【感想】広重─摺の極─展 @あべのハルカス美術館:前編
私が浮世絵師の中で一番すきな広重。彼の作品のみにフィーチャーした特別展が、あべのハルカス美術館で開催されているので行ってきました。(会期は9月1日(日)まで)
本展の概要は以下にあるように、‘広重作品の総覧’という、広重ファンにはたまらない展示になっております。
広重は、北斎とともに浮世絵版画の世界に風景画と花鳥画のジャンルを確立したことで高い評価を得ています。国民的な浮世絵師ともいえる知名度と人気を誇る広重ですが、大規模かつ総合的な展覧会は近年開催されていません。そこで、初期から晩年までの画業を総覧し、広重作品のすばらしさを再確認していただくとともに、あまり知られていない魅力的な作品を紹介し、広重のトータルなイメージを再構築いたします。
実は前後期で大幅な展示替えがあったのですが、残念ながら前期に訪問できず……。後期展示のみになりますが、気になった作品かつネット上に画像があったものを中心に、感想を綴りたいと思います。
なお、広重が好きすぎて長くなってしまったので、前後編に分けました。前編は第1章~第4章、後編は第5章~第8章の作品紹介です。
※作品画像は、wikipediaのパブリックドメイン以外はリンク貼付しています。問題があった場合はご報告ください。
※引用に「図録」とあるものは公式図録です。詳細は最後に載せています。
▶オープニング
まず展示されていたのが三代豊国画の『広重の死絵』です。広重の顔といえば基本的にこの絵が採用されているので、「ウワッ教科書の絵じゃん!」というのが第一の感想でした。

