見出し画像

『彼岸過迄』を読む 30 モラトリアム小説としての『彼岸過迄』

 これもよく読むと、という話なんですが、

 市蔵は軍人と御弓の子である自分を捨て、継子との静かな暮らしを選んだ。そこには一対の親しい母子があるだけなのだ。

 と書きました。しかし、厳密には御弓の子である自分は捨てていませんね。軍人の子としての自分を拒否しているようなところはありますが、御弓の子であるという紛れもない事実はきちんと事実として受け入れています。

「僕がこんなくだくだしい事を物珍らしそうに報道したら、叔父さんは物数奇だと云って定めし苦笑なさるでしょう。しかしこれは旅行の御蔭で僕が改良した証拠なのです。僕は自由な空気と共に往来する事を始めて覚えたのです。こんなつまらない話を一々書く面倒を厭わなくなったのも、つまりは考えずに観るからではないでしょうか。考えずに観るのが、今の僕には一番薬だと思います。わずかの旅行で、僕の神経だか性癖だかが直ったと云ったら、直り方があまり安っぽくって恥ずかしいくらいです。が、僕は今より十層倍も安っぽく母が僕を生んでくれた事を切望して已まないのです。白帆が雲のごとく簇がって淡路島の前を通ります。反対の側の松山の上に人丸の社があるそうです。人丸という人はよく知りませんが、閑があったらついでだから行って見ようと思います」(夏目漱石『彼岸過迄』)

 この「母」は紛れもなく御弓のことですよね。産みの母と育ての母の二人の母の存在を受け入れています。そしてわずかな旅行で神経だか性癖だかを直したと書いています。本当かどうかは解りませんが、色々と吹っ切れた感じはします。しかしまだ何者かになったわけではありませんね。須永市蔵は成長したかと言えば、そりゃ少しは成長したんでしょうが、いわばまだ休憩中です。

 あちこち奔走した結果、コネで職を得た田川敬太郎を含め、高等遊民松本恒三も須永市蔵もこの『彼岸過迄』の中ではまだ何者にもなれていません。良くも悪くもモラトリアム期にあると言って良いでしょう。「近代的自我」が大好きな近代文学1.0の人たちなら、この停滞感こそを否定的に論うかもしれません。ところがそもそも法学士においては、「何だ銀行へ這入って算盤なんかパチパチ云わすなんて馬鹿があるもんか」という意識がないわけでもない問題はずっと続いてきたわけです。停滞感を論ってしまえば、今度は院生がみんな駄目ということになりかねませんが、院生だろうが高等遊民であろうがやっていること、できていることはそんなに変わらないと思うのです。

 もともと田川敬太郎には「新嘉坡の護謨林栽培などは学生のうちすでに目論で見た事がある」という過去があるわけです。それを算盤が合わないから諦め、半ばは生活の爲、半ばは郷里への見栄の爲に職は得たけれど……何か物足らないわけです。

 松本恒三を三四郎に引き合わせたら、何と酷評するでしょうか。「大きな未来を控えている自分からみると、なんだかくだらなく感ぜられる。男はもう四十過ぎだろう。これよりさきもう発展しそうにもない。子供ばかり作って、世間に出る努力をしない。高等遊民などと気取っていても昼行燈だ」とやっつけられるのではないでしょうか。

 松本恒三が師匠だから、弟子の須永市蔵にもそんな未来が待っているかもしれません。ただ先に進まないだけの人生。これは「すりつぶされるだけのサラリーマン」や灰色の化け物も同じですよね。学のあるなし、教育のあるなしに関わらず、新嘉坡の護謨林栽培で成功する人などほんの一握りで、残りは基本的にモラトリアム、精々宝くじを買って幸運が舞い込むことを待っているくらいで、ただ日常を食いつぶしている訳です。

 何とか生きている。それだけです。「考えずに観るのが、今の僕には一番薬だ」と須永は書いています。テレビとインターネットとゲームと漫画を生きるよすがとして日々過ごしている人はかなり多いんじゃないかと思います。その人たちはまさに「考えずに観る」態度を選んでいる訳です。

 このnoteの記事にもかなりスパイシーなことが書かれているにも関わらず、殆ど反応がないのはみな実は読んでいるのではなく、PVという文字通り「考えずに観」ているからなのではないでしょうか。

 この『彼岸過迄』はそうした人たちに救済を与えていますね。ただどこか悲しい救済です。「考えずに観る」ことで救われたところがただモラトリアムに落ち着くだけなら、何かもっと浪漫的な選択があり得そうですけど、とにもかくにも夏目漱石という作家はそういう作品を描いたの……でしょうか?

