タイムリーパーお母さん(未来から過去に行きがち)
現在に腰を据えるっていうのは、案外難しい。タイムリーパーでもあるまいし、だいたい過去と未来を行ったり来たりする。
母「サッポロ一番 塩ラーメンには卵だよね~♪♪」
子ども「たまご割ってみたい」
母「いいけど、もう始めちゃったから、今すぐ入れないと」
子ども「手を洗うね」
母「え、まだ?もう割ってくれない?」
(コロナ禍育ちの子ども、手をせっけんでよくよく洗う)

母「・・・(早くしてくれないかな)」
子ども「(コンコン)」
母「こっちでやって、こっち。鍋に入れるんだよ」
子ども「(コンコン)」
母「もー早くしてよ。もっと強く。(ガンガン)」

(ぐちゃー)
子ども「べとべと。たまごどこ(に置く)?」
母「あーそこおかない、あーたれちゃう、あーラーメンのびちゃう」
子ども「・・・(手を洗いながら無言)」
子ども「うまくできなかった」
(母、ラーメン食べながら反省)

母「卵ちょうどよく混ざってて美味しいよ!箸で混ぜると細かくなり過ぎちゃうけど、手でつぶしてくれたおかげで、卵のかたちが残ってて美味しいよ。ありがとう。また今度やってね」
子ども「うん!わたしやっぱり天才かも!」
上の子が卵アレルギーなので、うちの冷蔵庫には卵がない。
この日はアレルギー克服用の卵づくりで3ヵ月ぶりに卵があった。
下の子は卵が生卵の状態であるのが珍しく、まして割ったこともないので、やりたくなったんだ。
気持ちは分かるけど、わたしの心は過去と未来だけを行ったり来たり。
早く割って入れてくれないとラーメンがのびそう。たまごアレルギーがいるから台所にこぼされると後片付けが大変そう【未来】
やったことがないから【過去】もし飛び散ったらあとで面倒だ。しかも片付けることになったらラーメンのびる【未来】
イライラするぐらいなら子どもが可哀想だから良いよって言わなきゃ良かった【過去】
初めてチャレンジする子どもの現在を見ることなく。
穂村弘さんの『はじめての短歌』を思い出しました。
「生きる」と「生きのびる」。
「生きのびる」ためには、お金を稼いでご飯を食べて寝て、とても明確。
「生きる」は非効率。無意味。お金にならない。「生きる」ことは、はっきりと分からない。
「生きのびる」ために「生きる」わけじゃないけど、「生きのび」ないと「生きる」ことはできない。2つの世界を同時に生きている。
「生きのびる」方の世界のぼくたちが、全員で合意して世界をかなりそっちにもっていった。でも自分の心の中にいる「生きる」方のじぶんが苦しくなってきた。逆転に適応しきれないんだね。
何で急いでいるのか、何で焦っているのか、何を心配しているのか、そうしているうちに現在の位置が分からなくなる。
そんなときは、「生きのび」すぎないように「生きよう」と深呼吸することにしています。
反省したら即行動。今日もまた、子どものご機嫌を取りに行く。
※余談:
ChatGPT4にヘッダー画像を作ってもらいました。
わたし「生命力を感じる風景(朝日・草木・広がる空など)で、写真ではなく、ゴッホの絵みたいなイメージで画像をお願いします。」

わたし「完全にゴッホですね、、、著作権大丈夫ですか?じゃあこのゴッホを少しかわいらしくしてください」
GPT4:確かに、ゴッホの作風に寄せすぎると著作権的に微妙なラインになりえますね。💦 では、ゴッホ風の力強いタッチは残しつつ、もっと柔らかくて可愛らしい雰囲気に調整してみます!少し明るめの色彩や、ふんわりとした優しい印象に仕上げますね。🎨✨

