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前垂を掛ける漱石

 机に向ふ時の漱石氏は折々前垂を掛けて居られる。鷗外氏は家にあるも袴を取られたことが無いと聞く。(『夏目漱石氏の鶉籠』川路柳虹 著名著評論社 1915年)

 何でもないような話ながら、「鷗外氏は家にあるも袴を取られたことが無い」との対比から、胡坐をかいた漱石の股間のあたりが随分ラフな感じがしてしまう。

 漱石作品の中で「前垂」の文字は、

 虚子の風流懺法には子坊主が出てくる。所が此小坊主がどうしたとか、こうしたとか云うよりも祇園の茶屋で歌をうたったり、酒を飲んだり、仲居が緋の前垂を掛けて居たり、舞子が京都風に帯を結んで居たりするのが眼につく。言葉を換えると、虚子は小坊主の運命がどう変ったとか、どうなって行くとか云う問題よりも妓楼一夕の光景に深い興味を有もって、其光景を思い浮べて恋々たるのである。(「高浜虚子著『鶏頭』序」夏目漱石)

 と、もう一つ、

 爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。その上顔中つやつやして皺と云うほどのものはどこにも見当らない。ただ白い髯をありたけ生やしているから年寄と云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。ところへ裏の筧から手桶に水を汲んで来た神さんが、前垂で手を拭ふきながら、
「御爺さんはいくつかね」と聞いた。爺さんは頬張った煮〆を呑み込んで、
「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。神さんは拭いた手を、細い帯の間に挟んで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗のような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。(夏目漱石『夢十夜』)

 この二か所にしか見ることが出来ない。するとどうしても作業着、商売人の前垂しか想像することはできないが、おしゃれなイメージがある漱石にしてはどうもちぐはぐである。

 前垂ではなく「前掛」にはなってしまうのだが『文芸とヒロイック』の冒頭でわざわざ「自然主義といふ言葉とヒロイツクと云ふ文字は仙台平のと唐桟の前掛の様に懸け離れたものである」と書いてのけるのは夏目漱石本人である。これが「鷗外氏は家にあるも袴を取られたことが無い」と知ってのことならなおさらおかしい。なぜなら、ここでは語順から

Aグループ   自然主義 仙台平の袴

Bグループ  ヒロイック 唐桟の前掛

 ……という対比になってしまうからだ。そしてこの対比はさらに、

 往時英国の潜航艇に同様不幸の事のあつた時、艇員は争つて死を免かれんとするの一念から、一所にかたまつて水明りの洩れる窓の下に折り重つたまゝ死んでゐたといふ。本能の如何に義務心より強いかを証明するに足るべき有力な出来事である。本能の権威のみを説かんとする自然派の小説家はこゝに好個の材料を見出すであらう。(夏目漱石『文芸とヒロイック』)

 と説かれ、さらは、

其他は嘘であると主張する自然派の作家は、一方に於て佐久間艇長と其部下の死と、艇長の遺書を見る必要がある。さうして重荷を担ふて遠きを行く獣類と撰らぶ所なき現代的の人間にも、亦此種不可思議の行為があると云ふ事を知る必要がある。(夏目漱石『文芸とヒロイック』)

 と説かれることから、

Aグループ   自然主義 仙台平の袴 争つて死を免かれんとする英国兵

Bグループ  ヒロイック 唐桟の前掛  佐久間艇長と其部下

 ……と対比されることなる。これが

Aグループ   自然主義  争つて死を免かれんとする英国兵

Bグループ  ヒロイック 佐久間艇長と其部下

 ……ならばさして解り難くもない話ながら、袴と前掛が挟まれることで急に分らなくなる。つまりAグループ[獸類]、Bグループ[英雄]のような話に成ってしまうからだ。つまり袴より前掛の方が上等という話なってしまう。一般に仙台平の袴は正装である。唐桟の前掛は作業着である。これは単に袴と前掛の語順を入れ違えただけなのではないかと考えてみたいところだが、漱石はこうした対比に於いては案外順番を間違えない人ではないか。

 つまり、

Aグループ   袴 森鴎外

Bグループ  前垂 夏目漱石

 であるとして、その後に、

Aグループ   袴 森鴎外   普通人種 正常人

Bグループ  前垂 夏目漱石 高等人種 神経衰弱

 ……とでもいうような理屈がついてくるように思えてくるのだ。いや、これは理屈と云うよりは、夏目漱石らしい理屈を超えた強弁なのだが、神経衰弱善人説は確かに『坊っちゃん』から『明暗』に至るまで繰り返し説かれてきた。確かに『坊っちゃん』を読んだ外国人の印象では、「おれ」は少し精神を病んでいる。いまさら清子を反逆者呼ばわりして温泉宿に追いかける津田も病んでいる。そのことを考えてみると、漱石の前垂は鴎外の袴より高等なものだったのかもしれない。私はまだ神経衰弱には手が届かないので、はっきり「解った、確かにこうだ」と言い切れないのが残念である。







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