りょうくん、いつもの?
プロローグ
娘娘は昼しか営業していなかった。
営業時間は十一時から十四時半頃まで。
週六日営業だった。
それなのに私は週七回通ったことがある。
もちろん昼と夜ではない。
十一時に食べた。
そして十四時にまた食べた。
今なら絶対にやらない。
だが当時は高校生だった。
十一時にスタミナラーメンを食べた。
家に帰った。
すると友達から電話が来た。
「娘娘行こうよ」
「さっき行った」
「いいから行こうよ」
意味がわからないと思う。
私もそう思う。
それでも行った。
十四時だった。
高校生の胃袋と友人関係は、ときどき営業時間を超えてくる。
娘娘は与野にある小さな店だ。
町中華と言われると少し違う。
ラーメン屋と言われても違う気がする。
二十五年以上通っている今でも、私は何屋なのか説明できない。
店の前には怖そうな車が停まっていた。
店の中には怖そうな先輩たちがいた。
高校生だった私は、一人では入れなかった。
厨房にはにゃんおじがいた。
にゃんおじは料理を作りながら、たまに服を燃やしていた。
最初はジリジリだ。
煙が出る。
たまに普通に燃えている。
客が気づく。
「燃えてる」
「燃えてるね」
それで終わりだった。
にゃんおじも慌てない。
客も慌てない。
娘娘だからである。
私はこの店に二十五年以上通っている。
だが、にゃんおじとも、にゃんおばとも、ほとんど話したことがない。
それでも通っている。
なぜ通うのかと聞かれると困る。
スタカレーのためなのか。
冷やスタのためなのか。
たぶん違う。
その答えを探そうと思ったのが、この話を書こうと思った理由だった。
第1章 いつもの?
若い頃の私は、「常連」という言葉に憧れていた。
テレビドラマや漫画に出てくる。
店に入る。
何も言わない。
店主が言う。
「いつもの?」
客はうなずく。
それだけだ。
でも格好よかった。
大人に見えた。
高校生だった私には、それが少し特別なものに思えた。
だから娘娘へ通った。
もちろん最初から常連だったわけではない。
ただの高校生だった。
冷やスタを食べる。
スタカレーを食べる。
帰る。
それだけだった。
当時の娘娘は今よりずっと安かった。
スタカレーは二百七十円くらいだったと思う。
今の感覚なら驚くかもしれない。
だが当時の私には十分高かった。
財布の中身を確認しながら店へ向かった。
それでも通った。
うまかったからだ。
そして高校生だったからだ。
高校生はよく食べる。
私もそうだった。
冷やスタ大盛り。
スタカレー大盛り。
二つ頼むのも珍しくなかった。
今なら無理だ。
胃袋が先に帰りたがる。
だが当時は違った。
食べても食べても腹が減った。
娘娘へ通う理由も、たぶん単純だった。
うまかった。
安かった。
友達がいた。
先輩もいた。
それで十分だった。
何度も通ううちに、にゃんおばが顔を覚えた。
ある日。
店に入る。
席に座る。
すると先に声が飛んできた。
「りょうくん、いつもの?」
うれしかった。
かなりうれしかった。
ついに来た。
テレビの中のやつだ。
私の人生にも来た。
“いつもの?”
