石原千秋の『漱石はどう読まれてきたか』をどう読むか⑥ 見下ろしてはいけない
石原千秋は『虞美人草』の道義は古すぎて失敗したという。読者は「新しい女」を求めていたのだと。
これは実際文学史的に田山花袋の『蒲団』の前に閨秀作家の台頭があったことからも頷ける話である。
AI による概要
はい、田山花袋の『蒲団』の発表(1907年)より前の明治時代後半に、女性作家(閨秀作家)の台頭が明確に見られました。
詳細をまとめると以下の通りです。
時期: 1890年代後半から1900年代初頭にかけて、女性作家が文学界で活躍し始めました。
代表的な作家:
樋口一葉: 1890年代半ばに『にごりえ』や『たけくらべ』といった傑作を発表し、高い評価を得ました。彼女の活躍は、後続の女性作家たちに大きな影響を与えました。
与謝野晶子: 歌人としての活躍が著名ですが、情熱的な歌風で当時の社会に衝撃を与え、女性の感情表現の自由を文学的に確立した重要な人物です。
『蒲団』との関係:
『蒲団』は、日本の自然主義文学の代表作であり、男性作家による私小説の先駆けとされています。
一方、同時期に活躍していた女性作家たちは、近代的な自我に目覚め、女性の視点から生活や恋愛、社会的な制約などを描いていました。
したがって、『蒲団』が発表される前から、文学界において女性作家の存在感は増しており、近代日本文学の多様な展開の一部を形成していました。
とはいえ北田薄氷や大塚楠緒子らの名前は上がってこない。しかしまあ実際『蒲団』は女が作家になる時代というものを前提にしないと書かれない小説である。
そして話は『三四郎』に移る。
森田草平の評として「作者は三四郎を見下ろしている」「三四郎の眼に触れ耳に入る所だけしか、此の小説の中には出て来ない」と引かれていて、石原千秋はその誤りを指摘していないが、
①三四郎が居眠りしていても通過駅が勘定されている
②広田の新しい家の掃除の場面で語り手は美禰子についていく
③三四郎の横顔を美禰子が見つめる場面がある
……などと、通常ミスだと見做されるような遊びを漱石は敢えてしている。あえてというのは『二百十日』で通常「碌さん」視点なところ、宿で寝る所と霧の中の二回、「圭さん」視点に切り替わる所があるからだ。村上春樹の『騎士団長殺し』は一人称なのに、見える筈のないところが見えてしまうミスが書かれている。
この③三四郎の横顔を美禰子が見つめる場面がある、が見えていないと「美禰子は三四郎に対して全然その気はなかった」といった暴論が生まれてしまうので要注意だ。
そしてさらにこの指摘は森田草平から石原千秋までを貫通して、これまでいかに国語的に正しい読みができていなかったかという事の証明でもある。
さらに森田の指摘の「作者は三四郎を見下ろしている」は当たっているようで当たっていない。「三四郎を却って詰まらなく見える位でなけりやいけない」いうのもどうか。
①「すごい顔」
②「子供の葬式」
三四郎は無言で灯の下を見た。下には死骸が半分ある。汽車は右の肩から乳の下を腰の上までみごとに引きちぎって、斜掛の胴を置き去りにして行ったのである。顔は無傷である。若い女だ。
この場面読者は三四郎とともに女の死体を見るべきだろう。
三四郎は妙な意味に批評家という字を使ってみた。使ってみて自分でうまいと感心した。のみならず自分も批評家として、未来に存在しようかとまで考えだした。あのすごい死顔を見るとこんな気も起こる。
そして無傷の顔が苦しみに歪む変容を味わうべきなのだ。
子供の葬式が来た。羽織を着た男がたった二人ついている。小さい棺はまっ白な布で巻いてある。そのそばにきれいな風車を結いつけた。車がしきりに回る。車の羽弁が五色に塗ってある。それが一色になって回る。白い棺はきれいな風車を絶え間なく動かして、三四郎の横を通り越した。三四郎は美しい弔いだと思った。
即座にこの美しさには辿り着けないかもしれない。ただ子供葬式を美しいと思えるのは、まさに今生きている命があるからである。何もかもこれからというその青春の感覚をこそ味わうのでなければ『三四郎』を読む意味はなかろう。
轢死体を見た翌朝はこうである。
寝つけない所に寝た床のあとをながめて、煙草を一本のんだが、ゆうべの事は、すべて夢のようである。椽側へ出て、低い廂の外にある空を仰ぐと、きょうはいい天気だ。世界が今朗らかになったばかりの色をしている。
こんな色は見た事があるまい。いやいつか見たのかもしれないが、もう思い出せないくらい遠い記憶なのだ。完全には辿り着けないが、『三四郎』は三四郎の世界を味わうべき作品である。
見下ろしてもろくなことはない。
