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谷崎潤一郎の『秘密』を読む 捨てられるドミナ

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 谷崎潤一郎などという作家が本当にいたのだろうかとふと思う。谷崎純一でもなく山崎純一郎でもなく、谷崎潤一郎という作家がなぜ存在しえたのかと。それはおそらく谷崎潤一郎が小説を書いたからにほかならないのであろうが、私にはどうもほかなるように思えて仕方ない。谷崎潤一郎と書くたびに、何かとんでもない勘違いをしていて、芥川龍之助とか川端やすのりと書き間違えたりするような、そんな根本的なミスを犯しているような錯覚にとらわれる。第一最初の「谷」の字が軽すぎる。もっと重厚な字を勝手に簡素にしてしまったような気がする。しかし他の字が見当たらないので仕方なく、谷崎潤一郎と書いてみることにする。

一体私は衣服反物に対して、単に色合が好いとか柄がらが粋だとかいう以外に、もっと深く鋭い愛着心を持って居た。女物に限らず、凡べて美しい絹物を見たり、触れたりする時は、何となく顫い附きたくなって、丁度恋人の肌の色を眺めるような快感の高潮に達することが屡々であった。殊に私の大好きなお召や縮緬を、世間憚からず、恣に着飾ることの出来る女の境遇を、嫉ましく思うことさえあった。
あの古着屋の店にだらりと生々しく下って居る小紋縮緬の袷―――あのしっとりした、重い冷たい布が粘つくように肉体を包む時の心好さを思うと、私は思わず戦慄した。あの着物を着て、女の姿で往来を歩いて見たい。………こう思って、私は一も二もなくそれを買う気になり、ついでに友禅の長襦袢や、黒縮緬の羽織迄も取りそろえた。(谷崎潤一郎『秘密』)

 谷崎潤一郎の『秘密』は、一言で言ってしまえば、謎の女の正体が解って興ざめする話である。神経が鈍った「私」は澁谷や大久保に隠遁するのではなく、大都会の下町に隠れ家を探そうと歩き回り、六区と吉原を鼻先に控えてちょいと横丁を一つ曲った所に身を隠した。現実をかけ離れた野蛮な荒唐な夢幻的な空気の中に、棲息しようと、コナンドイルや黒岩涙香の探偵小説を想像し、魔術だの、催眠術だの、探偵小説だの、化学だの、解剖学だのの奇怪な説話と挿絵に富んでいる書物を、手あたり次第に繰りひろげては耽読した。そして「私」は女装して歩き回るようになる。
 ここだ。
 ここが信用できない。
 「私」は澁谷や大久保に隠遁することを避ける。『秘密』はかえって近所にあるというのが落ちなのだとしたら、現実をかけ離れた野蛮な荒唐な夢幻的な空気の中に棲息しようと怪しげな本を読み返し、女装してうろつくことが「賺し」に消えてしまう。

 いつも見馴れて居る公園の夜の騒擾も、「秘密」を持って居る私の眼には、凡べてが新しかった。何処へ行っても、何を見ても、始めて接する物のように、珍しく奇妙であった。人間の瞳を欺き、電燈の光を欺いて、濃艶な脂粉とちりめんの衣装の下に自分を潜ませながら、「秘密」の帷を一枚隔てて眺める為めに、恐らく平凡な現実が、夢のような不思議な色彩を施されるのであろう。(谷崎潤一郎『秘密』)


 三島由紀夫の『仮面の告白』にも女装への憧れが見られた。しかし筋の中でそのことはさして意味を結ばない。「女の姿で往来を歩いて見たい。」という女装趣味などいまではありふれたものではあるが、まだその入り口にある当人にとってみれば、その趣味を誰かに悟られるかどうかという問題は、緊張と羞恥と興奮を伴った堪らない快感であることだろう。満員電車で揺られている一見平凡なサラリーマンが、そのよれよれの吊るしのスーツの下に、レースの女性用ボディスーツを身に着けていたとしたら、やはりそれだけで世界は違って見えているかもしれない。ばれるかもしれない、いや、ばれてしまいたい、好奇の視線にさらされたい、なんなら女として見られたい…。さらにはその先に男の娘としてメス堕ちするなど幾らでも変態の可能性があるのに、谷崎潤一郎はそこをぷつりと絶ってしまう。

