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『行人』を読む 1  芳江は何故留守番をしていたのか?

若い頃読んだこころだが、適当に読んでいたことが知らされた。
心という目に見えないものを扱うのだから、もう少し慎重に読んでいれば、私のその後の人生ももう少しまともだったかもしれないと。

 これは私が書いた『百年の曲解を祓う 夏目漱石『こゝろ』の正解』についたたった一つのコメントです。「うらなり」さん、ありがとう。今、私が書いているのはあなたのお蔭です。なかなか伝わることはないけれど、いつかは伝わる、誰かには届くと信じ続けて書いています。

 私が出鱈目やトンデモ説を書いているのではないことは、「『三四郎』の謎について」をお読みいただければわかると思うのですけど、皆さん残りの謎に興味がないのか、結局誰も本を買っていただけなかったようなので『三四郎』の件は一旦休止します。まだまだ面白い話があるのに残念です。まあ、私だけが面白いつもりでみなさん全部御存知だったということなのでしょう。

 記事の前後に本の広告を出している意味は解りますよね。記事を読んで面白かったり、気づかされたり、驚いたりしたらぜひ本を買ってくださいと言う意味です。この記事は「試食」ですよ。

 さて、『行人』をやります。

 芳江というのは兄夫婦の間にできた一人っ子であった。留守のうちはお重が引受けて万事世話をしていた。芳江は元来母や嫂に馴いていたが、いざとなると、お重だけでも不自由を感じないほど世話の焼けない子であった。自分はそれを嫂の気性を受けて生れたためか、そうでなければお重の愛嬌のあるためだと解釈していた。(夏目漱石『行人』)

 夏目漱石という人はメモリーが大きい、脳の作業台が広い、一時記憶の量がけた違い大きいと書いた時、皆さんの中には「漱石信者の根拠のない妄言だ」と決めつけた方はいませんか。

 一つ根拠を示しますと、

 これですね。「このあいだ」という言葉に騙されて、私もつい見失ったのです。なにしろ、四章と八章ですからね。「このあいだ」どころか三四郎が上京する前の去年の話です。

 平野啓一郎さんは『葬送』を書く時、部屋中の壁に資料や図面を張り付けて準備をして書いたそうです。漱石の場合断章としてメモが残ることは残るとしても、資料と首っ引きというような書き方はしていません。しかも新聞連載なので前の原稿は新聞社に行ってしまっているので、前を見直しながら書くということができません。パソコンがありません。それなのにこんな芸当をやってくるわけです。

 これから書くことを書かないでいることを記憶しながらありもしない話をでっちあげるわけですから、相当な記憶力です。これがないものとして読むのとあるものと前提して読むのとでは全く異なる読みになってしまうので、まず漱石作品を読む大前提として、まだ「書かないでいること」があるという癖のようなものを理解してもらいたいと思います。『こころ』で言えば「よそよそしい頭文字」ですね。

 冒頭から全てが決まっていたとは言いません。しかし先生が全肯定されることは決まっていました。ですから「結末が暗い」と書いている高校生は失格、プロが書いていたら引退してください。

 さて、この「芳江」、驚きませんでしたか。私はこの子の存在をついつい忘れてしまい、あ、そういえば子供がいたんだ、と思い出す度に不思議な気持ちになります。

 その不思議な気持ちを整理してみると、あ、そう言えばと思い出すんですね。『三四郎』の汽車の女を。

 なんといいますか、お母さんというのは神聖な存在です。子供にお乳を与えているお母さんと言うのは、お乳を出していながら全然いやらしくも何ともありません。小さな子供を連れているお母さんはお母さんであって、性の対象ではなくなるんですね。

 これは不思議な話でもなんでもなくて、人間以外の哺乳動物に共通するような根源的な性質なのだろうと思います。ところが三四郎は汽車の女をいやらしい眼でじろじろ観察しますよね。何故そんなことが出来たかと言えば、汽車の女が子供を連れていなかったからです。もし子連れのお母さんをじろじろ観察していたら、三四郎はちょっとした異常者に思えてきませんか。