である。
常連になった気がした。
大人になった気がした。
少し誇らしかった。
だから私はうなずいた。
冷やスタとスタカレー。
いつものだった。
問題はその後だった。
いつものには欠点がある。
自由がなくなる。
今日は焼きそばの気分だ。
今日はスタミナラーメンかもしれない。
でも、
「りょうくん、いつもの?」
と聞かれる。
冷やスタとスタカレーである。
私は自分で作ったキャラクターに縛られていた。
常連になりたかった。
なれた。
でも少し不自由になった。
今思えば笑ってしまう。
高校生の悩みとしては、かなり平和だ。
それでも当時の私は真剣だった。
そしてある日、卒業した。
「りょうくん、いつもの?」
そう聞かれても、
「冷やスタとスタカレー」
と答えるようになった。
わざわざ言う。
今思うと意味がわからない。
だが十代なんて、だいたいそういうものだ。
格好つけたいのである。
娘娘は変わらなかった。
冷やスタも変わらなかった。
スタカレーも変わらなかった。
変わっていたのは私の方だった。
第2章 先輩たちの店
娘娘は私の店ではなかった。
先輩たちの店だった。
存在は知っていた。
与野で育てば知らない方がおかしい。
だが、行こうとは思わなかった。
怖かったからだ。
店の前には怖そうな車が停まっていた。
車種は覚えていない。
ただ怖そうだったことだけは覚えている。
店の中にも怖そうな先輩たちがいた。
私より少し年上。
それだけなのに大人に見えた。
高校生だった私には十分だった。
一人で入る勇気はなかった。
だから最初は先輩に連れて行かれた。
その方が安心だった。
今思えば何を怖がっていたのかわからない。
だが当時は本当に怖かった。
娘娘へ向かう途中で店の前を確認する。
見たことのない車が何台か停まっている。
今日はやめよう。
そう思って通り過ぎる。
そんなこともあった。
今なら笑う。
でも当時は本気だった。
高校生にとって二キロは遠い。
知らない大人も怖い。
先輩はもっと怖い。
娘娘はそんな場所だった。
だが、一度通い始めると変わる。
今度は友達が誘ってくる。
「娘娘行こうよ」
それが日常になる。
昼しか営業していない店なのに、一日に二回行ったこともある。
十一時にスタミナラーメンを食べた。
家に帰った。
しばらくして電話が鳴る。
「娘娘行こうよ」
「さっき行った」
「いいから行こうよ」
意味がわからない。
だが行った。
十四時だった。
今考えても意味がわからない。
だが当時は意味なんて必要なかった。
友達が行くなら行く。
それだけだった。
若かったのである。
よく勘違いされるが、私は大食いではない。
高校生だっただけだ。
娘娘では二品頼む人も多かった。
冷やスタ大盛り。
スタカレー大盛り。
友達も先輩もそんな感じだった。
一つの量はそこまで多くない。
だから二つ頼む。
それが普通だった。
今なら財布より胃袋が止める。
当時は胃袋が財布を無視していた。
先輩が会計を払ってくれることもあった。
私は気づいていない。
食べ終わる。
会計へ行く。
すると、
「○○君が払っといたよ」
と、にゃんおばが言う。
慌てて外へ出る。
先輩を追いかける。
礼を言う。
そんな時代だった。
金はなかった。
でも時間はあった。
娘娘には先輩がいた。
友達がいた。
怖そうな人たちもいた。
そして私もいた。
今思う。
あの頃の私は、娘娘へ行っていたのではない。
先輩や友達に会いに行っていたのかもしれない。
ただ、その集合場所が娘娘だった。
第3章 会話のない常連
私は娘娘に二十五年以上通っている。
改めて数字にすると少し驚く。
高校生の頃からだから、人生の半分以上だ。
それだけ通っていると言うと、よく勘違いされる。
にゃんおじや、にゃんおばと仲が良いのだろうと思われる。
だが違う。
ほとんど話したことがない。
本当に話していない。
店に入る。
注文する。
食べる。
帰る。
それだけだった。
