谷崎潤一郎の『飇風』を読む 一点の曇りもない性質にこそ潜む忌まわしいもの
村上春樹さんの『騎士団長殺し』では、主人公の肖像画家が妻に離婚を切り出された途端、自分が家を出ていく。これまでの村上作品では「消え去った女」は再び戻ることはない。その謎の呪縛を恐れて、自分が出ていったように思える。東北旅行のあとは小田原に移り住み、そこで免色渉や騎士団長といろいろある。結果として妻とは元さやに納まり、消え去った「まりえ」も戻ってくるのが『騎士団長殺し』の大筋だ。
何故か東北に向う主人公はすぐセックスする。先生早すぎますよ、と大向こうを唸らせる仕掛けかと思ったが、実はこの『騎士団長殺し』は谷崎潤一郎の『飇風』のパロディの要素もあるのかもしれない。というのも村上春樹さんはまだ暇な頃、谷崎潤一郎全集(の端本?)を読んでいたような気がするからだ。画家が旅をする話と云えば夏目漱石の『草枕』が有名だけど、そういうものと比べても『騎士団長殺し』と『飇風』の対になる感じは際立っている。何しろ『飇風』は一言で言ってしまえば小田原出身の美貌の日本画家・直彦が何故か東北を旅行し、その六か月間身悶えしながら、セックスを我慢する話だからだ。だから『飇風』を読みながら『騎士団長殺し』を思い出し、「それにしてもすぐセックスしたな…」と可笑しくなったのは私一人だろうかとつい考えてしまうのだ。
それにしても『飇風』もまた信用のならない作品だ。
直彦は生まれてすぐ両親と死に別れているのに、極めて自由に、のんびりと育てられた。気兼ね苦労は知らず、素直な、純潔な、一点の曇りもない性質を持っていた。無邪気で、酒や女にも興味を示さなかった。
……この設定はそもそもどうなのだろう。生まれてすぐ両親と死に別れて、極めて自由に、のんびりと育てられて、気兼ね苦労は知らず、素直な、純潔な、一点の曇りもない性質を持っていた…、さすがにそれは無理というものではなかろうか。少なくとも実の母の愛を知らないという点だけにおいても、そこに淋しさがない人間などいるだろうか。この無理は『彷徨』における猪瀬弘の実家のあまりの疵のなさを思い出させる。そんなにがたぴししない理想的な家族などあり得ないものだと思うし、逆に言えば直彦を生まれてすぐ両親と死に別れさせる意味が解らない。しかしとにもかくにも谷崎潤一郎はわざわざそうした設定を選んだのだ。
直彦は二十四歳の年の暮れに宴会の崩れから無理強いに引き立てられて吉原の大籬の敷居を跨いだ。泥酔の勢いを借りて貞節を破り、女の鼻の孔を下から覗き込んで不気味なところがあると思った。つまり女性上位の構えであろうか。二度三度と通ううち直彦はその女の小鼻の格好に惹かれる。女は名古屋生まれの二十一歳。『騎士団長殺し』のユズが『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』で妊娠して殺される白根柚木の「いいわけ」のように見えなくもないことから、この名古屋という都市名もなんとなく気にかからなくもない。
ところでこの『飇風』はあちらこちら〇〇で伏字とされていて、さすがに意味が解らない部分がある。ここは「性欲」かなここは「肉」かなと当て推量できなくもないところもあるが、六文字くらいになると流石に何を隠したのか見当もつかない。だから「読む」と云いながら正確には「飛ばし読み」になってしまつているのだが、それでもできるだけ正確に読んでいきたい。