そうして、一週間ばかり過ぎた或る晩の事、私は図らずも不思議な因縁から、もッと奇怪なもッと物好きな、そうしてもッと神秘な事件の端緒に出会した。 (谷崎潤一郎『秘密』)

 職業作家がこんな妙な前置きをすることをどう受け止めればいいだろうか。案の定、それから起こることは物好きであろうがさして奇怪でも神秘的でもないのだ。

「……… Arrested at last. ………」
と、女は小声で、フィルムの上に現れた説明書を読み上げて、土耳古巻の M. C. C. の薫の高い烟を私の顔に吹き附けながら、指に篏めて居る宝石よりも鋭く輝く大きい瞳を、闇の中できらりと私の方へ注いだ。 (谷崎潤一郎『秘密』)

 Arrested at lastを「見つけたわよ」と訳すか「ついに逮捕か」と訳すか、いずれにせよ読者は、「私」の女装が暴かれ、その「秘密」によってじわじわと追い詰められ、この女に支配されていくことを期待した筈である。しかしそうはならない。

「夢の中の女」「秘密の女」朦朧とした、現実とも幻覚とも区別の附かない Love adventure の面白さに、私はそれから毎晩のように女の許に通い、夜半の二時頃迄遊んでは、また眼かくしをして、雷門まで送り返された。一と月も二た月も、お互に所を知らず、名を知らずに会見していた。女の境遇や住宅を捜り出そうと云う気は少しもなかったが、だんだん時日が立つに従い、私は妙な好奇心から、自分を乗せた俥が果して東京の何方どっちの方面に二人を運んで行くのか、自分の今眼を塞がれて通って居る処は、浅草から何どの辺に方あたって居るのか、唯それだけを是非とも知って見たくなった。三十分も一時間も、時とすると一時間半もがらがらと市街を走ってから、轅を下ろす女の家は、案外雷門の近くにあるのかも知れない。私は毎夜俥に揺す振られながら、此処か彼処かと心の中に憶測を廻らす事を禁じ得なかった。 (谷崎潤一郎『秘密』)

 「私」の女装は終わり、秘密は女の家が何処か、というつまらないものにすり替わっている。結果として女の家は間もなく知られることになる。

丁度道了権現の向い側の、ぎっしり並んだ家と家との庇間を分けて、殆ど眼につかないような、細い、ささやかな小路のあるのを見つけ出した時、私は直覚的に女の家がその奥に潜んで居ることを知った。中へ這入って行くと右側の二三軒目の、見事な洗い出しの板塀に囲まれた二階の欄干から、松の葉越しに女は死人のような顔をして、じっと此方を見おろして居た。
思わず嘲けるような瞳を挙げて、二階を仰ぎ視みると、寧ろ空惚けて別人を装うものの如く、女はにこりともせずに私の姿を眺めて居たが、別人を装うても訝まれぬくらい、その容貌は夜の感じと異って居た。たッた一度、男の乞いを許して、眼かくしの布を弛めたばかりに、秘密を発かれた悔恨、失意の情が見る見る色に表われて、やがて静かに障子の蔭へ隠れて了った。
女は芳野と云うその界隈での物持の後家であった。あの印形屋の看板と同じように、凡ての謎は解かれて了った。私はそれきりその女を捨てた。 (谷崎潤一郎『秘密』)

 ここで谷崎潤一郎は、急ごしらえの「夢の中の女」「秘密の女」を残酷にドミナの座から引きずり降ろしている。まさにドミナなど男の気まぐれの産物であり、持ち上げられているだけに過ぎないのだよと諭すかのように。この女はみじめであろう。例えば別の贔屓に何度も催眠術をかけようとしてかからず、間もなく三平からも飽きられてしまう『幇間』の梅吉のようにみじめではなかろうか。調子に乗ってみじめに落ちる女を描いて、マゾヒストから崇められる谷崎潤一郎とは一体本当に存在していたのか?

