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小森陽一の『漱石深読』をどう読むか⑤ 台湾沖に気がつかない?

割引あり

今の自分は?

 
 小森陽一は柄谷行人と違って、『坑夫』が回想の形式であること自体は理解していた。『漱石深読』の第五章では『坑夫』について細かく書かれている。書かれている範囲でおかしなところは見つからない。

 しかし今の自分の姿には触れられていない。

 従って小森陽一の『漱石深読』に何が書かれていないのかを書いておこう。

 近頃ではてんで性格なんてものはないものだと考えている。よく小説家がこんな性格を書くの、あんな性格をこしらえるのと云って得意がっている。読者もあの性格がこうだの、ああだのと分ったような事を云ってるが、ありゃ、みんな嘘をかいて楽しんだり、嘘を読んで嬉しがってるんだろう。本当の事を云うと性格なんて纏ったものはありゃしない。本当の事が小説家などにかけるものじゃなし、書いたって、小説になる気づかいはあるまい。本当の人間は妙に纏めにくいものだ。神さまでも手古ずるくらい纏まらない物体だ。しかし自分だけがどうあっても纏まらなく出来上ってるから、他人も自分同様締しまりのない人間に違ないと早合点をしているのかも知れない。それでは失礼に当る。

(夏目漱石『坑夫』)

 これはどてらと話す前のところだ。現時点ではここが最初に現れた現在である可能性が非常に高いところだと考えている。つまり「近頃」が今、書いている今、なのではないかと。しかし現在が明確に帰京後、様々な体験を経て、その後にあるということ自体はこの書き方からは一読では判断できない。

 この後もいかにも現在進行形のように話は進んでいく。

 しかしどてらとの会話で、

「十九です」
と答えた。実際その時は十九に違なかったのである。

(夏目漱石『坑夫』)

 こう言われて回想の形式、しかもおそらく一年以上後からの回想であることがほぼ確定する。しかしまだ微妙に言い逃れが出来そうな感じと云うものは残されている。

人間のうちで纏ったものは身体だけである。身体が纏ってるもんだから、心も同様に片づいたものだと思って、昨日と今日とまるで反対の事をしながらも、やはりもとの通りの自分だと平気で済ましているものがだいぶある。のみならずいったん責任問題が持ち上がって、自分の反覆を詰られた時ですら、いや私の心は記憶があるばかりで、実はばらばらなんですからと答えるものがないのはなぜだろう。こう云う矛盾をしばしば経験した自分ですら、無理と思いながらも、いささか責任を感ずるようだ。して見ると人間はなかなか重宝に社会の犠牲になるように出来上ったものだ。

(夏目漱石『坑夫』)

 ここも明確ではないが帰京の後の経験が言われているのではないかと一応考えられるところ。十九歳ではなかなか言えないことだ。ただし彼には二股疑惑があるので、ここで言われている責任問題は直接直前の体験と重なる。この辺りがややこしいところだ。

何でもこの時の自分は、単に働けばいいと云う事だけを考えていたらしい。

(夏目漱石『坑夫』)

 ここも語っている自分と語られている自分に少し距離を置いた表現になっている。

その後坑夫はやめたが、ついにこの茶店へは寄る機会がなかった。

(夏目漱石『坑夫』)

 ここも微妙な表現で帰京後の言い分だとは思うが、曖昧な現在である。

自分はこう云う場合にたびたび出逢ってから、しまいには自分で一つの理論を立てた。

(夏目漱石『坑夫』)

 なんだか後に心理学者にでもなったかのような言い分だが実際言っていることはかなり理屈っぽい。普通の人は考えもしないような理論を立てている。これが現在の「自分」だとしたら、ただぼうっと生きているだけの人ではなくなかなかの研究家ではある。

どうも当時の状態を今からよく考えて見るとよっぽどおかしい。生家を逃亡て、坑夫にまで、なり下がる決心なんだから、大抵の事に辟易しそうもないもんだがやっぱり醜いものの傍へは寄りつきたくなかった。あの按排では自殺の一日前でも、腐爛目の隣を逃げ出したに違ない。

(夏目漱石『坑夫』)