 しかし実際は子供を連れていようがいまいが、本当はお母さんなんですね。このお母さんからお母さん性を無くすという工夫を、漱石は何度も繰り返してきました。

 もう気が付きましたよね。『それから』では三千代の子供を殺し、『門』では御米の子供を殺し、『明暗』では清子の子供を殺しています。だからヒロインになれるのです。

 この発想はまさにライオンですね。これでは大塚楠緒子の夫、大塚保治がノイローゼになってしまうわけです。『行人』の場合は殺しませんが、かなり引き離します。このぐらい引き離すと、感覚的には直が女に見えるだろうという塩梅が、漱石には見えていたんだと思います。何しろ『三四郎』では風呂場のシーンはそれなりにコミカルに、またそれなりにエロティックに成立してしまっていますから、人間の感覚というのは曖昧で、今目の前に見えているものに関心が行って、遠くにいる子供の存在など意識されないということはもう確認済みです。

 お母さん性の排除によって、

「姉さん」
 嫂はまだ黙っていた。自分は電気灯の消えない前、自分の向うに坐っていた嫂の姿を、想像で適当の距離に描き出した。そうしてそれを便りにまた「姉さん」と呼んだ。
「何よ」
 彼女の答は何だか蒼蠅さそうであった。
「いるんですか」
「いるわあなた。人間ですもの。嘘だと思うならここへ来て手で障って御覧なさい
 自分は手捜りに捜り寄って見たい気がした。けれどもそれほどの度胸がなかった。そのうち彼女の坐っている見当で女帯の擦れる音がした。
「姉さん何かしているんですか」と聞いた。
「ええ」
「何をしているんですか」と再び聞いた。
「先刻下女が浴衣を持って来たから、着換えようと思って、今帯を解いているところです」と嫂が答えた。(夏目漱石『行人』)

 こんな和歌山の夜のシーンがエロチックに見えるわけですよね。お母さんだと思うとこうはなりません。これ重要なことですよね。

 それにしてもいくらお母さん性の排除のためとはいえ「世話の焼けない子であった」なんていうのは本来苦しい言い訳で、実際にはこのくらいの年齢の子供ってお母さんがいないと駄目なんじゃないですか。

 このくらいの年齢の子供って。

 何歳か分かります?

 これですね、漱石は計算させようとしていますよ。

 やってみてください。

 解ったという人いますか?

 手を挙げてみてください。

 はい、そこのあなた、答えをどうぞ。

 ……なるほど。

 まあ順番に見て行きましょう。

 ① 岡田がいなくなったのは、ついこの間のようでも、もう五六年になる。(夏目漱石『行人』)
 ② この若い細君がまだ娘盛りの五六年前に、自分はすでにその声も眼鼻立も知っていたのではあるが、それほど親しく言葉を換わす機会もなかったので、こうして岡田夫人として改まって会って見ると、そう馴々しい応対もできなかった。(夏目漱石『行人』)
③「これであいつといっしょになってから、かれこれもう五六年近くになるんだが、どうも子供ができないんでね、どういうものか。それが気がかりで……」と云った。(夏目漱石『行人』)
④ 嫂とお兼さんは親しみの薄い間柄であったけれども、若い女同志という縁故で先刻から二人だけで話していた。しかし気心が知れないせいか、両方共遠慮がちでいっこう調子が合いそうになかった。(夏目漱石『行人』)

 ここですよね。漱石はこういう書き方をします。こういう書き方をしているのでこういう読み方をしないといけません。お兼さんと岡田が結婚したのが五六年前、お兼さんと直は親しみが薄い。ということは二人は入れ違いのように長野家に這入り、出て行った可能性が高い。芳江は言葉を話す。赤ちゃん言葉ではない。そういう計算をさせようとしています。

 何故か?

 五六年前というのがどういう時期であったのか、ということを意識させる為です。長野家では立て続けに二つの結婚があり大変騒がしい時期だったと確認させるためです。その点を論じた人は、まだこの宇宙に一人として存在していないと思います。

 芳江が留守番をしたことは、結果的には作品の構成上、芳江の年齢をぼかし、五六年前に意識を振り向けさせるために重要なポイントとなりました。小さな子供を連れて行けば、どうしたって年齢が訊ねられるのが常です。訊かないのはいかにも不自然です。すると自然、五六年前がどうでもよくなります。これを漱石は意図してやったんだと私は考えています。

 何故なら、ここが肝ですから。

 いずれ解ります。



[余談]

 

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 知っている人にとっては当たり前のことなのかもしれないけれど、本居宣長の頃から校正刷りってあったんですね。

 今、校正はアルバイト、業務委託、フリーでどんどん質が低下している様子。ああ、村上春樹さんの校正やってみたいな。












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