娘娘はそういう店だった。
水はセルフ。
食べ終わった皿は自分で棚へ上げる。
会計になると、
「ちょうどある?」
と聞かれる。
あれば置いて帰る。
なければ待つ。
それで終わりだ。
だから会話する理由がない。
私だけではない。
周りの客もそうだった。
食べたら帰る。
長居しない。
昼営業しかしていない店なのに行列ができる理由の一つかもしれない。
それでも私は店のことをよく知っている。
にゃんおじの顔を知っている。
にゃんおばの顔を知っている。
ラジオの音を知っている。
店の匂いも知っている。
正直に言う。
きれいな匂いではない。
油と煙草と何十年分かの昼営業が混ざった匂いだった。
でも娘娘の匂いだった。
店では独特なことが普通に起きる。
冷やスタはメニューに載っていない。
でもみんな頼む。
メニューに書いてあるのに、やっていない料理もある。
金曜日に行ったら休み。
そんなこともある。
理由は知らない。
聞いたこともない。
娘娘だからである。
にゃんおじは料理を作りながら、たまに服を燃やしていた。
最初はジリジリだ。
煙が出る。
そのうち普通に燃えている。
客が気づく。
「燃えてる」
「燃えてるね」
それで終わりだ。
誰も慌てない。
にゃんおじも慌てない。
客も慌てない。
娘娘だからである。
今思うと意味がわからない。
ある日、友達が会計を忘れて帰ったことがあった。
わざとではない。
本当に忘れていた。
私たちも気づかなかった。
娘娘側も気づかなかった。
全員気づかないまま店を出た。
後日ちゃんと払ったらしい。
普通なら笑えない話だ。
だが娘娘だと少し笑ってしまう。
そんな店だった。
少し前。
久しぶりに贅沢をした。
冷やスタとスタカレー。
高校生の頃みたいに二品頼んだ。
少しうれしかった。
ところが出てきたのはスタカレーとスタミナラーメンだった。
一瞬固まった。
冷やスタではない。
どう見てもスタミナラーメンである。
がっかりした。
普通なら言う。
でも言わなかった。
娘娘だからである。
便利な言葉だと思う。
そして少し危険な言葉でもある。
店の欠点も。
店の魅力も。
全部その一言で説明できてしまうのだから。
私は二十五年以上通っている。
それでも、にゃんおじやにゃんおばとほとんど話したことがない。
不思議な関係だと思う。
友達ではない。
親戚でもない。
近所付き合いでもない。
でも他人とも少し違う。
私は今でも娘娘へ行く。
会話はほとんどない。
それでも行く。
なぜ行くのかは、まだうまく説明できない。
第4章 娘の焼きそば
娘が初めて娘娘へ行ったのは三歳くらいだったと思う。
食べたのは焼きそばだった。
それ以来、娘にとって娘娘は焼きそばの店になった。
私にとってはスタカレーや冷やスタの店だ。
同じ店なのに少し違う。
それが面白かった。
娘が小さい頃は、子ども用の箸を持参していた。
一度忘れたことがある。
途中で気づいた。
わざわざ家まで取りに戻った。
今思うと意味がわからない。
だが当時は真剣だった。
親とはそういうものなのだと思う。
娘娘には家族連れも来る。
だが、いわゆる子ども向けの店ではない。
私は小皿を頼んでいる家族を見たことがある。
「すみません。子ども用の小皿ありますか?」
すると、にゃんおばは言った。
「そういうのやってない」
一言だった。
終わりだった。
私は横でスタカレーを食べながら、
相変わらずだなと思った。
愛想が悪いというわけではない。
愛想を売る気がないのである。
それが娘娘だった。
だから驚いた。
娘が幼稚園に通っていた頃だったと思う。
にゃんおじの故郷が青森だという話になった。
すると、にゃんおばが娘にりんごジュースをくれた。
私は少し固まった。
にゃんおばだからである。
小皿は断る。
でもりんごジュースはくれる。
娘娘だからである。
便利な言葉だと思う。
娘は後日、お礼の手紙を書いた。
それを娘娘へ持って行った。
にゃんおばが受け取った。
