気がついたら10年も介護士やってた

久々にここ(note)に投稿。
昨年くらいにボス(上司)から「10年たったね」と言われて驚いてしまった。そうか、10年介護士やったのか。変な感慨。
そういえば、私の職場は障がい者支援施設である。介護士で検索すれば出てくるのは高齢者関係のサービス関連、施設の話が圧倒的だ。障がい者支援施設関連の話はさほど出ない。出ても障がい児が多い気がする。
表に出してはいけない暗黙のルールがあるのかもしれない(私は知らないけど)
こんな奴でも暢気に10年やれてるんだから、やっぱり誰でもできる仕事じゃないかと絶対言われそうだが――ぶっちゃければ、できる。何なら未経験でも採用される。多分50代くらいまでなら(場所によってはそれ以上の年齢でも)採用されるはず。理由は勿論「人手が圧倒的に足りないから」

誰でもできるが3ヶ月、半年、1年の壁を越えられるかはまた別の話だけれど。介護に限らないけれど、どうしても向き不向きがある。おまけに相手は人なので。昨日大丈夫だった声かけが次の日は駄目、何なら怒られるなんて日常茶飯事。山のお天気よりも変化しやすいご機嫌を伺いつつ支援をする。支援だけしていればいいかと思えば、行事計画や書類作成、家族への連絡など実は事務仕事もしなくてはいけなかったりする。保育士さんがイメージ的に近いだろうか(実は保育士の資格と介護福祉士の資格は頑張れば同時取得できるのである)(一部カリキュラムが被っていたりするため)


自分の老後が心配

閑話休題。
万年人手不足、減ることはあっても増えることはない介護士人口の話を聞いて「そりゃそうだろうな」と思いつつ、未来の自分の老後を心配してきている本日である。老後の自分の世話をしてくれる人が残っているのかしらと不安しかない。何が何でも健康でいるしかない。
「介護士なんて必要無い。あんな非生産的な仕事、底辺だ」という意見を先日うっかり見てしまって悲鳴を上げてしまった。自分の仕事が貶められたからではない。純粋な、恐怖からである。
だって、明日も無事に健康で過ごせるなんて保証、何処にあるのか。
明日、何かの事故に巻き込まれて命は取り留めたけど半身不随になってしまったら? 病院は治療する場所だから長々とは入院できない。家族がいなかったり、いても介護なんてとても難しい状態だったら?
そこで介護士がいなかったら野放しですけど、いいのか。
必要じゃ無い仕事だったらこのご時世、とっくに無くなってるのよと言いたかったけど臆病ものの私は言い切れなくてここに書き込んでうっぷん晴らしをしている(これをチキンという)
別に尊敬しろとは言わないし、こっちは仕事として選んで10年もだらだら働いてきているから偉いとも思ってないけども。必要無いは無いだろと怒りよりも悲しみがわいた。世間様がそういう意見ならそりゃあ、国のお偉いさん方は余計そう思うよなとがっくりきてしまう。給与明細を眺めてため息しかでない。税金で低い給料が更に低くなって目眩がする。不景気と税金が憎い。

機械化は進むけど支援は人力

私の勤めている施設は老朽化を理由に建て直しをして、IT活用だとPHSだっったのがスマホ、廊下等にカメラの設置などがされた。見守りや職員が手薄だった時の利用者さんの転倒時の原因解明に役に立ってはいるけれど支援自体は人力(それはそう)
オムツ交換はまあ、いいけどさ。移乗介助や体位の調整がそりゃもう辛い。腰痛はお友達(いらない)
個人的には食事介助も苦手なので極力したくない。それでも食事介助の難易度が低いと思われている現状に不満しかない。だって誤嚥したら肺炎になるんですよ? 何が楽なんだよ。咽せられると不安でしかないよ。ゆっくり顔色見ながら様子うかがいながらするのが理想だけど施設はタイムスケジュール決まってる。うちだけなのかな。さっさと仕事終らせる人が偉いみたいなムーブ、嫌いなんだけど。食事介助とか雑にやったら一番いけないと思うんだけど。
オムツは漏れても(確かに利用者さんは不快だろうし、いやだろうけれども)死には繋がらないじゃないですか。10年やってると何度かお見送りした利用者さんもいるから余計に思う。命って何だろうなって思ってしまうことが何度もある。スプーン一さじの重みを感じてしまうのは私がまだ未熟だからだろうか。

今後のこと

介護の仕事は嫌いじゃないし、むしろ自分みたいな「誰かの役に立ってる自分」が好きな人間には天職だとは思ってはいる。ただ、国は将来的に介護士が減ってもどうでもいいと思っている感じがひしひしと(何なら施設がなくなってもいいとすら思っているのでは)感じてしまって恐ろしい。報酬改訂の話を聞く度に頭が痛い。永遠にヒラ社員でいい。ヒラでいいけど将来の安心が欲しい。難しいか。

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