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『彼岸過迄』を読む 25  市蔵を「兄さん」と呼ばせなかったのは誰か?

 思い出したからここでちょっと云うが、僕は生れてからの一人息子ではない。子供の時分に妙ちゃんという妹と毎日遊んだ事を覚えている。その妹は大きな模様のある被布を平生着て、人形のように髪を切り下げていた。そうして僕の事を常に市蔵ちゃん市蔵ちゃんと云って、兄さんとはけっして呼ばなかった。この妹は父の亡くなる何年前かに実扶的里亜で死んでしまった。その頃は血清注射がまだ発明されない時分だったので、治療も大変に困難だったのだろう。僕は固より実扶的里亜と云う名前さえ知らなかった。宅へ見舞に来た松本に、御前も実扶的里亜かと調戯われて、うんそうじゃないよ僕軍人だよと答えたのを今だに忘れずにいる。妹が死んでから当分はむずかしい父の顔がだいぶ優しく見えた。母に向って、まことに御前には気の毒な事をしたといった顔がことに穏かだったので、小供ながら、ついその時の言葉まで小さい胸に刻みつけておいた。しかし母がそれに対してどう答えたかは全く知らない。いくら思い出そうとしても思い出せないところをもって見ると、初めから覚えなかったのだろう。これほど鋭敏に父を観察する能力を、小供の時から持っていた僕が、母に対する注意に欠けていたのも不思議である。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 妹である筈の妙ちゃんが市蔵を兄さんとはけっして呼ばず「市蔵ちゃん」と呼ぶことは、物語の仕掛けとしては市蔵が小間使いの子であることの伏線ではあろうが、ここにはいい鮨屋の烏賊に細かく包丁が這入るようにいくつもの謎が仕掛けられている。

 例えば妙ちゃんに「兄さん」という言葉を教えなかったのは誰なのか?

 ここになんとか「悪い乳母」などを仮定してみても説明が出来ないものがある。人間が言葉をしゃべり始める時期には乳離れは済んでいる。では御弓の後任の小間使いが悪かったか、と考えて見てもやはり治まらない。子供の語彙を最初に支配するのは九官鳥でなければ大抵母親、あるいは育て親である。

 市蔵の父親が長期で育児休暇を取得したイクメンでない限り、妙ちゃんに「兄さん」という言葉をあえて教えなかったのは、市蔵の母であるとしか考えられないのだ。途中で呼び方が変わったのなら近所の誰かから妙な噂を吹き込まれた、というストーリーでも良さそうだが、兄さんとはけっして呼ばず「市蔵ちゃん」と呼ぶのだから、ここには誰かの明確な教育方針が見える。この「市蔵ちゃん」という呼び名を与えた者はどうしても市蔵の母である筈である。

 私は以前、この市蔵の母の奇妙なロジックに関してこんな記事を書いた。

 市蔵の母は誰からも疑われていない。松本恒三も微塵も疑わない。普通の読者からも、ただ(多少面倒くさいが)健気な母としかみられていないだろう。

 しかしここに少々普通でない読者が一人いる。

 その普通でないことは、

 これまでに散々示してきたとおりだ。

 彼らは血を分けて始めて成立する通俗な親子関係を軽蔑しても差支えないくらい、情愛の糸で離れられないように、自然からしっかり括りつけられている。どんな魔の振る斧の刃はでもこの糸を絶ち切る訳に行かないのだから、どんな秘密を打ち明けても怖がる必要はさらにないのである。それだのに姉は非常に恐れていた。市蔵も非常に恐れていた。姉は秘密を手に握ったまま、市蔵は秘密を手に握らせられるだろうと待ち受けたまま、二人して非常に恐れていた。僕はとうとう彼の恐れるものの正体を取り出して、彼の前に他意なく並べてやったのである。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 こうまで言われてしまうと、流石に市蔵の母親を悪く言うのは難しいように思えてくる。そうなると今度は、むしろ「市蔵ちゃん」が漱石のミスで、「市蔵ちゃん」という呼び名を与えた者は市蔵の母である筈がないとさえ思えてさえくる。ミスかなぁ……

 掘り下げるのは止めようか、と暫く考えると、やはりどうもミスというだけでは済まないことに気が付く。兎に角夏目漱石はこの「市蔵ちゃん」の下りで、明確にロジックを組み立てていることだけは間違いない。