それ以上は知らない。
飾ったのかもしれない。
どこかにしまったのかもしれない。
捨てたのかもしれない。
聞いたことはない。
聞くつもりもない。
でも勝手に思っている。
たぶん捨てていない。
根拠はない。
ただ、そんな気がしている。
運動会の後に娘娘へ行ったこともある。
妻と娘と私。
三人で焼きそばを食べた。
ふと思った。
高校生の頃、私は一人で娘娘へ入れなかった。
怖かったからだ。
店の前の車も。
先輩たちも。
全部怖かった。
その店で今は娘が焼きそばを食べている。
人生は不思議だと思う。
あの頃の私は想像もしなかっただろう。
娘と一緒に娘娘へ来る未来なんて。
もっと言えば、
娘が娘娘へ行きたいと言う未来なんて。
私はスタカレーを食べる。
娘は焼きそばを食べる。
同じ店だ。
でも見ている景色は少し違う。
それでいいと思う。
私の娘娘と、
娘の娘娘は違うのだから。
第5章 永遠ではなかった
高校生の頃、娘娘がなくなるとは思っていなかった。
考えたこともなかった。
店というものは、そこにあるものだと思っていた。
明日もある。
来週もある。
来年もある。
それが当たり前だった。
娘娘もそうだった。
だが最近は少し違う。
にゃんおじが倒れた。
しかも一度ではない。
二度だった。
そのたびに閉店の話が出た。
常連たちはざわついた。
私もその一人だった。
正直かなり焦った。
娘娘がなくなる。
そんなことを初めて考えた。
にゃんおばも店に出なくなった。
体調を崩したらしい。
詳しいことは知らない。
聞いたこともない。
そもそも私は二十五年以上通っているのに、店の人とほとんど話したことがない。
だから何も知らない。
ただ、いないことだけはわかる。
以前は当たり前のようにいた人がいない。
それだけで店の景色は変わる。
不思議なものだ。
店は変わらないように見える。
ラジオは流れている。
スタカレーもある。
冷やスタもある。
でも少しずつ変わっている。
値段も変わった。
昔二百七十円くらいだったスタカレーは、今ではずいぶん高くなった。
ただ、それは仕方がないと思う。
娘娘だけではない。
マクドナルドも上がった。
吉野家も上がった。
世の中全体が変わった。
だから値上げには驚かない。
驚いたのは自分の方だった。
昔は金がなかった。
二品頼むのも少し考えた。
財布の中を確認した。
先輩にごちそうになった。
今は違う。
冷やスタも。
スタカレーも。
両方頼める。
実際に頼んだ。
だが昔ほど食べられない。
胃袋が先に降参する。
高校生には勝てなかった。
店の中を見渡す。
昔からいるおじさんがいる。
最近来るようになった人もいる。
テレビを見て来た人もいる。
YouTubeを見て来た人もいる。
客は入れ替わる。
でも娘娘は続いている。
私はずっと続くと思っていた。
だが違った。
永遠だと思っていたのは店ではない。
高校生だった頃の自分の感覚だった。
店も年を取る。
人も年を取る。
私も年を取る。
そんな当たり前のことを、四十歳になってようやく理解した。
後継者がいるのかは知らない。
これからどうなるのかも知らない。
ただ一つだけわかる。
娘娘がなくなったら困る。
理由は説明できない。
スタカレーのためではない。
冷やスタのためでもない。
もっと別の何かだ。
その正体はまだわからない。
でも、なくなってから考えるには遅い気がした。
だから私は、この話を書いている。
第6章 スタカレー換算
私は今、ホテルで働いている。
一泊二十万円から始まるホテルだ。
朝食も一万円前後する。
高校生だった頃の私が見たら驚くだろう。
たぶん最初に考えるのは、
「スタカレー何杯分だ?」
である。
当時二百七十円くらいだったから三十杯を超える。
高校生の私なら、
「そんな朝食あるわけねーだろ」
と言ったと思う。
だが実際にある。
しかも毎日売れている。
世の中は広い。
そう思う。
だが不思議なことがある。