さて女は〇〇的に勝ち誇って、安々と皮肉な目元で笑いながら、若々しい発育を遂げた青年に殺到していき、一月とたたないうちに彼を浅ましい無能力な状態に陥れた。この〇〇は「心理」や「体力」では消されまいことからずばり「性欲」的な文字かと思われる。
直彦は眩暈のために昏倒しかけたり、首の筋肉を痙攣させたり、後頭部に重い壓迫を感じて、始終白い痰のかたまりを履き散らすようになった。
これはいわゆる腎虚の症状ではない。白夜なら何と診断するだろう。
やがて直彦は精神衰弱の結果、生きていく根本の命の力が希薄になり、新聞社や雑誌社から金を借り、北国へ六か月の大旅行に出るのであった。年の暮れから一か月後と云えばまだ一月末、冬である。一番寒い時期に何を好き好んで北国に向かうのか理解に苦しむところだ。
直彦は旅立つ前に女と六か月我慢すると約束する。
まずは会津の東山温泉で、湯につかって滋養の良いものを食べていたら一週間後、東京の恋人の夢を見て飛び起きる。
二週間たつとどうも精気が戻ってきたようだ。
正月三十一日に手紙を書くので、出立は正月中旬だったと知れる。
東山を出て若松に行き猪苗代湖を観光し、松島、仙台、塩釜、多賀城跡、衣川、中尊寺と旅するうちに、写生する余裕もなくなった。「忌まわしい考」にとらわれ、欲望の発作を痛快がつてばかりはいられなくなる。
直彦は黒沢尻から盛岡へ行く汽車で、三人の癩病患者と乗り合わせる。兄三十五、姉二十八、妹二十歳。直彦は相手が癩病患者であることに安心して近づき、警察官迄説き伏せて、三人の難渋を救い、宿屋の斡旋をしてやる。直彦は徹頭徹尾、単に義気ある青年として通してしまったが、こんなことを思う。
うら若い女の匂を嗅いただけで、癩病と云ふ越ゆ可からざる垣根は、遂に超ゆることが出來なかつたのだ。(「嗅いただけ」はママ)
思へば己は變人との誓約を忘れて、人もあらうに、忌まはしい癩病患者と、昨夜危く罪をおかさうとする所であつた。(谷崎潤一郎『颶風』)
徹頭徹尾、単に義気ある青年として通してしまったとあるが、実は「癩病患者と、昨夜危く罪をおかさうとする」気配はまるでなかったのだ。そこに突然こう言われてみると、何を言っているのだこの男は、谷崎潤一郎はいったい何を書いているのだ、と考えてしまう。
童貞が女郎におぼれてくたびれる。これはわからないではない。体力回復のために温泉に行く。これも解る。女郎に操を立てる。これはぎりぎり解らない。冬に北国に向う。これは解らない。しかしこの癩病患者との出会いからこの「惜しがる様子」と「反省」は解る解らないのレベルの話ではなく完全に常軌を逸している。これが「極めて自由に、のんびりと育てられて、気兼ね苦労は知らず、素直な、純潔な、一点の曇りもない性質を持って」いた直彦の本質だとしたら、やはり金閣を焼いた溝口は凡庸な青年であり、直彦はそうではない。
それから直彦は東津軽で不味い魚を食べる。それでも精はついてきて、
ともすれば忌まはしい魔夢に驅られて、うつヽの間に血を搾られることさへあつた。(谷崎潤一郎『颶風』)
ということはあったようだ。弘前では遊郭の女が執拗にも○○〇とした。この○○〇は解らない。
何處の遊郭の小格子にも見られるやうな、無智な、醜惡な、魯鈍な女に、此の美しい、此の純潔な肉體を、少しでも觸れさせることの不快さに、夜一と夜慄へ戰きながら、〇〇〇〇〇〇通して了つたが(谷崎潤一郎『颶風』)
