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御一新、半助、オヤマカチヤンリン 明治大正風俗語典はためになるねー


 槌田満文の『明治大正風俗語典』(角川選書 1979年)は情報のぎゅっと詰まった名著だ。そして兎に角明治の文献をかなりぬかりなく逍遥している。代表作だけ読むというような読み方ではない。坪内逍遥の『内地雑居未来の夢』も『壹圓紙幣の履歷ばなし』も読んでいる。しかもかなり丁寧に読んでいる。そんな人はこれまで見聞きしたことがなかった。むしろそんなことができるほど文学の本質に興味はなかったということのだろうが、そうした職人みたいな人の存在もまた貴重である。

 例えば、御一新と維新の関係についての説明では、維新は慶応四年に『詩経』を典拠に作られた官製の言葉で、夏目漱石は『それから』ではわざと「御維新」と書いて庶民の抵抗感覚を現したものではないかとしている。この指摘はなかなか鋭い。単簡のような漱石独自の用語かと見落としていたところを指摘される感じがある。

 また森鴎外の『雁』に出て來る「半助」は五十銭札、河竹黙阿弥の「月梅薫朦夜」の「円介」は「円助」すなわち一円札だと指摘が細かい。その他「身代限り」の流行のピークが明治十七年であるとか、「半熟卵」は散歩やステッキ同様明治期に輸入された概念だとかいう指摘がある。『二百十日』で、

 玉子ならござりまっす」
「その玉子を半熟にして来てくれ」
「何に致します」
「半熟にするんだ」
「煮て参じますか」
「まあ煮るんだが、半分煮るんだ。半熟を知らないか」
「いいえ」
「知らない?」
「知りまっせん」
「どうも辟易だな」(夏目漱石『二百十日』)

 ……という下りが、意味を持ってくる。田舎だから知らないのではなく流行りだから知らないのだ。

 これは今でこそ国立国会図書館デジタルライブラリーのテキスト検索で安直にできることだが、そういうツールのない時代はとにかく丁寧にたくさんの本を読み、どの用語がいつどんな意味で使われていたのかを記憶していなければならないので、途轍もない作業だ。

 こんな素晴らしい本を残してくれたことには感謝しかない。しかし「オヤマカチヤンリン」についてはその起源を、仮名垣魯文の「親馬鹿チャンリン」の訛であろうという説を拾い、「親馬鹿ちゃんりん蕎麦屋の風鈴」という流行り言葉を引いている。

 これは、

大山巖とオヤマカチヤンリン
 今の元帥大將大山巖曾て少將として西南の役に臨むや、時に或は兵卒と戯れ又は滑稽談をなし、又は道路鹼惡の所に行かば競走を為す等、殆んど將官の嚴格を忘れて毫も頓着せざるの事あり、(中略)ソラ又出たぞ、危ないぞ危ないぞ、と、傳云ふ俗歌にオヤマカチヤンリンの滑稽節あるは、畢竟西南の役より始まりたるものにして、其の元祖は此の「大山が滑稽」といふ評判より出でしならんと、兎に角大山元帥が味方危急の際に當りても尙泰然としてとして動かず、却て遊戲滑稽に出づるに至りては、眞に将器ありといふべし。(『励軍小話』橋亭主人 著厚生堂 1899年)

 とある通り、西南の役が起源だろう。また、

お前ひとりと定めて置て浮氣ア其日の出來心、オヤマカチヤンリン蕎麦屋の風鈴。(『音曲惣まくり : 古今流行』柳派惣連, 三遊派惣連 編加藤福次郎 1891年)

 という歌もある。

 とはいえ、素晴らしい本なので、ぜひ読んで貰いたい。これも。


【余談】




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