休みの日になると、私は娘娘へ行く。
水はセルフだ。
食べ終わった皿は自分で棚へ上げる。
会計になると、
「ちょうどある?」
と聞かれる。
冷やスタはメニューに載っていない。
注文と違う料理が出てくることもある。
金曜日は突然休む。
たまに服が燃えている。
本当に燃えている。
それでも行く。
我ながら意味がわからない。
私はホテルの朝食も好きだ。
娘娘も好きだ。
どちらが上かと聞かれると困る。
比べるものではないからだ。
高校生の頃。
私の世界は娘娘くらいの大きさだった。
スタカレー二百七十円。
冷やスタ。
怖い先輩。
自転車。
財布の中の小銭。
それが世界だった。
今は少し違う。
東京で働いている。
一泊二十万円の部屋も見る。
朝食一万円の世界も見る。
だが結局、物差しは変わっていない。
私は今でも金額を見ると換算する。
牛丼ではない。
スタカレーである。
それが一番わかりやすいからだ。
スタカレー何杯分か。
高校生の頃の私は、今も頭のどこかに残っている。
値段だけではない。
店もそうだ。
娘娘よりきれいな店はいくらでもある。
娘娘より接客が良い店もいくらでもある。
娘娘よりメニューが多い店もいくらでもある。
それでも私は娘娘へ行く。
二十五年以上通って、ようやく一つだけわかったことがある。
私は娘娘を評価しているのではない。
娘娘と一緒に年を取っているのだ。
高校生だった私。
先輩たち。
友達。
妻。
娘。
にゃんおじ。
にゃんおば。
みんな少しずつ変わった。
娘娘も変わった。
私も変わった。
だが、変わりながら続いてきた。
たぶん、それが大事なのだと思う。
だから休みの日になると娘娘へ向かう。
スタカレーのためなのか。
冷やスタのためなのか。
それは今でもわからない。
ただ、店が営業しているのを見ると少し安心する。
最近は、それだけで十分な気がしている。
最終章 いつもの?
先日、娘娘へ行った。
冷やスタとスタカレーを頼んだ。
昔なら当たり前だった。
今は少し贅沢だ。
食べ終わる。
皿を棚へ上げる。
会計へ向かう。
昔から変わらない流れだった。
変わったのは私の方だ。
高校生だった私は自転車で娘娘へ向かった。
今は車で行く。
当時は財布の中身を気にしていた。
今はそこまで気にしない。
当時は先輩にごちそうになった。
今は自分で払う。
当時は一日に二回行った。
十一時と十四時だ。
今考えても意味がわからない。
だが当時はそれが普通だった。
変わったことはいくらでもある。
なくなったものもある。
会わなくなった人もいる。
聞かなくなった言葉もある。
食べられなくなった量もある。
気づけば四十歳になっていた。
それでも娘娘へ行く。
なぜなのか。
最後までうまく説明できなかった。
スタカレーが好きだから。
冷やスタが好きだから。
もちろんそれもある。
だが、それだけなら二十五年以上も通わない。
娘娘へ行くと、高校生だった頃の自分に会える気がする。
怖かった先輩。
友達。
自転車。
財布の中の小銭。
冷やスタ。
スタカレー。
全部遠くなった。
でも消えてはいない。
店の中のどこかに残っている。
帰ろうとして、ふと思う。
もう何年も聞いていない。
あの言葉を。
「りょうくん、いつもの?」
あの頃の私は、その一言がうれしかった。
常連になれた気がした。
大人になれた気がした。
今ならわかる。
大人になったのではない。
ただ年を取っただけなのかもしれない。
娘娘の前に立つと、今でも少しだけ高校生に戻る。
店を出る。
振り返る。
娘娘は変わらずそこにあった。
明日も営業するだろう。
来週も。
たぶん来月も。
その先はわからない。
だからまた行こうと思う。
今あるものは、いつまでもあるわけじゃない。
それを知る年齢になった。
だからまた行こうと思う。
冷やスタか。
スタカレーか。
それとも別のものか。
今度は自分で決める。
昔みたいに、
「いつもの?」
と聞かれることは、もうないのだから。
