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『三四郎』の謎について⑮ 与次郎は何故淀見軒でライスカレーをおごるのか?


 全ての文章は意味を持ちうるかというより、基本的には意味をコントロールできるかどうかという試みですね。書かれたものは所詮なにがしかの意味を得てしまいますが、それが読み手によってばらばらに解釈されるように書くのか、そうではなくて、多くの人に共通した意味とれるようにするのかという判断は書き手に委ねられています。これが「意味」ではなく「問題」でも同じですね。何を問題とするか、それがどうして問題となるのか、そのことが伝わらないとなかなかクリアな文章にはなりません。あるいは何か物事を考えているうちにある問題を立てて考えながら、別の角度から現れそうになった問題をやり過ごしてしまうことがあります。

 今回はそのやり過ごしてしまった問題の再検討になります。意味がばらけなないようにテーマを小さく絞ります。

 佐々木与次郎とはいかにも佐々木小次郎を模したような適当な名前ですね。与次郎は『三四郎』の中でいわばトリックスター的な働きをします。その佐々木与次郎について私はこれまで上の二つの記事で、


趣味品性の備わった学生と交際する予定だったが

ポンチ絵をかいていた与次郎に淀見軒につれていかれてライスカレーを食べる。

③与次郎は淀見軒をヌーボー式だと三四郎に教えた。(実はアール・デコ様式)→①ボケ

④佐々木はイマヌエル・カントとジョージ・バークリーの思想をあべこべに聞き取っている。(「カントの超絶唯心論がバークレーの超絶実在論にどうだとか言ったな」とあるが、超絶を外せば普通は逆に定義される。)→②ボケ

⑤よし子と美禰子の結婚相手が同じ人らしいと三四郎に伝える。→③ボケ

 ……とそのボケの流れを整理してきました。これは「ヌーボー式」が違うと解らなければ見えない流れなので、解らない人がいても仕方がないと思います。

 しかし、『三四郎』を解説します、解読しますという人は別ですよ。そういうポジションにはそれなりの責任があります。もし解説します、解読しますと断っておいて「ヌーボー式」が違うと解っていなければ引退すべきでしょう。

 ここまでは前置きです。では何故与次郎は淀見軒でライスカレーをおごるのでしょうか?

 この問題に関してはボケの流れから「ヌーボー式」を引きだすためとまずは考えられますね。しかしどうもそれだけではないようです。

「あの人はたいへんにぎやかな人ですね」と三四郎の隣の金縁眼鏡をかけた学生が言った。
「ええ。よくしゃべります」
「ぼくはいつか、あの人に淀見軒でライスカレーをごちそうになった。まるで知らないのに、突然来て、君淀見軒へ行こうって、とうとう引っ張っていって……」
 学生はハハハと笑った。三四郎は、淀見軒で与次郎からライスカレーをごちそうになったものは自分ばかりではないんだなと悟った。(夏目漱石『三四郎』)

 この部分は「ヌーボー式」のかなり後に出てきます。物語の中盤です。もし仮に「ヌーボー式」を引きだすためだけに淀見軒でライスカレーをおごるのだとしたら、ここでもう一度淀見軒が出される必要はないわけです。では何故、このシーンがあるのでしょうか?

 あるいはここを謎だとか問題だと捉えていた人はいますか?

 あるいはこのシーンからどういう意味を引き出しますか?

