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『羅生門』の下人は交野六郎だった

 未定稿を見ると芥川龍之介の『羅生門』の下人は当初「交野六郎」と名づけられて構想されていた。太刀は先祖伝来のものというから苗字も身分もあったわけである。
 決定稿では「襖」のみ出てくるが「汗衫」も着ている。映画『羅生門』は、下は褌で裸足のイメージであったが、未定稿では牛の皮の足袋を履いている。

 芥川が書き出しで拘ったのは雨である。最初は雨とは気がつかない霧のようなものが次第に雨になり、濡れそぼつ様子がじっくり書かれている。朝からうろうろしている。昨夜は旅籠で金を使い果たした。足袋は書き直され裸足になる。
 津の国から京にいる阿母を訪ねてきたところ阿母は死に、妻子は行方知れずになっていた。

 名前は途中で平六に変わる。

 雨の中黒いものがすっと現れた。その正体は初めは高い門だった。それから屋根の瓦がうす白く光っているのが見えた。最後に羅生門と群青と金泥の三文字を刻した額が見えた。
 交野平六は羅生門の下でずぶぬれになった袖を絞った。生温かい滴が指の間をたらたらと流れるのさえ、今では気味が悪いという余裕もない。雨は洗いざらした襖を通して、下に着ている山吹の汗衫までぐっしょり濡らしているのである。
 平六は丁寧にしぼった。それから両方の袖を勢いよく肩までまくり上げてそれからやっと石段の上に腰を下ろした。石段は所々崩れているが、崩れたところからは芽をふいた艸がつぶつぶと黒い実をつけている。いやそれは蔦で、鮮やかな秋の葉を丹塗りの剝げた円柱の根元まで這わせているのである。

 この案は「一人の侍」に変更される。

 侍は洗いざらした紺の襖に柳さびの烏帽子をかぶっている。誰が見てもその日の暮らしにも困りそうな様子である。

 

 それが「一人の男」に変更される。どうもここが決まらない様子だ。「一人の男」になっても立烏帽子をかぶっている。
 そしてまた「交野の平六」に戻る。そして「一人の侍」→「摂津から京に上って来た鋳物師を商売にした下司の交野五郎」→「交野平六」と変わる。

 彼の選択肢は朱雀大路での行き倒れか「袴垂 大殿 小殿などという盗人の仲間に入ること」であり、単独犯は考えていない!

 それもそうか。この時代数を頼まないと狩るつもりが狩られることになりかねない。

 どうも下人には孤独なイメージが付きまとうが、そこに絞り込むまでに相当悩んでいたことが分かる。下人には徒党を組む気配が見えない。
 そこなんだろうな。
 徒党を組ませると一つ時代が古くなる。



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