ともかくしたいけどしなかった。ということらしい。この後直彦は「昨夜の女が今少し美しかったならば」と後悔する。雪の中へ身を転がして犬かきする。身命を賭して艱難苦行する。内股の付け根に腫物を作り、左右の尻にも腫物ができる。平潟の宿で女におできの膿を出してもらう。直彦は腫物を押されながら不思議な痴情に駆られて、苦しそうに呻いたり、女の足へ武者ぶりついたりした。
そしてなんとか六か月後東京に戻った直彦は恋人と再会する。
「ほんたうに半年の間辛抱して居ましたか」
かう云ひながら、女は狡猾な手先のtrickを投げ與えた。男の足の裏は、鮑のやうに蠢いた。
悍馬を馴らす伯樂のやうに、女は猛り狂ふ直彦を辨達し、狭窄し、翻弄し盡さうとした。剛情な抵抗力と、女の奸黠な技巧とは、半年の間の節操を操るに充分であった。男は撲殺される野犬のやうな樣をして、手に觸るゝものを鷲摑みにした。(谷崎潤一郎『颶風』)
この結果直彦は死んでしまう。医者は「脳卒中」と診断する。
さて「彦」は男子に対する美称である。「直」とはまっすぐ。まがっていないで正しい。という意味である。直彦とは「極めて自由に、のんびりと育てられた。気兼ね苦労は知らず、素直な、純潔な、一点の曇りもない性質を持っていた」青年にふさわしい名前だ。そんな青年がただ「女の美しさ」のために死んでいった、と見做すのは余りにも軽率だろう。
この小説には政治的な匂いは微塵もない。女王も国母もあらわれない。二十一歳の小鼻の形がよい女郎にたぶらかされた美貌の日本画家が、転がされて足の裏を宙に悶えた末、四つん這いにされて操られた、と読む以外にはなかろう。最初直彦は小鼻に惹かれたが、利発な頭脳と鋭い瞳と、手練手管で壺に嵌められた。この女郎の見かけの「美」など背の高さと鋭い瞳しか書かれていない。
直彦は手管と技巧に殺されたのだ。
弘前での「昨夜の女が今少し美しかったならば」という後悔は、「少しの美」で用が足りることを証明している。つまり烏賊の麹漬けのような味の濃いおかずなら、少しでもご飯が沢山食べられると主張しているのだ。ん、少し違うな。空腹は最高のご馳走と言っているようなものだ。これでは結局誰が相手でも良くなる。理窟としてはドミナが精力の捌け口に堕ちてしまう。寧ろ本質は飇風の如き精力なのであると言ってしまえば、糞味噌の話になる。いや、確かにそういう要素はある。しかしこの『颶風』には、まるで断食明けにお粥ではなくビフテキを食べて死にました的なことが書かれてしまっている。人間が畜生であり、エネルギーだと説かれている。精神など全く問題にされていない。このあたりが私にはどうも引っかかるのだ。
兎に角、ここでも沼正三を歓喜させたようなドミナ崇拝とは全く異質なものが現れていると云ってよいだろう。結末そのものはむしろしぼんでいる。谷崎潤一郎の悪魔的な感覚はむしろ「うら若い女の匂を嗅いただけで、癩病と云ふ越ゆ可からざる垣根は、遂に超ゆることが出來なかつたのだ。」という辺りに込められている。忌まわしい差別意識と、そういう相手なら何とでもなるという歪んだ特権意識をもって、弱者の弱みに付け込むというあってはならないことが、極めて自由に、のんびりと育てられて、気兼ね苦労は知らず、素直な、純潔な、一点の曇りもない性質を持っていた青年によってなされようとしたこと、それを押しとどめたのがやはり忌まわしい差別意識であったこと、このどこにもあるありふれたふるまいを指摘したことに谷崎潤一郎の手柄はある。
【余談①】『颶風』の言葉たち
飇風 へうふう ひょうふう 飇一文字で飃 飆 旋風
係累 面倒を見なければならない家族たち。
六代目 六代目尾上菊五郎?
