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『彼岸過迄』を読む 6 田川敬太郎の正体

 『彼岸過迄』という小説が「田川敬太郎が話の聞き手に回る」というスタイルの作品であるため、田川敬太郎について明かされていることは意外に少ない。例えばこの場面、森本が田川敬太郎について語っている内容は単なる冗談なのだろうか。

「何です今頃楊枝なぞを銜え込んで、冗談じゃない。そう云やあ昨夕あなたの部屋に電気が点いていないようでしたね」と云った。
「電気は宵の口から煌々と点いていたさ。僕はあなたと違って品行方正だから、夜遊びなんか滅多にした事はありませんよ
「全くだ。あなたは堅いからね。羨しいくらい堅いんだから」
 敬太郎は少し羞痒ったいような気がした。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 冗談にも聞こえる。しかしその場合「電気が点いていない・点いていた」問題に関しては単に「点いていない」→「森本は夜遊びをしていた」で片付けられるものだろうか。つまり田川敬太郎は品行方正、森本は遊び人と決めつけてしまってよいものだろうか。

 田川敬太郎は「平凡を忌む浪漫趣味の青年」であり、かつまた「人間の異常なる機関が暗い闇夜に運転する有様を、驚嘆の念をもって眺めていたい」という出歯龜趣味の男であった。好い体格をしている。仮に須永と同い年だと勘定した場合、もう二十五歳になっている。

 ただ前の続きとして、事実だけを一口に約めて云うと、彼は姉の子でなくって、小間使の腹から生れたのである。僕自身の家に起った事でない上に、二十五年以上も経った昔の話だから、僕も詳しい顛末は知ろうはずがないが、何しろその小間使が須永の種を宿した時、姉は相当の金をやって彼女に暇を取らしたのだそうである。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 それにしても品行方正な男が平凡を忌み、「人間の異常なる機関が暗い闇夜に運転する有様を、驚嘆の念をもって眺めていたい」などと云いだすものだろうか。

 けれども彼の異常に対する嗜欲しよくはなかなかこれくらいの事で冷却しそうには見えなかった。彼は都の真中にいて、遠くの人や国を想像の夢に上のぼして楽しんでいるばかりでなく、毎日電車の中で乗り合せる普通の女だの、または散歩の道すがら行き逢う実際の男だのを見てさえ、ことごとく尋常以上に奇なあるものを、マントの裏かコートの袖に忍ばしていはしないだろうかと考える。そうしてどうかこのマントやコートを引ひっくり返してその奇なところをただ一目ひとめで好いからちらりと見た上、後は知らん顔をして済ましていたいような気になる。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 この出歯龜趣味、あるいは猟奇趣味はまるで谷崎潤一郎の『秘密』を思わせるものだ。

 この「尋常以上に奇なあるものを、マントの裏かコートの袖に忍ばしていはしないだろうか」という着想を真に受ければ、立派な紳士のマントの裏には女性用の下着が隠れており、美しい淑女のコートの袖にはピストルが忍ばされているということにもなろう。

 これは誰にでも容易に想像できることではあるが、誰もが普段は考えないことだ。だから尋常以上に奇なのだ。尋常であれば立派な紳士のマントの裏には三つ揃いと白いシャツがあり、美しい淑女のコートの袖にはハンカチが忍ばされている。

 それから以後は、この平凡極まる東京のどこにでもごろごろして、最も平凡を極めている辻待の人力車を見るたんびに、この車だって昨夕人殺しをするための客を出刃ぐるみ乗せていっさんに馳けたのかも知れないと考えたり、または追手の思わくとは反対の方角へ走る汽車の時間に間に合うように、美くしい女を幌の中に隠して、どこかの停車場へ飛ばしたのかも分らないと思ったりして、一人で怖がるやら、面白がるやらしきりに喜こんでいた。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 しかしこうも言える。そんなことは誰もが普段は考えないことだが、誰にでも容易に想像できることではある、と。むしろ漱石は平凡を忌むロマンチストの田川敬太郎を凡庸を嫌い、凡庸から遠ざかろうとして凡庸に陥る典型的な本来の意味での「高等遊民」(教育を受けた無職の男)として描いてはいないだろうか。

