私小説として読む『戯作三昧』 為永春水は夏目漱石ではない
さすがに『煙草と悪魔』に漱石は見いだせなかった。そこでようやく『芋粥』以来続いていた私小説は切れたと見做してよいだろう。ここには「私」というものをはめ込む余地はない。悪魔も牛商人も芥川龍之介や夏目漱石には当てはまらないように思える。
煙草が漱石?
それも苦しい。『煙草と悪魔』はようやく「夏目漱石の呪い」から離れられた作品と言えるのではないか。
しかし相変わらず「問題が解決しない」というストーリーは続いている。牛商人は悪魔に体と心を奪われずに済んだとはいえ、悪魔によってもたらされた煙草は今も日本中で栽培され続けている。ニコチンには認知症予防の効果があるらしいが、芥川にはその知識がなかったであろうから、ストーリー的にはあくまでも「問題が解決しない」のである。この構造は漱石に会う前からあったものなので、『煙草と悪魔』は漱石とは無関係であり私小説ではない。
しかし『戯作三昧』は昔から芥川龍之介自身の創作への意気込みを示すものとして読まれてきた。滝沢馬琴が芥川龍之介であることを疑う者はいない。
では為永春水は夏目漱石なのか?
とはいうものの歳の勘定も違う。
「時と場合でね。早い時もあれば、また遅い時もある。」
「ははあ、時と場合でね。なるほど。」
市兵衛は三度感服した。が、これが感服それ自身におわる感服でないことは、言うまでもない。彼はこのあとで、すぐにまた、切りこんだ。
「でございますが、たびたび申し上げた原稿の方は、一つ御承諾くださいませんでしょうか。春水なんぞも、……」
「私と為永さんとは違う。」
馬琴は腹を立てると、下唇を左の方へまげる癖がある。この時、それが恐ろしい勢いで左へまがった。
「まあ私は御免をこうむろう。――杉、杉、和泉屋さんのお履物を直して置いたか。」
芥川は速読と遅筆で知られている。その点漱石は座すや否や一気呵成と知られている。書き損じも殆どない。どうも頭の中に広い作業スペースがあり、かなりの量のテキストデーターや画像が一度に処理できたようだ。しかし材料は割と簡単に済ましている。ほぼリアルタイムの現在、つまり明治大正の当時の社会に人物を置いて、財産や家庭や男女のことが話題となる。それに対して芥川はまず題材に工夫をする。大抵は時代をつけているので言葉が古くなる。むしろここまで『手巾』のみが現代もので異質なのであり、それ以外はまず言葉が難しい。
文祿頃の落首に、きかぬ者はたはこの法度錢法度國のみこゑにげんたくの醫者と云へるを見れは、當時喫煙の風習、法度も禁止し難きまてに至りしなるへし。
蜂須賀蓬庵
徳島県 編徳島県 1915年

こうしたものを読んでいて書いたか、書くために読んだかはさておき、時代をつけると一つ読むだけでは足りない。「波羅葦僧」「阿媽港」「伊留満」「聖保羅」「珍陀」「因辺留濃」と言葉の細工もしなくてはならない。芥川の遅筆は能力の問題ではなく、多くはスタイルの問題なのだ。
為永春水は馬琴より年下である。1790年生まれ。曲亭馬琴は1767年生まれというから、23歳も年下になる。天保二年1832年に始まる『戯作三昧』の時点で馬琴は六十五歳、為永春水は四十二歳という計算になり、格好としては漱石と芥川の関係には嵌らない。
作風で見ても山東京伝に倣った勧善懲悪の馬琴が芥川に当てはまらないことも確かなら、真善美を掲げた漱石はやはり為永春水とは相容れない。
始め筆を下した時、彼の頭の中には、かすかな光のようなものが動いていた。が、十行二十行と、筆が進むのに従って、その光のようなものは、次第に大きさを増して来る。経験上、その何であるかを知っていた馬琴は、注意に注意をして、筆を運んで行った。神来の興は火と少しも変りがない。起すことを知らなければ、一度燃えても、すぐにまた消えてしまう。……
「あせるな。そうして出来るだけ、深く考えろ。」
馬琴はややもすれば走りそうな筆をいましめながら、何度もこう自分にささやいた。が、頭の中にはもうさっきの星を砕いたようなものが、川よりも早く流れている。そうしてそれが刻々に力を加えて来て、否応なしに彼を押しやってしまう。
これはまさに書いている人間のリアルな感覚だ。巻子管しかしながら確かに『戯作三昧』からは芥川龍之介自身の作家として立たねばならない意気込みのようなものが感じられるのである。では漱石は何処にいるのか?
「ええと――お祖父様はね。今にもっとえらくなりますからね。」
「えらくなりますから?」
「ですからね。よくね。辛抱おしなさいって。」
「辛抱しているよ。」馬琴は思わず、真面目な声を出した。
「もっと、もっとようく辛抱なさいって。」
「誰がそんなことを言ったのだい。」
「それはね。」
太郎は悪戯そうに、ちょいと彼の顔を見た。そうして笑った。
「だあれだ?」
「そうさな。今日は御仏参に行ったのだから、お寺の坊さんに聞いて来たのだろう。」
「違う。」
断然として首を振った太郎は、馬琴の膝から、半分腰をもたげながら、顋あごを少し前へ出すようにして、
「あのね。」
「うん。」
「浅草の観音様がそう言ったの。」
いた!
夏目漱石は浅草の観音様だったのだ。



松根東洋城にも甘いが、芥川に関しては格別甘い。どうも漱石は桁違いに芥川を贔屓していた。
そして励まし、大いに期待もしていた。
これを読んだら久米も気が悪いだろうに。
だがまあしかし芥川龍之介の苦労を知りつつ「辛抱なさい」と言えるのはやはり漱石一人だろう。そういう意味で『戯作三昧』は私小説である。本当に芥川は私小説ばかり書くなあ。