大籬 江戸の新吉原で、もっとも格式の高い遊女屋。 高位の遊女をかかえ、張り見世をしないで、間口、奥行ともに最も大きく、上り口の格子(籬)が全部天井まで達している構造の店。 大籬見世。 総籬。
栫 栫とは、まがき/ふしづけ/柴を束ね水中に沈めて魚を捕らえる仕掛け馬掛 馬掛は清朝の服装
眞垣
笆 竹で編んだ垣
間垣 庭や路地などの仕切りに設けた垣根。
曲木 木材を蒸したりまたは煮沸して塑性を増大させ、金型にはめてそのまま乾燥し、望みの曲線をもつ材にしたものをいう。
〇〇的
荒色 荒色トハ色欲ニアクナキナリ
婀娜 あだ 女のなまめかしく色っぽい様子。
缼陷 欠陥
瀰漫 びまん 二度とも良い意味で使われている。
abuse 乱用
voluptuous 官能的な、肉感的な
湧然 水などのわき出るさま。 また、声などが盛んにわき起こるさま。
壓迫 ① 力でおさえつけること。 圧力を加えること。 ② 心理的、精神的に威圧感を与えること。 また、勢力をもって政治的、軍事的に相手をおさえつけること。厭迫とは違う字なので注意が必要。
戯談 ざれごと
ポツケツト
黑澤尻
眄 ながしめ 流眄 顔を向けずに、ひとみだけを横に動かして見ること。また、その目つき。よこめ。ベン ヘン
擯斥 ひんせき のけものにすること。排斥。
側方 そつぽう
寶丹の曲物 ほうたんのまげもの 寶丹 文久二年(一八六二)江戸池の端の守田治兵衛店から売り出した、赤褐色の湿潤性粉末の気付け薬。頭痛、はきけ、めまいなどに用いる。曲物(まげもの)とは、薄い木の板を円形や楕円形にまげて、合わせ目を「山桜の皮」で綴じて底をつけた器もの
何の效もなかつた かい 效は 攴の部首の10画 読みはきく いたす ならう コウ ギョウ 菊池寛は両方使う。
五甚兵衞に對する命乞ひの愁訴などは、何の效もなかつた。藩では、兎に角下手人が出たのを、もつけの幸ひとして、甚兵衞を香東川原に磔にかけた。が、罪は一族にも及んだ。
家老目付など、駒を飛ばして、一揆に近づき懇々利害を說いて退散を迫つたけれども、何の効もなかつた。「日頃邪なる政道にて、下を苦しめ、此の期に及んで何を云ふぞ。それ奴に物云はすな。」(菊池寛『名君』)
慷慨悲憤 こうがいひふん
穢い むさい
喞つ かこつ なげく。不平不満を言う。託つ あまり関係のないことをむりに結びつけて理由とする。他のせいにする。口実とする。かこつける。
噓欷りあげる しゃくりあげる すすりなく 歔欷 噓 田+虚 (・・?
重疊 ちようでふ
皚々 がいがい しろい さむい
朔風 さくふう きたかぜ
うるか 鱁鮧、潤香、湿香は、アユの塩辛。
はららご 鮞 筋子
皓雪 こうせつ
附木 杉や桧の薄片の一端に硫黄を塗りつけたもの。 明治時代になってマッチが普及する以前に、種火から火を移す時に、この附木を裂いて使った。
連銭葦毛 れんせんあしげ 馬の毛色の名。 葦毛に灰色の丸い斑点のまじっているもの。 虎葦毛。
渇仰 かつぎょう(渇して水を思うように、仏を仰ぎ慕う意) 仏を深く信じ仰ぐこと。転じて、人や事物を尊び敬うこと。あこがれ慕うこと。かつごうとも。
鳶色
忽諸 なおざり 等閑 軽んじること。ないがしろにすること。
奔騰の勢 非常な勢いであがること。
騒擾 そうじょう 騒いで秩序を乱すこと。騒動。一般に集団での騒ぎだが、ここは「血液の騒擾」という抽象的な表現なので間違いではない。
凛烈 りんれつ 凛冽 ① 寒気がきびしいさま。 ② 態度・気風・性格などが厳格なさま。
