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写生文とは何か⑤ 娑婆性について

 同じ結核性の病氣に罹つてゐても、綱島梁川が佛を見たり、高山樗牛がニイチエから、日蓮に歸依して感激に滿ちた超世間的の文章を發表してゐたのに比して、いかに子規の病牀生活が非宗教的で、平凡で、現實的、娑婆的、此岸的であるかを見よ。芭蕉の疾病は下痢が劇しいので、實は芭蕉の言行として記すべき材料を得る暇も何もなかつた。それでも、花屋日記や、枯尾花に書いてあるやうな一種の雰圍氣を殘した。
旅に病んで夢は枯野をかけめぐる         芭蕉
絲瓜咲いて痰のつまりし佛かな          子規
 割合に意識の濁らなかつた芭蕉が、一句をつくれば、夢をいひ、枯野をいふ。麻睡劑のためにうとうととし勝ちな子規が辭世の句をつくれば、佛と咏じて居りながら、『痰のつまりし』といふ。この娑婆的なところが、子規文學の特色でもあり、寫生の妙諦でもある。(『正岡子規』斎藤茂吉 著創元社 1943年)

 昨日、やはり斎藤茂吉の「結核」→「人の見えないところが見えてくる」→「写生文」理論について考えながら、夏目漱石の遺作『明暗』のフリチン性というあたりが上手く連結できなかった。

 例えば森鴎外が饅頭茶漬けを食べるように人は時代の鋳型からは抜け出せないもので、顕微鏡で黴菌を覗けば、生ものは危険だとどうしても考えてしまうものだろう。顕微鏡が時代の鋳型であり、風俗であるとすれば、テレパシーなどもまた風俗と言えるかもしれない。『行人』の一郎がテレパシーを研究し、二郎と直の間で二度テレパシー現象のようなものが生じていることも、それが良いとか悪いということを抜きにして、風俗が這入ってきたとみるべきであろうか。

 それにしてもやはり漱石には太宰が言う「俗中の俗」という意味ではないところの娑婆性というものがあり、最後まであちらの世界にはいかなかったようなところがあるのではなかろうか。

 あちらの世界とは例えばエジソンが最後に「霊界ラジオ」の研究に向かったり、オーギュスト・コントのように「人類教」を始めたり、ヴィルヘルム・ライヒのようにオルゴン・エネルギーを発見してしまったりすることだ。そういうものを十羽一絡げに逸脱の方向とすることにはいささか問題がないこともない。たとえばフロイトのリビドーの概念は、実体なのかモデルなのか曖昧なものだった。実証科学の方向性とすれば、オルゴン・エネルギーを発見すること自体は圧倒的に正しい。しかしオルゴン・エネルギーの研究は完全にオカルトの世界に進んで行った。それぞれにそれぞれの事情があるとして、神を持ち出せばやはり逸脱だろう。

 この点で酷く誤読されて、もう今更私如きが何と云おうと修正は不可能かも知れないが、『行人』の一郎もやはり娑婆に留まっている。

「根本義は死んでも生きても同じ事にならなければ、どうしても安心は得られない。すべからく現代を超越すべしといった才人はとにかく、僕は是非共生死を超越しなければ駄目だと思う」(夏目漱石『行人』)

 まあ、乃木静子は単に殺されていますけどね。これ超越なんですかね?