 これもまた作品の外側にある時代の風俗ですが、前の記事を讀んだ人なら分かる内容です。そこでは私が問題を立てられずうやむやにしてしまっていましたが、冷静に考えれば、

 佐々木与次郎は広田や三四郎以外とも硬派な交際をしていた。

 こんな事実が浮かんできませんか。

 前の記事では淀見軒の特徴として建築様式がアールデコ調であることと、「淀見軒は女給を置かないことで硬派な学生から人気だった」と書いています。しかし何でもホモ小説と見做すことが嫌い(ホモ小説が嫌いなのではなく、誤読が嫌いでみっともないと思っているだけですが、)な私は物凄く警戒していますが、そもそも「硬派」と「ホモ」は別の概念ですからね。

  これは熊本ではなく松山の話ですが、熊本も硬派ですからね。

 田舎の學生だからといつて大人しいといふわけには行かない。イヤ、思ひ出しても亂暴者が多かつた。その代りには女の「を」の字を言つても袋叩きにされたものだ。少年騷ぎとなると、隨分ひどい流行であつた。二三人この道の大將があつて、それがいつも五六人の美少年を引具し、棕梠鼻緒の下駄で、往來をねり歩いたりしたものであつた。 夏目さんの目には「何だい。三五郎騒ぎでもないぢやないか。ロクな面をした少年なんかゐないぢやないか」とでも思つてゐたかも知れなかつた。何しろ、オール日本の男色流行期であつたから、夏目さんとてもどう思つてゐたかわからぬ。

 この時代感覚で捉えれば、やはり淀見軒によって佐々木与次郎の硬派が強調された「ふり」のシーンだと見做してよいのではないかと思います。

 となると、もう解りますよね。この問題、むしろ「落ち」が何故落ちているのか解らないので、そこから浮かび上がってきました。そうです、落ちは、

「なに、もう五、六年もすると、あれより、ずっと上等なのが、あらわれて来るよ。日本じゃ今女のほうが余っているんだから。風邪なんか引いて熱を出したってはじまらない。――なに世の中は広いから、心配するがものはない。じつはぼくにもいろいろあるんだが、ぼくのほうであんまりうるさいから、御用で長崎へ出張すると言ってね」
「なんだ、それは」
「なんだって、ぼくの関係した女さ」
 三四郎は驚いた。
「なに、女だって、君なんぞのかつて近寄ったことのない種類の女だよ。それをね、長崎へ黴菌の試験に出張するから当分だめだって断わっちまった。ところがその女が林檎を持って停車場まで送りに行くと言いだしたんで、ぼくは弱ったね」
 三四郎はますます驚いた。驚きながら聞いた。
「それで、どうした」
「どうしたか知らない。林檎を持って、停車場に待っていたんだろう」
「ひどい男だ。よく、そんな悪い事ができるね」
悪い事で、かあいそうな事だとは知ってるけれども、しかたがない。はじめから次第次第に、そこまで運命に持っていかれるんだから。じつはとうのさきからぼくが医科の学生になっていたんだからなあ」
「なんで、そんなよけいな嘘をつくんだ」
「そりゃ、またそれぞれの事情のあることなのさ。それで、女が病気の時に、診断を頼まれて困ったこともある」
 三四郎はおかしくなった。
「その時は舌を見て、胸をたたいて、いいかげんにごまかしたが、その次に病院へ行って、見てもらいたいがいいかと聞かれたには閉口した」
 三四郎はとうとう笑いだした。与次郎は、
「そういうこともたくさんあるから、まあ安心するがよかろう」と言った。なんの事だかわからない。しかし愉快になった。(夏目漱石『三四郎』)

 ここで美禰子も悪いが与次郎も相当悪いということは解ります。「ふり」に気が付いていないとしても「へえ、与次郎に女がいたんだ」と驚くことはできます。唐突に感じられるからです。

 その思いがけない感じの出所を遡って辿っていくと淀見軒の「ふり」に行き当たります。だから何故与次郎は淀見軒のライスカレーをおごるのか、という問題を立てて「ふり」と「落ち」の関係を整理したわけです。

何故与次郎は淀見軒のライスカレーをおごるのか、もう解りましたね。

そうです。ビフテキより二銭安かったからです。


[余談]

 淀見軒は「オフスト」または「ヲフスト」とも呼ばれていて、西洋菓子や瓶詰なども売られていたらしい。

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 谷崎は『羹』で「佐々木」にわざわざ「安くて、まづい」淀見軒で食事をさせている。

オブスト











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