「あなたは画や盆栽まで解るんですか」と聞いた。
「解るんですかは少し恐れ入りましたね。全く柄にないんだから、そう聞かれても仕方はないが、――しかし田川さんの前だが、こう見えて盆栽も弄るし、金魚も飼うし、一時は画も好きでよく描いたもんですよ」
「何でもやるんですね」
「何でも屋に碌なものなしで、とうとうこんなもんになっちゃった」
 森本はそう云い切って、自分の過去を悔ゆるでもなし、またその現在を悲観するでもなし、ほとんど鋭どい表情のどこにも出ていない不断の顔をして敬太郎を見た。
「しかし僕はあなた見たように変化の多い経験を、少しでも好いから甞めて見たいといつでもそう思っているんです」と敬太郎が真面目に云いかけると、森本はあたかも酔っ払のように、右の手を自分の顔の前へ出して、大袈裟に右左に振って見せた。
それがごく悪い。若い内――と云ったところで、あなたと僕はそう年も違っていないようだが、――とにかく若い内は何でも変った事がしてみたいもんでね。ところがその変った事を仕尽した上で、考えて見ると、何だ馬鹿らしい、こんな事ならしない方がよっぽど増しだと思うだけでさあ。あなたなんざ、これからの身体だ。おとなしくさえしていりゃどんな発展でもできようってもんだから、肝心なところで山気だの謀叛気だのって低気圧を起しちゃ親不孝に当らあね。――時にどうです、この間から伺がおう伺がおうと思って、つい忙がしくって、伺がわずにいたんだが、何か好い口は見付かりましたか」
 正直な敬太郎は憮然としてありのままを答えた。そうして、とうてい当分これという期待あてもないから、奔走をやめて少し休養するつもりであるとつけ加えた。森本はちょっと驚ろいたような顔をした。
へえー、近頃は大学を卒業しても、ちょっくらちょいと口が見付からないもんですかねえ。よっぽど不景気なんだね。もっとも明治も四十何年というんだから、そのはずには違ないが」(夏目漱石『彼岸過迄』)

 盆栽や金魚は当時の流行である。うさぎや文鳥や様々なものが流行った。漱石作品にはそうした明治の風俗が濃やかに表れる。『三四郎』『それから』にはバイオリンが現れた。『行人』の岡田も金魚を飼っていた。漱石は確かに時代の風俗を捉えている。そして改めて確認してみれば森本の台詞ではやはり本来の意味での「高等遊民」(教育を受けた無職の男)とその背景までもが正確に捉えられていると言ってよいだろう。『それから』の代助一人を捕まえて「高等遊民」を定義してしまうと(親のすねかじりで)教育を受けて大学を卒業しても働かないで遊んでいる男になってしまうが、本来の「高等遊民」にはウィキペディアにあるような「経済的に不自由が無いため」などという条件は必ずしも当てはまらない。

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(『成金栄華物語 : 風流豪奢』紅夢楼主人 著新興社出版部 1916年)

 ここでは「高等遊民」が「脳なし猿の乞食連中」と罵られている。

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 個々人の意思や境遇は別として、就職率から「高等遊民」の増加を指摘する考え方もある。こうなると「高等遊民」は無機質な大卒の無職者程度の意味となる。

高等遊民の猜忌 假令家を失ひて浮浪生活を營まざるも何等の職業も無く自ら給する能はざる一群の人民は、亦社會が其救濟を營むべき義務がある。(『現実生活論』茅原廉太郎 (華山) , 大住舜 (嘯風) 著豊文館 1912年)

