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誰も北村透谷を読めない時代があった


北村透谷集 島崎藤村 編岩波書店 1947年

北村透谷『厭世詩家と女性』には次のようにある。「恋愛は一たび我を犠牲にすると同時に我れなる「己れ」を写し出す明鏡なり。(中略)双個相合して始めて社界の一分子となり、社界に対する己れをば明らかに見る事を得るなり。

(『定本 漱石全集 第三巻』岩波書店 2017年)

 この「恋愛」が長く「世界」に改竄され流布されていたことはすでに述べた。

北村透谷集 島崎藤村 編岩波書店 1947年


北村透谷集 島崎藤村 編岩波書店 1947年

 よく見るとその他に、「社界」が「社会」に書き換えられている。その他にどこがどう違うのか、それはさすがにつき詰める時間がない。

北村透谷集 島崎藤村 編岩波書店 1947年

博文館 1902年
松栄堂書店 1914年
新潮社 1914年
改造社 1931年
岩波書店 1947年

 ……が「世界は一たび我を」で、筑摩書房「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」1974(昭和44)年では改ざんが改められているようだ。

 つまり初版本に当たっていない限り、四十五年以上の長きにわたり、北村透谷の読者は偽物を読まされてきたということになる。岩波文庫は十五版を重ねている。いったい何人が偽物を読まされたのだろう。あるいはこうも考えてみることができる。四十五年と云えば、おそらく北村透谷を読むことの出来る時間としてはほぼ一生に当たる。四十五年以上もの長きにわたり、初版本を買い求める酔狂な人以外、誰も本物の北村透谷を読むことができなかったのだ。

 そして例えば1950年、あるいは1955版の岩波書店の『透谷全集』を参照して書かれた鈴木貞美の『「日本文学」の成立』(作品社、2009年)を手に取り、おそるおそる「第五章 北村透谷の「文学」観—宗教と芸術の間」を読みながら、1947年生まれの著者の年齢を計算して、1950年、あるいは1955版の岩波書店の『透谷全集』がどちらであったのかと考えてみる。

 なんなら鈴木貞美は、『透谷全集』が長らく改ざんされていた事実に言及しない。現在の『透谷全集』にはその事実が記載されているようだ。もしその事実を知るものであれば、北村透谷について語る際にはまず前提にしなければならない事実が、四十五年以上の長きにわたり、北村透谷の読者は偽物を読まされてきたということなのではないか。『「日本文学」の成立』は五百ページを超える大作であり、そのテーマは大きい。しかしそんな大作を無にしてしまいかねない改ざんが確かにあった。

 これは一人鈴木貞美だけの悲劇ではあるまい。

 最も悲惨なのはほかならぬ北村透谷自身なのではなかろうか。死後まもなく改ざんされ、四十五年以上フェイクが流布された。物書きにとってこんな残酷なことがあろうか。

 あるいは島崎藤村はついに本物の北村透谷を知ることはなかった。

 そんなおかしなことが二度とあってはならないと、私は思う。

 そのためにこんなことをしている。


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