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気の利いた化け物は引っ込む時分

 この本面白い。


提灯で餅をつく
足駄を履いて首ったけ
朝題目に夕念仏
顎をはずして笑う
飴を食わせる
小娘のかんきん年寄の夜歩き
小坊主に天狗八人
牛蒡程尾を振って來る
ここうをのがれて
猿猴の水の月
随意よ三度笠横ちょに冠る
親の雪隠ばかりに糞をする
呆けた婆さん小桶で茶を飲む
地金を出す
六十齢の筵破り
箸も持たぬ丸焼け
八天狗を働く
粋は身を喰う
水晶は塵を受けず

 こう言われて、なんとなくわかるような解らないような、微妙なところを突かれている感じがするのは私だけだろうか。これは転んで擦りむいた膝小僧にできたかさぶたをそっとなぜるように心地よい言葉たちだ。

 喧嘩過ぎての棒千切り
 海に千年川に万年
 覗き八文
 そっと申せばがっと申す
 終わり初物
 べろり山椒みそ
 土用布子に寒帷子
 沈香も焼かず、屁もひらず
 犬の糞で讎を取る
 千金の子は市に死せず
 銭金は他人
 小便一丁飯一里
 性は道によって賢し
 人は神のおすゑ
 慈悲をすれば糞をする

 これは聞きなれない。しかし、

宵越しの金は遣わぬ  → 持たぬ?
鐵(かね)の草鞋で探す →  金の草鞋で探す?
帯には短し褌には長し
時と品による
捨てる神あれば助ける神あり
石部金吉鐵兜
世間に人鬼はなし
船頭多くて船を山に行る
栴檀は双葉より知れる
物は言いようで角が立つ
他人を禱らば穴二つ
人の牛蒡で法事をするな

 …と少しずれた記憶もある。そもそもこの本は「鐵の脇差」の意味を調べていて見つけた。

 大丈夫鐵の脇差

 とあることから「大丈夫」という意味だと解った。案外こうしたちょっとした言い回しのようなものが、いつの間にか解らなくなってしまうということがあるのではなかろうか。

 詩を作るより田を作れ

 おっしゃる通りです。




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