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『彼岸過迄』を読む 4362 作中人物の設定⑤ 「飯焚」

飯焚 

 氏名、年齢、出身地他すべて不明。松本家の下女の一人と考えられる。

 咲子は立って廊下へ出たが、そこで振り回って、千代子を招いた。千代子が同じく立って廊下へ出ると、小さな声で、怖いからいっしょに便所はばかりへ行ってくれろと頼んだ。便所には電灯が点けてなかった。千代子は燐寸を擦って雪洞に灯を移して、咲子といっしょに廊下を曲った。帰りに下女部屋を覗いて見ると、飯焚が出入りの車夫と火鉢を挟んでひそひそ何か話していた。千代子にはそれが宵子の不幸を細かに語っているらしく思われた。ほかの下女は茶の間で来客の用意に盆を拭いたり茶碗を並べたりしていた。

(夏目漱石『彼岸過迄』)

  先日こんな記事を書いた。

 その中で「飯焚は下女部屋に引き下がっている」とある「飯焚」も作であろうと考えられる、と書いたが、よくよく読むとこれが怪しくなる。

 この「飯焚」が「作」であるとは必ずしも言い切れないのだ。つまり須永家には小間使いの作と仲働きと須永市蔵、須永市蔵の母の四人が暮らしていたという決めつけも怪しくなる。書かれていないもう一人の下女の存在が完全には否定できないのだ。

 松本家の「飯焚」は下女の一人であろう。それは「下女部屋を覗いて見ると、飯焚が出入りの車夫と火鉢を挟んでひそひそ何か話していた」ことから察せられる。下女部屋に車夫が上がり込むのもどうかと思うが、おそらくこの飯焚は婆さんだろう。問題は「飯焚≒下女」ではなく、少なくとも松本家においては「飯焚…下女の中でも特に飯焚に特化したスペシャリスト」なのではないかということだ。そうでなくては「ほかの下女は茶の間で来客の用意に盆を拭いたり茶碗を並べたりしていた」という状況に説明が付かない。ここは「下女の一人が出入りの車夫と火鉢を挟んでひそひそ何か話していた」とは書かれておらず、明確に飯焚を飯焚として、ほかの下女と区別している。そしてここで「もう一人の下女は茶の間で来客の用意に盆を拭いたり茶碗を並べたりしていた」と書かれていないことから、下女部屋には飯焚と車夫がいて、茶の間には複数の下女が存在したかのような印象になる。

 松本家に下女二人と飯焚がいたとなると、現在の感覚では如何にも多いように思われるが、

「ありゃ何だい」
婆さんさ。雇ったんだ。飯を食わなくっちゃならないから」
「御世辞が好いね」
 代助は赤い唇の両端を、少し弓なりに下の方へ彎げて蔑すむ様に笑った。
「今までこんな所へ奉公した事がないんだから仕方がない」
「君の家から誰か連れて来れば好いいのに。大勢いるだろう」
「みんな若いのばかりでね」と代助は真面目に答えた。平岡はこの時始めて声を出して笑った。
「若けりゃ猶結構じゃないか」
「とにかく家の奴は好くないよ」
「あの婆さんの外に誰かいるのかい」
書生が一人いる」

(夏目漱石『それから』)

 書生の門野は風呂を沸かす。婆さんは飯を炊く。どうも当時の生活では下働きの男手が必要だったようで、下女が大勢いることも珍しくなかったようだ。それだけ家事労働が大変だったということなのだろう。

 してみると「松本家には下女二人と飯焚がいた」という設定では何かもう一つ抜けている感じがある。もう一人男手があるか、あるいはこの飯焚が男であればバランスが取れる。

 飯焚宅兵衛、寺西閑心の道塲開き飯焚仁助の計略、飯焚親爺、飯焚の和次郎、番頭さんだと思つて居たのだが、後で聞けば飯焚だといふ……と国立国会図書館デジタルライブラリーで確認すると「飯焚」という言葉にはそもそも性別の色は着いていない。それが下女部屋と結びつけられてつい女と思いこんでしまう。これは漱石の仕掛けたミスディレクションなのではなかろうか。

 つまり「松本家には下女二人と飯焚親爺がいた」くらいで丁度よいのではなかろうか。しかしそうなると再び須永家の「飯焚」が怪しくなる。須永家には仲働きもいたのでとりあえず男では一つある。小間使いの「作」は市蔵が朝起きて來ると風呂場に洗面用具をそろえてくれる。

 翌日はいつも一人で寝ている時より一時間半も早く眼が覚さめた。すぐ起きて下へ降りると、銀杏返しの上へ白地の手拭いを被って、長火鉢の灰を篩っていた作が、おやもう御目覚めでと云いながら、すぐ顔を洗う道具を風呂場へ並べてくれた。

(夏目漱石『彼岸過迄』)

 それから飯の世話もしてくれた。

 下へ降りるや否や、いきなり風呂場へ行って、水をざあざあ頭へかけた。茶の間の時計を見ると、もう午過ぎなので、それを好い機会に、そこへ坐って飯を片づける事にした。給仕には例の通り作が出た。僕は二口三口無言で飯の塊を頬張ったが、突然彼女に、おい作僕の顔色はどうかあるかいと聞いた。作は吃驚した眼を大きくして、いいえと答えた。それで問答が切れると、今度は作の方がどうか遊ばしましたかと尋ねた。
「いいや、大してどうもしない」
「急に御暑うございますから」
 僕は黙って二杯の飯を食い終った。茶を注して飲みかけた時、僕はまた突然作に、鎌倉などへ行って混雑するより宅うちにいる方が静かで好いねと云った。作は、でもあちらの方が御涼しゅうございましょうと云った。

 この「給仕には例の通り作が出た」については「母がいないので、すべての世話は作という小間使がした」にかかり、母がいないのですべての家事労働は小間使いの作が行ったと昨日までの私は思いこんでいた。

 愚かだった。

 作は世話をしている。給仕をしている。

 しかし飯を炊いたとは書かれていないのだ。

 須永市蔵は松本恒三を貧乏とみなす。これがまた「貧乏な割にはと云っては失礼ですが、どこかに贅沢ぜいたくなところがある」とあるのでややこしい。しかし「松本家には下女二人と飯焚がいた」となれば須永家に小間使いと仲働きと「飯焚」(それが男であるか女であるかはどうでもよい。)がいても何ら不思議ではなく、必要性というよりはむしろ家の挌とか見栄の部分でバランスがとれないだろうか。

 何しろ作は「長火鉢の灰を篩っていた」のだ。忙しく朝飯の準備をしている気配はない。

・松本家の飯焚、須永家の飯焚とも性別は不明である。
・須永家の飯焚は「作」でない可能性もある。

 今日はなんとかここまで整理できた。これまで自分が読んだつもりになっていた『彼岸過迄』が別のものに見えてきた人は、本買ってね。

[余談]

 こんなものを144人が「見た」ことになっている。そのうち何人がプラトン的アリストテレスまで辿り着いたことだろう。いや谷崎潤一郎の『卍』は語り手の主観の中に全ての登場人物のふるまいがおしこめられているものかどうか、それがプラトン的アリストテレスなのかどうか、『藪の中』を書いた芥川は常に語り手を信じ切ってはいなかったのではないかと、とめどもなく考えていただけだ。
 考えることはたくさんある。どれも結論は出ない。
 フランス人宣教師がクリスマスをイエス・キリストの誕生日と誤解する……ノエルか……。

 井原西鶴作品のすべてが本人の作ではないとする説もあるし、ああややこしい。






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