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ピーテル・パウル・ルーベンス / メトロポリタン美術館
夏きぬる葉山の小田になくかはづかひやが下に聲を淋しき
夏きぬる葉山の小田になくかはづかひやが下に聲を淋しき
「甲申旅日記」( 小笠原長保)にある歌を、永井荷風が昭和十二年五月三十日に書き写している。
何度も書いているがこの「かひやが下」は『万葉集注釈』では字義不明。つまり意味が分からない言葉なのである。
万葉集のかはづはカジカガエルだが、カジカガエルは清流に棲むので、田にいるかはづはどちらか不明だ。
さて、断腸亭はどう読んだか?
「かひやは水に魚取らんとて作りたるものなり」とも「かひ屋は蠶を飼ふ屋なり」とも言われるが、
「かひやが下にかはづなくなり」を顯昭自身は魚を捕ふる舍とし、袖中抄には蠶を養ふ舍なりといふ。古來風體抄の說も袖中抄と同じ。かたがた以て俊成の頃のものとは思はれず。
寂蓮、山田もるかひやが下の烟こそこがれもやらぬたぐひなりけれ。」の二つの歌をあげ寂蓮がかひやは鹿火屋にして、山田に鹿を防ぐために守る火焚き屋とせるに對して、魚とる時の飼屋なりとの說をとれり。
から進歩がない。
柳田國男もつきつめない。
「かひやが下の墓の聲といふ發句もある。カヒヤは蚊火屋だといふ說もあるが、それは信じられない。」
なんて確認して居たら、荷田春満に
「奥に至ても、あさがすむかひやが下に鳴かはづといふ歌の意もおなじにて、あさもあせも同事にて、あせとは吾夫といふこと也。第一卷にて日本紀の字訓を引て注せる通也。」
というのが見つかって、え? あさがすむ 吾夫が住む? 朝霞じゃなくて……とますます謎が深まった。
こりゃきりがない。