 それは

①僕軍人だよ

②御前には気の毒な事をした

③母に対する注意に欠けていた

 ……という言葉に表れるロジックだ。

 まず①僕軍人だよは『停留所』の冒頭の、

 敬太郎に須永という友達があった。これは軍人の子でありながら軍人が大嫌いで、法律を修めながら役人にも会社員にもなる気のない、至って退嬰主義の男であった。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 という最初の設定について考えなさいという夏目漱石の指示が出されている部分だ。子供時分は自分は軍人の子で軍人になるつもりでいた市蔵にどのような心境の変化かあったのかと。これはなんとなくつい書いてしまっただけとは到底考えられない。明確に理屈を書こうとして書いている。

 そして②御前には気の毒な事をしたには二通りの意味が考えられる。「市蔵が死ねばよかった」「俺にはどちらでもよかった」……であろうか。つまり父親は妻が妙ちゃんを可愛がっていたことを十分に知っていたのだ。何を当たり前のことをと思われるだろうか。

 では③母に対する注意に欠けていたはどうだろう。市蔵の母親はどうやら市蔵よりも実の子である妙ちゃんを余計に可愛がり、そのことを市蔵の父親は知っていたからこそ②御前には気の毒な事をしただったのではなかろうか。

 その余計は「市蔵ちゃん」という呼び名の中に差別として現れ、市蔵の潜在意識に僻み根性を植え付けていくきっかけにもなった。妙ちゃんが消えた後、母親は市蔵に対する差別意識をこっそり消してしまえばよかった。余計は誰にも知られる筈もない。

 夏目漱石作品の本当の読者以外には。

 市蔵の母の奇妙なロジック、「血統上の考えから、身縁のものを僕の嫁にしたい」に現れる血縁に対する強いこだわりが自然に振り向けられれば、母親が市蔵よりも妙ちゃんを可愛がることは当然すぎる話だ。むしろそうでなければおかしい。よその女が生んだ子よりも自分が腹を痛めて産んだ子の方が可愛いに決まっている。それは良い悪いの話ですらない。

 いやむしろ妙ちゃんの死後、市蔵の母親は余計に市蔵を可愛がったのではなかろうか。夫の死後は更に、須永の血脈を継ぐものとして大事に育てられた筈である。それでもやはり市蔵の母親以外に「市蔵ちゃん」という呼び名を妙ちゃんに与えるものは考えられないのだ。ここには市蔵の母親のエゴではなく、母性の本質が隠されていた。

 しかし母がそれに対してどう答えたかは全く知らない。いくら思い出そうとしても思い出せないところをもって見ると、初めから覚えなかったのだろう。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 この時市蔵の母親が、市蔵の記憶に決して残らぬほどの、どんなに残酷な言葉を漏らしたかと責めることは誰にもできない。

 人間が自分よりも余計に他を知りたがる癖のあるものだとすれば、僕の父は母よりもよほど他人らしく僕に見えていたのかも分らない。それを逆に云うと、母は観察に価しないほど僕に親しかったのである。――とにかく妹は死んだ。それからの僕は父に対しても母に対しても一人息子であった。父が死んで以後の今の僕は母に対しての一人息子である。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 妹の死に対して悲しみの感情一つなく、「とにかく妹は死んだ」と言ってしまう市蔵も誰にも責められない。父の死後、市蔵は父の子ではなく母の子として生きて来た。市蔵は軍人と御弓の子である自分を捨て、継子との静かな暮らしを選んだ。そこには一対の親しい母子があるだけなのだ。


[余談]

 タナグラ

 ……をど忘れして、『それから』の中を探しまくった。忘れるのは普段使う言葉ではないからだ。

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 いや、芥川の『河童』に出て來るじゃないかと言われればその通り。森鴎外作品にも永井荷風作品にも出て來る。しかしそういうものに対する関心は全くないのでつい忘れてしまう。

 棚がぐらぐらして落ちて砕けるタナグラ人形

 この語呂合わせで覚えよう。いや、覚えてどうする?

 忘れても「ギリシア 出土 人形」で検索すれば出て來る。

 これで大丈夫だ。

 何が?


















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