 この疑問はけして無理な言いがかりではなかろう。

 二三日過ぎてから、急に私は寺を引き払って田端の方へ移転した。私の心はだんだん「秘密」などと云う手ぬるい淡い快感に満足しなくなって、もッと色彩の濃い、血だらけな歓楽を求めるように傾いて行った。 (谷崎潤一郎『秘密』)

 結びにはこうあることから、かねてから用意していた「匕首だの麻酔薬だの」が活躍する書かれていないエピローグが隠されていると読むことはできる。ただ、もしそうなればなったでやはり谷崎潤一郎の本性にマゾヒズムはなかろう。

【余談①】『秘密』の言葉とか。

Obscure   あいまい  「覆って(over)」を意味する「ob」と「覆われた(covered)」 「覆い隠す」 ⇒ 「薄暗い」 という意から、「obscure(不明瞭な)」

一郭 一廓
戦かす をののかす 戦慄かす(わななかす)ふるえる。そよぐ。

余は答へんとすれど声出でず、膝の頻しきりに戦かれて立つに堪へねば、椅子を握まんとせしまでは覚えしが、その儘に地に倒れぬ。(森鴎外『舞姫』)

韜晦 とうかい 自分の才能・地位などを隠し、くらますこと。また、姿を隠すこと。行くえをくらますこと。

禁厭 まじない まじないで、病気や災害を防ぐこと。 きんえん。

「さて世はめでたい、豊年の秋じゃ、つまみ菜もこれ太根になったよ。」
 と、一つ腰を伸して、杖がわりの繻子張の蝙蝠傘の柄に、何の禁厭やら烏瓜の真赤な実、藍、萌黄とも五つばかり、蔓ながらぶらりと提げて、コツンと支ついて、面長で、人柄な、頤の細いのが、鼻の下をなお伸して、もう一息、兀の頂辺へ扇子を翳して、(泉鏡花『白金之絵図』)

雪洞 せつどう、せっとう、1 灯をともす部分の周囲に紙または絹張りのおおいをつけた 手燭 てしょく ・燭台。 また、柄と台座をつけた小さい 行灯 あんどん 。 せっとう。 2 茶炉などに用いる、紙張りのおおい。3 雪に掘られた、人が入れる大きさの横穴。

土用干し  衣類・書籍を陰干しすること
ドキンシイ

優婆塞うばそく 男性の在家信者
優婆夷うばい  女性の在家信者
緋毛氈

唐桟の半纏

二重廻の襟 明治に生まれた古風なケープコート。主に紳士向けの外套。近代文学では「二重廻し」とも表記される。

面体 顔かたち。顔付き。面相。
とのこ 砥の粉は砥石を切り出すときにできる岩石や土の粉が原料。
紅絹裏 紅絹の裏地
お高祖頭巾

扱帯 しごき しごきおび 女性がおはしょりの着物を対丈(ついたけ)に着るために用いる帯。 一幅(ひとはば)の布を適当の長さに切り、そのまましごいて用いる。 抱え帯。 また、花嫁衣装や女児の祝い着などに飾りとして結び下げる帯。

太棹 義太夫用の三味線の棹。普通のより太い

疑惧 疑懼 うたがいおそれること。
玉甲斐絹

夢寐 むび ねむること。ねむって夢を見るあいだ。

直瀉 ちょくしゃ 雨などがまっすぐに降りそそぐこと。

喧囂 けんごう 1 がやがやとやかましいこと。 また、そのさま。 喧喧囂囂。 2 がやがやとやかましくすること。囂一文字でかまびすしい。やかましい。さわがしい。ゴウ キョウ
駛走 しそう 速く走ること。疾走。
饅頭笠