そうして、大きな空を仰いで、彼の前に突如としてやんだように見えるこの劇が、これから先どう永久に流転して行くだろうかを考えた。(夏目漱石『彼岸過迄』)

 この結びは例えば庄司薫の『ぼくの大好きな青髭』の、

「うん、とにかくぼくはさ……、」と言いかけてぼくはすぐ口を噤んだ。ぼくの胸の中にはさまざまな思いが洪水のように溢れていたけれど、ぼくにはたった今のぼくが、何かとてつもなく素朴で馬鹿げた夢のような言葉を口走りそうなそんな気がしたからだった。そしてぼくは、そんな思いを吹きとばそうとでもいうかのようにまた空を仰ぎ、ぼくを見つめ続ける巨大な顔を右手でなぞるようにしてやけになったように荒っぽく言った。「この青髭を好きになるなんておれに出来ると思うかい?」                             すると彼女は小さな声で、あなたなら出来るわよ、とまるでぼくを甘やかすように囁いたかと思うと、続けて急に大きな声で、それにしても帽子と蝉取り網はどうしちゃったの、と言ったものだった。(庄司薫『ぼくの大好きな青髭』中央公論社、昭和五十二年)

 この作品をなんとなく思い出させる。いや、この世に溢れるありとあらゆる青春小説は、まだ何者でもない若者のモラトリアムを捉えてきたと言って良いだろう。

 ここで薫君が呑み込んだ「何かとてつもなく素朴で馬鹿げた夢のような言葉」はさして隠されてもいない。この時代の若者が真剣に考えていたことは「どうすればみんながしあわせになれるのだろうか?」ということだった。そんな馬鹿げた夢の手前では誰でもがモラトリアムになるしかなかった。その現実は今でもそうだろう。

 三四郎は大きな可能性を持っている。しかしまだ何者でもない。法科ではなく文科を選んだことで、既に困難に向かっている。

 可能性が若者をモラトリアムにするのだ。

 ただ夏目漱石はもう「お爺ちゃん」なのでそこまで蒼い論理には浸ることが出来ない。「何だ銀行へ這入って算盤なんかパチパチ云わすなんて馬鹿があるもんか」と威張る松本恒三と「官吏から実業界へ這入って、今では四つか五つの会社に関係を有っている相当な位地の人」である田口要作の比較の中で、須永市蔵を松本に引き寄せ、田川敬太郎を田口に引き寄せ、「これから先どう永久に流転して行くだろうか」と終わりがないことを示している。

 そう死んだら終わりではないのだ。

 現在の日本では中村是公よりも夏目漱石の方が有名だが、後百年経てば事情は変わるかもしれない。そういう意味では松本恒三もまだ可能性を残しており、十分モラトリアム足りうるのだ。

 生きている限り誰でもモラトリアムになれる。灰色の化け物に漱石はそう教えたかったのではなかろうか。


[余談]

「かくしてカフェー女給の賣笑現象は、論理の必然である。三而してカフエーに於ける燒餅とは何ぞ。」(『カフェー文化の諸現象』円谷弘 著社会学徒社 1928年)なんて話もあるから、五十代の人と二十代の人の言語感覚に開きがあるのは当然。ちなみに明治期アイスコーヒーは氷コーヒーとも呼ばれていたが、ホットコーヒーという呼び名は見当たらない。

 しかしカフェはコーヒーを出す店という認識は変わらないみたい。












いいなと思ったら応援しよう!