯母さんやおばあさんとみんな鵠沼へやりました。」
「おじいさんは?」
「おじいさんは銀行へいらしったんでしょう。」
「じゃ誰もいないのかい?」
「ええ、あたしと静やだけ。」
 妻は下を向いたまま、竹の皮に針を透していた。しかし僕はその声にたちまち妻の嘘を感じ、少し声を荒らげて言った。
「だって櫛部寓って標札が出ているじゃないか?」
 妻は驚いたように僕の顔を見上げた。その目はいつも叱られる時にする、途方に暮れた表情をしていた。
「出ているだろう?」
「ええ。」
「じゃその人はいるんだね?」
「ええ。」
 妻はすっかり悄気てしまい、竹の皮の鎧ばかりいじっていた。
「そりゃいてもかまわないさ。俺はもう死んでいるんだし、――」
 僕は半ば僕自身を説得するように言いつづけた。

(芥川龍之介『死後』)

 何故「僕」が「俺」に変わるのか。いや、何故竹の皮で鎧を拵えているのか。何故妻はすぐに再婚しているのか。櫛部とは誰なのか。しかし死後自分の妻が再婚しているという状況に出くわす人など存在しない。あり得ない状況の中での感情が試されている。

「お前だってまだ若いんだしするから、そんなことはとやかく言いはしない。ただその人さえちゃんとしていれば、……」
 妻はもう一度僕の顔を見上げた。僕はその顔を眺めた時、とり返しのつかぬことの出来たのを感じた。同時にまた僕自身の顔色も見る見る血の気を失ったのを感じた。
「ちゃんとした人じゃないんだね?」
「あたしは悪い人とは思いませんけれど、……」
 しかし妻自身も櫛部某に尊敬を持っていないことははっきり僕にわかっていた。ではなぜそう言うものと結婚したか? それはまだ許せるとしても、妻は櫛部某の卑しいところに反って気安さを見出している、――僕はそこに肚の底から不快に思わずにはいられぬものを感じた。
「子供に父と言わせられる人か?」
「そんなことを言ったって、……」
「駄目だ、いくら弁解しても。」
 妻は僕の怒鳴るよりも前にもう袂に顔を隠し、ぶるぶる肩を震わせていた。
「何と言う莫迦だ! それじゃ死んだって死に切れるものか。」

(芥川龍之介『死後』)

 小噺ならばここで落ちている。「僕自身の顔色も見る見る血の気を失った」と書いている時点で芥川は笑わせる気満々なのだ。これは『馬の脚』の、

「駄目です。忍野半三郎君は三日前に死んでいます。」
「三日前に死んでいる?」
「しかも脚は腐っています。両脚とも腿から腐っています。」
 半三郎はもう一度びっくりした。彼等の問答に従えば、第一に彼は死んでいる。第二に死後三日も経ている。第三に脚は腐っている。そんな莫迦げたことのあるはずはない。現に彼の脚はこの通り、――彼は脚を眺めるが早いか、思わずあっと大声を出した。大声を出したのも不思議ではない。折り目の正しい白ズボンに白靴をはいた彼の脚は窓からはいる風のために二つとも斜めに靡いている!

(芥川龍之介『馬の脚』)

 こうしたあり得ない話なのだ。
 

 夢の中の妻は気の毒にもうまらない役まわりを勤つとめている。Sは実際でもああかも知れない。僕も、――僕は妻に対しては恐しい利己主義者になっている。殊に僕自身を夢の中の僕と同一人格と考えれば、一層恐しい利己主義者になっている。しかも僕自身は夢の中の僕と必かならずしも同じでないことはない。僕は一つには睡眠を得るために、また一つには病的に良心の昂進するのを避けるために〇・五瓦グラムのアダリン錠を嚥のみ、昏々とした眠りに沈んでしまった。……

(芥川龍之介『馬の脚』)

 しかしあり得ない思考実験の中で自分の利己主義を確かめた「僕」は大導寺信輔や忍野半三郎といったどうでもよい仮名をすて、次第に「保吉」と「芥川龍之介」との距離を縮め、今にも重なろうとしかけている。

 しかけているが完全には重ならないところで耐えている。それはまだかすかに作中人物という他人の不幸に留まる。

 それが自分の不幸になるのはまだ少し早い。




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