この絵には、広重の辞世の句が書き込まれています。
「東路へ 筆をのこして 旅のそら 西のみ国の 名どころを見む」
東路(江戸)に筆を残して死出の旅に行くことになった、これから西方浄土の名所を見るというのに(それを描けないのが残念だ)
ざっくり現代語訳すると↑のようになるかと思われます。絵師としての気概を、一生涯持ち続けていたことがひしひしと伝わってきます。
では、そんな広重の作品を追っていきましょう!
▶第1章 雌伏の時代
文政期(1818-1830)頃の作品です。この頃はおなじみの風景画ではなく、「美人画や合巻の挿絵、武者絵・役者絵や時事主題の作品、そして摺物など」(図録、27頁)が制作されていたそうで、役者絵や美人画が中心です。
まず私の印象に残ったのは、『見立座敷狂言』という作品。
広重の描く人物の表情が私はとっっても好きなんですよ。一人ひとり判を押したように同じ顔なんてことは一切なく、生き生きとした感情が表れている。そこに、各人の物語があることを感じられるのが好きなんですね。
だからこれだけたくさん人物がいると、それぞれの人物の物語を想像するのが楽しくてしょうがないです。
また、長押の部分に描かれた模様がとてもキュートでにやけてしまいました。前掲の画像が粗くて分かりにくいのですが、千鳥に顔が描きこまれていて可愛いんです。(つぼつぼも可愛いモチーフですけれども!)
襖や障子、着物などに描かれた様々な柄模様も魅力的です。これだけカラフルだと、摺師も大変だったでしょうね。
『南天竺斑足太子 金毛九尾白面ノ狐』という武者絵もありまして、私は広重に武者絵のイメージがなかったので、こちらも印象に残りました。
(ネット上で画像が見つからず掲載断念)
正確な遠近法で描かれてはいないので、だまし絵みたいな奇妙さはあるものの、マンガのような集中線が効果的に使われていて迫力があります。
ただ、広重本人も恐らく認識していたとは思いますが、武者絵はやっぱり国芳に軍配が上がるように思いました。
▶第2章 名所絵開眼
天保前期(1830-44年)の名所絵が中心に展示されています。皆さまおなじみの東海道五十三次もこのゾーンにありました。
この展覧会の良かった点でもあるのですが、初期の風景画から徐々に私たちがよく知るシリーズへと進化していく様子を追うことができるんですね!
まずは『御殿山之花盛』から。
画面の上下に見える点々の「砂子模様」を摺りこんだ、砂子摺「江戸名所」と呼ばれるシリーズの一作。
人の表情ははっきりしませんが、なんだか楽しそうにしている姿に和みます。
次に、『葉ごしの月』。
誰しもが認めるであろう広重の強みに、構図の巧みさがあると私は思っていまして、この作品の構図は特にステキだなぁと見惚れました。
月が紅葉の後ろにあることで、一層明るく見える気がするのは気のせいでしょうか。はらはらと滝に向かって落ちていく葉っぱにも情趣を感じます。
続いて、東海道五十三次シリーズから『東海道五拾三次之内 吉原 左富士』。
東海道五十三次は広重関連の展覧会の定番ですし、これまでに何度も見てきたのですが、それでもやっぱり見入ってしまうんですよね。
なかでもこの絵は、馬に乗る男の子の表情が後ろ姿なのに見えるといいますか。正面向きでなくとも人物の表情を描けてしまう広重の画力の高さに、つい感嘆のため息が出てしまいます。なにより左頬の絶妙なプクッと加減がたまらん!
なお、江戸から伊勢へ向かう道では通常右手に見える富士山が、珍しく左手に見える珍しいスポットが吉原を出たあたりなんだそうです。
近江八景シリーズからは、『近江八景之内 唐崎夜雨』。
広重が雨を表現した作品はいくつかありますが、唐崎の松を透けさせるようにして雨の線を摺り出しているこちらの作品も秀逸だと思いました。
図録に、「視点を低く取り、墨の濃淡だけで唐崎の一つ松を描くという全く前例のない作品に仕上げ、集中最も評価が高い」(図録、103頁)とあるのも納得です。
また、同じく近江八景シリーズに『近江八景之内 比良暮雪』という作品がありまして、摺りの違う2作が展示されていました。
(↓のものは、展示品とはこれまた摺りが異なりますが…)
リンクを貼った画像は、白抜きで大きな山が描かれていますが、この白抜きの山がないバージョンもあったんです。山の有無のほか、空の色や画面手前の雪原の色も異なっていて、摺りの違いで印象が大きく変わることを、摺りの違う2作を見比べながら実感できました。
以前記事にもした「モネ 連作の情景」展では、同じモチーフを時刻や季節を変えて描いた作品が並んでいて、それらの違いを楽しむ体験をしました。一方で浮世絵の場合は、下絵は同じだけれど、摺りの違いで別作品のように印象が変わる楽しみがあるんですよね。
モネの連作とは性質が違っても、同じ題材の絵が複数存在することのおもしろさを、ここでも感じられました。
さて、私が関西在住だからか、浪花を描いた作品には目が留まります。
まず一つ目が『浪花名所図会 堂じま米あきない』です。
堂島米会所前で取引していた人たちの様子が生き生きと描かれ、絵の中からうるさい関西弁が聞こえてきそうなくらいでした。
中央部で水を撒いている人たちは、取引終了後もここに居残る人たちを追い払う役人なんだとか。全員が帰るまでえらい時間がかかりそうですわ・・・。
次に『浪花名所図会 雑喉場魚市の図』。
こちらも元気な声が聞こえてきそうな一枚。画面左で魚がポーンと宙を飛んでいるのも、その隣でタコらしきものを掲げる元気なお兄さんの表情も、画面右の方で座ってなにかをムシャムシャ食べている様子も……よくこんなにリアルなワンシーンを切り取ったなと感心してしまいます。
人間観察の目が優れていないと絶対に描けない情景ですよね。
▶第3章 名所絵の円熟
天保中後期(1830-44年)の名所絵ということで、『東海道五十三次』シリーズに続く、『木曽海道六十九次』やこれに前後する『本朝名所』、『江戸近郊八景』、『東都八景』などのシリーズが並びます。
さすがの広重も、これらの刊行後数年はマンネリに悩んだとか。これだけ多岐にわたる風景画を描き続けてきたら、そりゃあマンネリにもなるだろうなと納得してしまうくらいに、このゾーンも名作ぞろいでした。
では、木曽海道六十九次シリーズからいくつか。まずは、『木曽海道六拾九次之内 軽井沢』です。

