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途轍もない夏目鏡子① 下剤を盛られる漱石

 夏目鏡子の『漱石の思ひ出』には漱石が下剤を盛られる話が出て来る。「私の迷信」に書かれている話だ。大正二年には虫封じの御札に毎日長い釘を打っていて、それを漱石に見つかって大騒ぎになったそうだ。それでも鏡子夫人の迷信好きは高じるばかり、占いに「何でも頭が気狂いじみて険悪になるのは、毒が頭にのぼるからだ。あれを下せば自然になほる」という忠告を受けて、思いついたのは毒掃丸を飲ませる事。長女も手伝って盛っていたようだ。

 しかし毒掃丸とはそもそも下剤であり、頭から毒を取り除く薬ではない。これでは漱石の言い分も解らないではない。たしかに占い師「何でも頭が気狂いじみて険悪になるのは、毒が頭にのぼるからだ。あれを下せば自然になほる」と言われて、下剤を盛るのは尋常なことではない。また鏡子は林原耕三から睡眠薬を貰い漱石にこっそり吞ませていたという話もある。これが本当なら、周りが狂人ばかりだという漱石の主張ももっともだ。

 漱石ばかりが異常者扱いされているが、よくよく考えてみれば、そして会津にほんの少し寄り添ってみれば、明治百五十余年は本当に異常なことの繰り返しだったのだ。いや、江戸の三百年が真面だったとも言えない。圧倒的な男性社会の江戸の性欲処理のため、長屋の女房は貸し借りされた。内戦期にあっては略奪や強姦が行われた。そういうものが国内で一応収まるのは明治三十年頃からだろう。会津戦争ではお互いの肝が焼き鳥として食われたそうだ。そうしたとんでもないふるまいは、つい昨日まで続いていたような気がする。

 第二次世界大戦当時、「欧米」は日本、およびアジア系民族を支配されるべき下等な民族だと信じていた。そもそも原爆を二回も落とそうという神経は真面ではない。無論、会津戦士が他藩に略奪や強姦をしていないわけではない。ともかくも昔はそんな時代だったのだ。

 今アジアの植民地はかなり減っている。結果として、そういう状況は、日本の帝国主義の真面でないところがもたらしたものであると言われている。夏目漱石にはそこまでの未来は見えていなかったが、日露戦争が何とか済んで、日本がかろうじて残りながら、賠償金も貰えず、日本が沈みかかっているのを見ていた。みんながおかしいという漱石の判断は決して一方的に異常なものではない。

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