 この「すべからく現代を超越すべしといった才人」が高山樗牛、では「生死を超越」とは逸脱の方向ではないかと云えばやはりそんなことはない。一郎は「車夫ほど信用できる神を知らない」のだ。ここで言っている超越は死んでも生きることではなく「死のうが生きようが」という程度の意味である。

 主人公である「私」をまるでKの生まれ変わりのように描きながら『こころ』の先生はあくまでそのことに気が付かない。生まれ変わりと云うようなオカルトな概念さえ『明暗』では「生きたままの生まれ変わり」という娑婆性を持ち出してねじ伏せる。神秘性をはぎ取ってしまうのだ。この方向性は徹底している。夏目漱石の遺作『明暗』は少しも神秘性のない、偶然のない世界なのだ。、

「この上だろう、関さんのお室は」
「ええ、よく知ってらっしゃいますね」
「うん、そりゃ知ってるさ」
「天眼通ですね」
「天眼通じゃない、天鼻通と云って万事鼻で嗅ぎ分けるんだ」
「まるで犬見たいですね」(夏目漱石『明暗』)

 それが天眼通や天鼻通から得られたものではなく、待ち伏せから得た情報であることを読者は知っている。「車夫ほど信用できる神を知らない」のは一郎だが、人間が神になる事もキリスト教的絶体神の存在をも認めないのは漱石も同じだ。

 夏目漱石の遺作『明暗』が、妻帯者が借金をしながら女の尻を追いかけるような俗な話なのは何故なのだろうかという問題について、私はこれまでさまざまに考えて来た。道にはいると云い、則天去私と云い、いまさら何を書こうとしているのかと。『明暗』には少しも崇高であったり、高尚であるところがない。

 ただそれを花鳥風月ではなく人間であり、神秘ではなく娑婆なのだと思ってみれば少しは道や天の意味が解けてくるものだろうか。

 先ほどの斎藤茂吉の言い分には続きがある。

そして、この娑婆的、現實的現象の追尋がおのづからにして永遠に通じ、彼岸界にもつながるので、子規が殘した傑作の幾つかは卽ちそれなのである。(『正岡子規』斎藤茂吉 著創元社 1943年)

 この言い分がそのまま通れば何やら話として出来上がるようにも思えるが、冷静に眺めれば「おのづからにして」にやはり少し無理があろう。この「おのづからにして」論法なら大抵のことがごり押しできる。

 肉体の鍛錬がおのずから精神の鍛練にも通ずる、とは言える。しかし大食いがおのずからダイエットにも通ずると反対の事を持ってきては出鱈目になってしまう。斎藤茂吉の言い分は出鱈目とは言えないまでも「おのづからにして」で理屈を飛び越えているところがある。「現實的現象の追尋がおのづからにして永遠に通じ」は出鱈目ではない。何かを捉えている。捉えてはいるが、まだ彼岸界には届いていない。

 ここにはまだ何かもう一つ理屈が足りない。


[付記]

 諸佛は又世尊にておはせば、主君にておはせども、娑婆世界に出でさせ給はざれば、師匠にあらず。又其中衆生ら然れど悉是吾子と名乘らせ給はず。釋迦佛獨り主師親の三義を兼ね給へり。(『高山樗牛と日蓮上人』姉崎嘲風, 山川智応 編博文館 1913年)

 

 若し夫れ安東入道が『世間武士の義理立てども恩愛情の道缺けたり、何に樂みの娑婆世界』と言ひしは、之れ自然の愛情を以て人生の眞諦となし、人爲の義理を以て社會の假相となせしものと見るべく、(『文は人なり : 樗牛文篇』高山樗牛 [著]||姉崎嘲風 編博文館 1913年)

 私には地下室も井戸もない。ここで考えるしかない。そういう意味で「現實的現象の追尋がおのづからにして永遠に通じ」は出鱈目ではない。彼岸に向かう特殊装置があるわけではなく、我々には常に現実だけがある。仮に「則天去私」という理想があるにせよ、其処に向かう手立てはそもそも「写生文」しかない筈で、魔法の杖はそもそも存在しないのだ。

 現実的には『明暗』の執筆の最中、漱石は俗気を払うために午後漢詩に遊んだ。しかし漢詩が魔法の杖ではない。子規はモルヒネで朦朧となりながら俳句を詠んだ。モルヒネも魔法の杖ではなかろう。現實的現象の追尋は出鱈目ではないのだが……。











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