『斜陽』のモデル 太田静子について あるいはベエゼへのいざない
「園子の顔を見たとき、ベエゼしたくなって困った」と「あはれわが歌」にはある。つまり太宰治が太田静子の顔を始めてみた瞬間に、キスしたくなったという意味である。いや、キスというよりもう少し粘っこい接吻、口吸いであろうか。舌を絡めあい、唾液を交換する激しい愛の営みだ。しかしこの台詞を収める長部日出雄の『桜桃とキリスト もう一つの太宰治伝』(文藝春秋、2002年)でも太田静子が美人でないことには触れられていない。美醜の感覚は個人個人に差があろうが、檀一雄は太田静子をけして美人とは言えないと断言している。太田静子の写真は太宰治のウイキペディアで確認できる。いくらか芯の強そうでなお色気のある山崎富栄に対して、確かに太田静子は個性的な顔である。その太田静子にベエゼしたくなった太宰は、『斜陽』という傑作の為にわが身を投げうってはいなかっだろうか。
太宰のわざわざは太宰にしか見えない。けれども何割かは透けて見える。太宰は自分が太田静子について書いたように、太田静子が太宰について書くことが見えていたのではなかろうか。そういう相手として、けして自分のことを書かないであろう相手ではないものとして、太田静子を選んだのではなかろうか。
夕日がお母さまのお顔に当って、お母さまのお眼が青いくらいに光って見えて、その幽かに怒りを帯びたようなお顔は、飛びつきたいほどに美しかった。そうして、私は、ああ、お母さまのお顔は、さっきのあの悲しい蛇に、どこか似ていらっしゃる、と思った。そうして私の胸の中に住む蝮みたいにごろごろして醜い蛇が、この悲しみが深くて美しい美しい母蛇をいつか、食い殺してしまうのではなかろうかと、なぜだか、なぜだか、そんな気がした。
私はお母さまの軟らかなきゃしゃなお肩に手を置いて、理由のわからない身悶えをした。(太宰治『斜陽』)
『斜陽』に117回登場する「顔」という文字は最初色白で美しい母親に使われる。「私」がどんな顔なのか、明らかになるのはこんな記述からである。
その日は一日、モッコかつぎをして、帰りの電車の中で、涙が出て来て仕様が無かったが、その次の時には、ヨイトマケの綱引だった。そうして、私にはその仕事が一ばん面白かった。
二度、三度、山へ行くうちに、国民学校の男生徒たちが私の姿を、いやにじろじろ見るようになった。或る日、私がモッコかつぎをしていると、男生徒が二三人、私とすれちがって、それから、そのうちの一人が、
「あいつが、スパイか」
と小声で言ったのを聞き、私はびっくりしてしまった。
「なぜ、あんな事を言うのかしら」
と私は、私と並んでモッコをかついで歩いている若い娘さんにたずねた。
「外人みたいだから」
若い娘さんは、まじめに答えた。
「あなたも、あたしをスパイだと思っていらっしゃる?」
「いいえ」
こんどは少し笑って答えた。
「私、日本人ですわ」
と言って、その自分の言葉が、われながら馬鹿らしいナンセンスのように思われて、ひとりでくすくす笑った。(太宰治『斜陽』)
「私(かず子)」は体が丈夫で、外国人に見えるらしい。確かに華族というよりは南方系の雰囲気もなくはない。台湾の先住民と間違われたのではあるまいか。そしてさらにこうも言われる。
直治はお母さまの枕元に坐って、ただいま、と言ってお辞儀をし、すぐに立ち上って、小さい家の中をあちこちと見て廻り、私がその後をついて歩いて、
「どう? お母さまは、変った?」
「変った、変った。やつれてしまった。早く死にゃいいんだ。こんな世の中に、ママなんて、とても生きて行けやしねえんだ。あまりみじめで、見ちゃおれねえ」
「私は?」
「げびて来た。男が二三人もあるような顔をしていやがる。酒は? 今夜は飲むぜ」(太宰治『斜陽』)
「私(かず子)」は二十九歳で子供がいない。薔薇の花が咲いていたことを知っていたかと母に尋ね、あなたにはそんなことが大事そうねと返される。生きている人間のことを言っているみたいだと。そこで「私(かず子)」は「子供がいないからよ」と妙な返事をする。夫が、ではなく、子供がいないから、薔薇のことを人間のように気に掛けるのだと。このロジックと感覚は、私には解らない。ブロックチェーン技術というものがあることは知っているが、それがどういうものなのか説明できないのと同じだ。ここで私に完全に欠けているのは母性に対する想像力である。『斜陽』は押しかけ愛人が子供を勝ち取る話だと短絡してみれば、「鳩のごとく素直に、蛇のごとく慧く、私は、私の恋をしとげたいと思います。」という表現の母性の凄まじさが見えてこないだろうか。「しとげたい」とはどういうことか。その恋文には「私は、このごろ、少しずつ、太って行きます。動物的な女になってゆくというよりは、ひとらしくなったのだと思っています。」とも書かれている。こんなことは普通恋文には書かないだろう。
次の恋文では金持ちの老人との縁談があったことを明かし、その会話を晒す。
「お言葉の、その、幸福というのが、私にはよくわかりません。生意気を申し上げるようですけど、ごめんなさい。チェホフの妻への手紙に、子供を生んでおくれ、私たちの子供を生んでおくれ、って書いてございましたわね。ニイチェだかのエッセイの中にも、子供を生ませたいと思う女、という言葉がございましたわ。私、子供がほしいのです。幸福なんて、そんなものは、どうだっていいのですの。お金もほしいけど、子供を育てて行けるだけのお金があったら、それでたくさんですわ」(太宰治『斜陽』)
そして「私は、あなたの赤ちゃんがほしいのです。」という「私(かず子)」が上京し上原を訪ねた夜、一発でしとげる。しとげられる。どちらでもなく、どちらでもあるのだろう。上原がだらしないとか、「私(かず子)」が軽いという次元の話ではない。無論斜陽族の悲哀などでもないのだ。ここには聖なる種付けがある。私にはやはり上原のAV男優並みの精神力が羨ましい。「私は、あなたの赤ちゃんがほしいのです。」と迫ってくる女に対して、腰が引けない胆力。無論これはありのままの赤裸々な告白などではありえず、太宰の極上の滑稽なのだが、確かにこうであれば面白かろうという絶妙なところを突いてくる。そのためのふりが「しとげたい」なのだ。肥った中年女、しかも外国人に間違えられるような不思議な相貌であり、かつ押し掛け愛人希望の女を一発で孕ませてしまう。これは無論太田静子という強烈な個性との出会いがあってこそ書かれた小説ではあるが、これは乗っかってみようという小説家にしかあり得ない独特の感覚がないことには、こうした小説が生まれることもなかったのではなかろうか。
そして「これまでの第一回戦では、古い道徳をわずかながら押しのけ得たと思っています。そうして、こんどは、生れる子と共に、第二回戦、第三回戦をたたかうつもりでいるのです。」と言っていた女がパンパンになろうかと言い出すことが現実であるなら、『斜陽』がベストセラーとなったのも事実である。「しとげたい」女に乗っかってこそのベストセラーである。ベエゼしたい顔、それはただ美しいだけの顔ではないのだ。
