芥川龍之介の『今昔物語に就いて』をどう読むか 普通に読め
筑摩書房の『芥川龍之介全集』の『今昔物語に就いて』はただシンプルに「今昔物語」が生なましくて面白いということが書かれているとみていいだろう。中でもこの「東方行者娶蕪生子」のなまなましさは、小学校八年生以上向けのハイレベルなものだ。
そのまま引用するとあれなので、リンクで現代語訳を示して置く。

しかし「俄かに淫慾盛んにおこりて」「女の事の物に狂が如く思ければ心を靜めがたく思ひ繚ける程に」「蕪の根の大なるを一つ引き取りて」「其を彫りて、其の穴を娶て婬をなしてけり」と原文の方が生なましい。
芥川はまさに「其の穴を娶て婬をなし」「皺干たりけるを掻削て」という表現に旨味を見ている。これが現代文ではかなり削がれている。
これを芥川は本朝の部巻十六としているが、通巻では巻二十六である。
また「頼光郎等共紫野見物物語」の、
然て、紫野樣に遣らせて行く程に、三人ながら、未だ車にも乘らざりける者共にて、物の蓋に物を入れて振らむ樣に、三人振り合はせられて、或いは立板に頭を打ち、或いは己れ等どち頬を打ち合はせて、仰樣に倒れ、うつぶせ樣に轉びて行くに、惣て堪ふべきに非ず。此くの如くして行く程に、三人ながら酔ひぬれば、踏板に物突き散らして、烏帽子をも落してけり。
この無遠慮な描き方に感心する。前者は科学に反する嘘であろうし、後者は又見えてもいない嘘であろう。牛車に隠しカメラが仕掛けられていた筈もないのだ。ただ生々しくて遠慮がない。これを無理にリアリズムなどと呼ばなくてもよいだろう。
芥川は『今昔物語』の修羅、餓鬼、地獄、畜生の蠢く超自然的世界観を現世の娑婆苦と見做している。これは今でも確かに存在するが、悪党には見えないものらしい。