※このリンク先をクリックしていただくと、どこかでこのいかにも機嫌の悪そうなおじさんの笑顔に出会うことが出来ます。


轅 かじ 馬車・牛車(ぎっしゃ)の前方に長く出た、平行な二本の棒。ながえ。
Labyrinth ラビリンス
渾然 こんぜん 別々のものが一つにとけあって、差別のないさま。混然。





【余談②】時には大胆に

オウム真理教の分派である「ケロヨンクラブ」の存在と、そのカルト教団が生きたままのミミズを食べるという常軌を逸した“修行”を行っていたことは先週日曜日のこのブログに書きました。主人公の前に「かえるくん」が突然現れ、東京に大地震を起こす「みみずくん」と戦うための助力を請うという筋立ては、ここから着想されたのではないか、と。それと同時に、この小説の中で注目されるのはジョゼフ・コンラッドへの言及です。「かえるくん」は自分の言葉の信憑性を主人公に印象づけるため、主人公の仕事の大きな障害となっていた反社会的勢力をひと晩のうちに黙らせてみせます。“どんな方法を使ったのか?”と問う主人公に「かえるくん」はこう答えます。

ちょっと脅したんです。ぼくが彼らに与えたのは精神的な恐怖です。ジョセフ・コンラッドが書いているように、真の恐怖とは人間が自らの想像力に対して抱く恐怖のことです。

コンラッドは19世紀末から20世紀初めにかけて数々の名作を発表したイギリスの小説家です。村上春樹がこの作家に強烈な興味を抱いているのは(おそらくは)周知の事実で、『羊をめぐる冒険』にもコンラッドの小説が登場します。そしてコンラッドの代表作である『闇の奥(Heart of Darkness)』を原作として、フランシス・フォード・コッポラがこの小説の舞台を現代のベトナム戦争の激戦地に置き換えて映画化したのが『地獄の黙示録』です。村上春樹は自身がこの『地獄の黙示録』という映画の大ファンであることも公言しています。そして『1Q84』において主人公の青豆がカルト教団「さきがけ」のリーダーを暗殺する場面は、『地獄の黙示録』で主人公のウィラードが、ジャングルの奥に自らの狂った王国を創り上げたカーツ大佐を暗殺する場面とそっくりです。そうそう、『1Q84』という小説のタイトルのモトとなったと言われている(私はそうは思ってはいませんが)『1984年』の作者であるジョージ・オーウェルはコンラッドを師として仰いでいたともいいます。『闇の奥』ではアフリカ奥地で現地の人々から神のように崇められていたクルツ(Kurtz)は最期に「The horror! The horror!」と叫びます。確か『地獄の黙示録』でもカーツ大佐は同じこの言葉をつぶやいていたと思います。つまり『かえるくん、東京を救う』と『1Q84』とはコンラッドという“恐怖”を描いた存在によって結び付けられているのです。

https://ameblo.jp/hoshitsuru/entry-12424725169.html?frm=theme

 またまた私がフォローしているブロガーさんの記事の引用です。私は作品の外側からいろんなものを持ってきて読み解くという作法を好みませんが、問題は頓珍漢なこじつけにならなければ良いわけで、ある程度大胆に読んでいくことも時には必要なんだとも思っています。なお『1Q84』というタイトルに関しては村上春樹さん自身が、インタビューで、

「最初は『1985』にするつもりでした。でも、執筆中に、オーウェル作品を映画化したマイケル・ラドフォード監督と話していて、英作家アンソニー・バージェスが『1985』という作品を書いていたのに気がついた。いろいろ考えた末に『1Q84』に変えて書き上げたあと、インターネットで調べたら、浅田彰さんがやはり同じ題で音楽カセット付きの本を出されていると分かりました。もうゲラ校正を進めている段階だったので、浅田さんにお知らせしました。という紆余曲折があるんです」

 …と語っていますね。一応。





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