颶風 ぐふう 強く激しい風。颶とは、つむじかぜ/おおかぜ/暴風などの意味をもつ漢字。
裏日本の海に沿うた、鯵が澤、深浦、大戸瀬附近の傷々しい、恐ろしい風物を見た。
漂渺 ひょう‐びょう 1 広くはてしないさま。 2 かすかではっきりとしないさま。
澎湃 ほうはい 水がみなぎって逆巻くさま。転じて、盛んな勢いで盛り上がるさま。
饑渇 きかつ 飢渇 うえとかわき。
立ち罩める 立ち込める 立ち籠める 音読みはトウ。
佐竹騒動 秋田騒動 この作品中唯一政治的なワードだが、深読みになってはいけないのでここは敢えて掘り下げない。
妲己のお百傳説 江戸時代の宝暦年間にいたとされる日本最大の悪女と評される女性
戀の奴 恋に支配されている身を、人に使われる奴 (やっこ) にたとえていう語。 恋のとりこ。 恋の奴隷。
龕燈 がんどう 江戸時代の携行用灯火具。 桶状の筒内に2個の鉄輪を装置して,どんなに振り回しても蝋燭(ろうそく)が垂直に立つように工夫され,使用者の姿は見えないで思う方向を照射する。 強盗提灯(ぢょうちん)ともいい,目明しなどが夜間隠密な行動をとるのに用いられた。
美女 たをやめ
裹む つつむ 部首衣 音 カ
跼む かがむ 僂 傴 詘 跔 踠 屈む かがむ
跼天蹐地 高い天の下にも背をかがめ、固い地上にもそっと忍び足で歩くこと。 非常につつしみおそれるさま、また、肩身がせまく世を恐れはばかって行動するさまをいう。
いきれ むされるような熱気。ほてり。熱れ/熅れ
勿来 なこそ
根太 ねぶと(根太)は、せつ(癤)、かたね(固根)、おでき、腫れ物などとも称する。毛嚢、皮脂腺に黄色ブドウ球菌などが感染し、皮膚が赤く腫れて硬く、中心が化膿して痛みがひどい。背部、臀部、太ももなどの脂肪の多い部分に生じる。
洋袴 づぼん
蚯蚓 みみず
莫連者 すれっからしもの。 女についていう。 ばくれんおんな。
櫻紙 ちりがみ
下流社會の者や安女郎などは漉き返しの塵紙を他つだので、それを「わる紙」と云つた、是等を總稱して「御事紙」とも稱し、近くは「櫻紙」と称したハイカラーした紙も渡来しているが…
使嗾 しそう さしずして、そそのかすこと。けしかけ。
往還 おうかん 1 道を行き来すること。往復。往来。2 人などが行き来するための道。
瘧 おこり 1日とか2日おきというように周期的に悪寒戦慄と発熱を繰り返すという特徴のある病状によって紀元前から中国で知られていた病気 マラリア
奸黠 かんかつわるがしこいこと。ずるがしこいこと。また、そのさまや、そのような人。狡猾 姦黠
【余談②】細かい事なんですが
ヒントはね、アルジェリア帰りの二人が主人公の家を訪れてきたとき、彼女が選んでかけた音楽です。男性が主人公にマリファナを勧めたときに部屋の中に流れていたのは、マイルス・デイヴィスの「エアジン」でした。ソニー・ロリンズが作曲し、マイルスの『バグズ・グルーブ』というアルバムに収録されている曲ですが、この曲名の「Airegin」、ひっくり返すと「Nigeria」、そうナイジェリアになるというのはジャズファンには有名な話です。そして村上春樹はジャズ喫茶の経営者でしたね。村上春樹がこのシーンでわざわざ「エアジン」という曲名を明示しているのは、明らかに(知っている人に)ナイジェリアを想起させるためでしょう。だいたい、本当に細かいことなんですが、
あるブロガーさんの記事です。勿来 なこそ はただの地名、妲己のお百傳説はただの風俗と、なんでも「ただの」にしてしまうと見えないものがありますね。細かい事なんですが。