 ここでは「高等遊民」が「浮浪生活者」の手前に据えられ、社会が救済すべき人民として扱われている。

 高等遊民は野に放たれたる羊なり。何等の覊束を蒙るなく、自由奔放の生活をなす。女性の高等遊民、又然り。(『現代女の解剖』吉野鉄拳禅 著東華堂 1915年)

 一方このようにお気楽な見立てもある。

 殊に注意すべきは、甚だ下層のものでなく、教育ある高等遊民である。 多少學問があるのだから、勞働も出來ぬ。唯上流社會の美しい點をのみ見て、不平を抱く。理屈を產み出す。(『群衆の心理』大久保留次郎 著敬文館 1914年)

高等遊民が增せば、從つてこれ等の人々から惡思想が流れ出して來ます、これは社會政策上からも大に注意しなければなりません、現在でさへも大學を卒業して、立派な免狀を持つて居る人で、職を求めても得られぬといふ人々が、毎年何万人といふ程增して來て居るのですから、此上さう輕々しく學校を增すことは出來ませんのです。(『どうするか』校隣隠士 編特種資料通信社出版部 1928年)

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 高等遊民、不良靑年、厭世自殺、神經衰弱、放蕩、强盜、詐欺、萬引等、社會の罪惡の根元は皆その源泉を此處より發して居るのです。(『脳力経済の秘訣』河合三郎 著東亜堂書房 1915年)

 社会の不満分子としての危険性を指摘するような見立てもある。就職活動に疲れて少し休養しようとしていた田川敬太郎は、この手前のぎりぎりの位置にいたのではなかろうか。一歩転がれば本当に高等出歯龜になっていたのではなかろうか。

 然れども高等遊民論は難問中の難問にして、其原づく所は靑年學生の風潮にあり、又社會の狀態にありて、之を救治せんこと容易の業にあらず、一步を誤れば子弟の方向を誤らしめ、國家の爲めに禍害を貽すに至るべきなり。(『今後の教育を如何にすべき乎』藤原喜代蔵 著金港堂書籍 1913)

 これは一方的な自己責任論ではないが、やはり「最近の若い者は」というニュアンスが少なからず感じられる見立てである。しかしここに「近代的自我」なんぞを持ってこようものなら、「Z世代」とか「ゼロ年代」的空疎な世代論に陥りかねない。

又近時非常に多くなりつゝある高等遊民を御覽なさい、色の靑ざめた半分地嶽に行きかゝつたやうな風の者がはでな流行着を着しロイド眼鏡に鳥打帽で自動車をとばしています又ぶらぶら何用あるとなく遊んでいます、(『学生の指針』大分県出版協会 1929年)

 この時代にはもう蛆虫扱いされている。

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(『道程 : 高村光太郎詩集』高村光太郎 著青磁社 1947)

 いくつもの事例を見て行くとむしろ漱石は『それから』の代助に社会への不満を吐かせ、社会の不満分子を大いに扇動したようなところがあるのではないかとさえ思えてくる。

 繰り返すが「高等遊民」という言葉そのものは明治三十七年、つまり作家漱石誕生以前にあるが、「高等遊民」が社会問題化し、盛んに議論され始めたのは1911年、つまりまさに『それから』の書かれた翌年のことである。『それから』では代助を「上等人種」として敢て「高等遊民」という言葉を使用せず、「働かない人」を書いたのに、「働けない人、教育を受けた無職者」が議論となったため、漱石は再び本来の意味の「高等遊民」(教育を受けた無職の男)としての田川敬太郎を持ち出し、彼に平凡を忌むロマンチストという凡庸さを与えたのではなかろうか。

 東京朝日新聞の読者の何割かは嘗て平凡を忌むロマンチストであり、若き日に蛸狩に挫折し、今はブルシットジョブに堪えている当たり前の人たちであることを漱石は見抜いていたのだ。嘗ての希望に満ちた青年たちが高等遊民になる代わりに新聞を読む庶民になる道を選んだことを漱石は知っていたのだ。