 ここも語っている自分と語られている自分に少し距離を置いた表現になっている。ただし現在の状況を伝える情報に乏しい。

 自分は自分の生活中もっとも色彩の多い当時の冒険を暇さえあれば考え出して見る癖がある。考え出すたびに、昔の自分の事だから遠慮なく厳密なる解剖の刀を揮って、縦横十文字に自分の心緒を切りさいなんで見るが、その結果はいつも千遍一律で、要するに分らないとなる。昔だから忘れちまったんだなどと云ってはいけない。このくらい切実な経験は自分の生涯中に二度とありゃしない。二十以下の無分別から出た無茶だから、その筋道が入り乱れて要領を得んのだと評してはなおいけない。経験の当時こそ入り乱れて滅多めったやたらに盲動するが、その盲動に立ち至るまでの経過は、落ち着いた今日の頭脳の批判を待たなければとても分らないものだ。この鉱山行ゆきだって、昔の夢の今日だから、このくらい人に解るように書く事が出来る。色気がなくなったから、あらいざらい書き立てる勇気があると云うばかりじゃない。その時の自分を今の眼の前に引擦り出して、根掘り葉掘り研究する余裕がなければ、たといこれほどにだってとうてい書けるものじゃない。俗人はその時その場合に書いた経験が一番正しいと思うが、大間違である。刻下の事情と云うものは、転瞬の客気に駆られて、とんでもない誤謬を伝え勝ちのものである。自分の鉱山行などもその時そのままの心持を、日記にでも書いて置いたら、定めし乳臭い、気取った、偽りの多いものが出来上ったろう。とうてい、こうやって人の前へ御覧下さいと出された義理じゃない。

(夏目漱石『坑夫』)

 ここで彼は自分がもうい「色気がなくなった」代わりに「今日の頭脳」と呼べるだけの知識を持ち、思い出して今書いていること、そしてそれを読み手に示していることを明確に書いている。

 これを読んで「回想ではありません」とかました柄谷行人はどれだけ知ったかぶりなのかと改めて呆れてしまう。ちょっとどういうところでそんな勘違いができる者か聞いてみたいような気がする。


 その後台湾沖で難船した時などは、ほとんど魂に愛想を尽かされて、非常な難義をした事がある。何にでも上には上があるもんだ。

(夏目漱石『坑夫』)

 彼は台湾沖で難船している。これは恐らく東京へ帰ったのちにも実家で高等遊民として暮らしたわけではなく相当に苦労したという過去である。これは記者から降りた直後の記述なのでかなり早い段階で未来の過去が告げられ、彼が銅山では決して死なないことが予告されている。さらに銅山での体験に懲りず、たいぶ冒険しているような気配がある。

「まるで傘の化物のようだよ」
と初さんが、自分の顔を見て云った。自分は傘の化物とは何の意味だか分らなかったから、別に笑う気にもならなかった。ただ
「そうですか」
と真面目に答えた。妙な事にこの返事が面白かったと見えて、初さんは、また大きな声を出して笑った。そうして、この時から態度が変って、前よりは幾分か親切になった。偶然の事がどんな拍子で他の気に入らないとも限らない。かえって、気に入ってやろうと思って仕出しでかす芸術は大抵駄目なようだ。天巧を奪うような御世辞使はいまだかつて見た事がない。自分も我が身が可愛さに、その後いろいろ人の御機嫌を取って見たが、どうも旨い結果が出て来ない。相手がいくら馬鹿でも、いつか露見するから怖こわいもんだ。用意をして置いた挨拶で、この傘の化物に対する返事くらいに成功した場合はほとんどない。骨を折って失敗するのは愚だと悟ったから、近頃では宿命論者の立脚地から人と交際をしている。ただ困るのは演舌と文章である。あいつは骨を折って準備をしないと失敗する。その代りいくら骨を折ってもやっぱり失敗する。つまりは同じ事なんだが、骨を折った失敗は、人の気に入らないでも、自分の弱点が出ないから、まあ準備をしてからやる事にしている。いつかは初さんの気に入ったような演説をしたり、文章を書いて見たいが、――どうも馬鹿にされそうでいけないから、いまだにやらずにいる。――それはここには余計な事だから、このくらいでやめてまた初さんの話を続けて行く。

(夏目漱石『坑夫』)

 この場面から「自分」は演説をしたり文章を書く仕事をしているのではないかと十川信介は解釈していた。

 まあ、微妙に間違っている。冒頭付近に「こう書くと、」とあるので、『坑夫』を「自分」が書いているという設定は確かである。しかし何に書いているのかは確かではない。書けば忽ち人に知られるものに書いているというニュアンスが『こころ』にはあるが『坑夫』にはない。そのあたりはすこしぼんやりしたもので、「自分」が作家になったとは決め難い。

 しかしこの「その後いろいろ人の御機嫌を取って見たが、どうも旨い結果が出て来ない」という体験はやはり東京へ戻って以降の話であろう。つまり「自分」は須永一郎とは違って、ソーシャルなところに身を置き、「いろいろの人」との関係構築を試みていたということになろう。しかしなかなか旨く行かなくて苦労もしたということか。

女は自分を頼るほどの弱いものだから、頼られるだけに、自分は器量のある男だと云う証拠をどこまでも見せたいものと思われる。結婚前の男はことにこの感じが深いようだ。

(夏目漱石『坑夫』)

 この言い方、「結婚前の男は」などという表現はいかにも既婚者となった立場からの比較のようではあるが、かなりさらっと書かれているので、これをもって彼は今既婚者だとは決め難い。

 今日全部さらうのはしんどいのでいい加減にするが、この辺りの事小森陽一は全然気がついていないんじゃないのかな。

 もう少ししかっかりしてくれ。

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