 誰もが蛸狩に成功する訳でもなく、金閣寺を焼く訳でもない。

 女は年に合わして地味なコートを引き摺ずるように長く着ていた。敬太郎は若い人の肉を飾る華麗かな色をその裏に想像した。女はまたわざとそれを世間から押し包むようにして立っていた。襦袢の襟さえ羽二重の襟巻で隠していた。その羽二重の白いのが、夕暮の逼るに連れて、空気から浮き出して来るほかに、女は身の周囲に何といって他の注意を惹くものを着けていなかった。けれども時節柄に頓着なく、当人の好尚を示したこの一色が、敬太郎には何よりも際立って見えた。彼は光の抜けて行く寒い空の下で、不調和な異いな物に出逢った感じよりも、煤けた往来に冴々しい一点を認めた気分になって女の頸の辺を注意した。女は敬太郎の視線を正面まともに受けた時、心持身体の向きを変えた。それでもなお落ちつかない様子をして、右の手を耳の所まで上げて、鬢から洩れた毛を後へ掻きやる風をした。固より女の髪は綺麗いに揃っていたのだから、敬太郎にはこの挙動が実みのない科としてのみ映ったのだが、その手を見た時彼はまた新たな注意を女から強いられた。
 女は普通の日本の女性のように絹の手袋を穿めていなかった。きちりと合う山羊の革製ので、華奢な指をつつましやかに包んでいた。それが色の着いた蝋を薄く手の甲に流したと見えるほど、肉と革がしっくりくっついたなり、一筋の皺も一分の弛みも余していなかった。敬太郎は女の手を上げた時、この手袋が女の白い手頸を三寸も深く隠しているのに気がついた。彼はそれぎり眼を転じてまた電車に向った。けれども乗降の一混雑が済んで、思う人が出て来ないと、また心に二三分の余裕ができるので、それを利用しようと待ち構えるほどの執着はなかったにせよ、電車の通り越した相間相間には覚られないくらいの視力を使って常に女の方を注意していた。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 田川敬太郎が探偵すべき相手は男である。しかし何故か女を観察している。男が現れたのは予定の時刻より遅れたが、男を探偵できたのは女を観察し続けていたからである。そのスケベ心を漱石は厳しく指摘する。

「それじゃ大抵間違はないでしょう。四時と五時の間に小川町で降りたんですね」
「時間は少し後れたようです」
「何分ぐらい」
「何分か知りませんが、何でも五時よっぽど過ぎのようでした」
「よっぽど過ぎ。よっぽど過ぎならそんな人を待っていなくても好いじゃありませんか。四時から五時までの間と、わざわざ時間を切って通知して上げたくらいだから、五時を過ぎればもうあなたの義務はすんだも同然じゃないですか。なぜそのまま帰って、その通り報知しないんです
 今まで穏やかに機嫌よく話していた長者から突然こう手厳しくやりつけられようとは、敬太郎は夢にも思わなかった。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 尋常である。たゞ尋常である、摩訶不思議は一つもない。朝日新聞の読者のうちにも己のスケベ心を咎められたかのように赤面したものがあったかも知れない。それもまた尋常である。凡庸とは言わない。



[付記]

 高等遊民の意味が次第に転じたか、そもそも多様な見立てがあり統一的な見立てが難しいのかはまだ結論の出せるところではない。しかし田川敬太郎が教育を受けた無職者であることは確かで、用例としてもそちらが多く、「余裕がある」というようなニュアンスで使われる「高等遊民」は寧ろ少数派ではないかというところまでは解った。

 次に問題となるのは松本恒三が「高等遊民」を自称したこと、「高等遊民」が果して家庭的であると言えるのかというあたりだ。

 この点についてはまた次回。


 二項係数がどれだけいやらしいのかちょっと知りたい。















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