左手の木を見ると、煙がかかる部分が緑色に明るく摺られています。また、馬に乗った旅人に目を移すと、彼を照らす提灯の明りと、彼の背中部分に影が落ちていることに気づきます。このような陰影の表現は、摺りの見せ所ですね!
『木曽海道六拾九次之内 下諏訪』

旅籠屋でのワンシーン。もくもくとご飯をかき込んでいる旅人たちの様子も微笑ましいけれど、画面左の湯につかっている男性が良い味を出していて好きです。(ぜひリンク先で拡大してみてください。)
こちらのブログにあるとおり、食事シーンだからなのか「一粒斎」(本来は一立斎)という号になっているのも面白いです。
『木曽海道六拾九次之内 本山』

画面を斜めに横断する一本の木。それと交差する焚火の煙。そんな大胆な構図は、葛飾北斎の『富嶽三十六景 遠江山中』を意識しているという意見があるそうです。(図録、137頁)
それにしても、道の脇で休憩する二人組のおっちゃんたち2人の姿は絶妙ですし、よく見ると地面に松の葉と松ぼっくりが転がっているのもかわいらしいです。そういう細かいこだわりを施して、広重風に再構成している点はさすがの一言。
ちなみに北斎の絵はこちら↓

▶第4章 竪型名所絵の時代
弘化から没年(1844-58)年の名所絵のゾーンです。
図録によれば、「弘化・嘉永期に入ると、自身の絵に新味がなくなり、自己模倣に陥っていることに密かに危機感を抱いていたのではないかと想像される。」(図録、175頁)ということで、そんな葛藤と、その結果としての「新境を見せた構図も見出せるようになる」(同、175頁)という、広重の集大成を味わえる章でした。
まずは名所江戸百景シリーズから、『名所江戸百景 真乳山』。

広重の風景画で、これほど大きく人物が描かれているものはそう多くないと思うんです。(違っていたらすみません。)その珍しさに加え、描かれた女性のきりっとした表情と姿勢の良さからくる凛とした雰囲気。左端に見切れている提灯もあいまって、強く印象に残るんです。
図録を読んで気づきましたが、水面に星々が映り込んでいるんですね。実際のところ水面にどのくらいくっきりと星が映るのかは分かりませんが、このくらい映っている方が風情がありますし、昔は現代と違って、さぞキレイに星が見えたのだろうと思うと、あながち嘘じゃなかったりするのかな。
『名所江戸百景 日本橋江戸ばし』

これも大胆な構図の一枚です。橋の上を棒手振りの魚屋さんが歩いていることが、右下にチラッと見える魚から分かります。
ちなみに図録の解説によると、画面奥に見えるのが江戸橋で、この魚屋さんが渡っている日本橋から見ると東の方角にあるため、東の空が赤い朝焼けの景色であることが分かるそうです。
さらに、当時の魚河岸は日本橋の北側東西にあったため、この魚屋さんが画面の左(北)→右(南)に向かって歩いていることも読み取れるそう。(図録、192頁)
こんなふうに絵画を読み解けたら楽しいだろうなぁと思わされた作品でもありました。
『名所江戸百景 亀戸天神境内』

このシリーズ内で、私が特に好きなもののうちの1つです。手前の藤が華やかに画面を彩りながら縦断し、太鼓橋のアーチとその下で藤見物の人たちが水平方向に描かれて、藤とクロスしている構図が美しいです。
この頃の広重の風景画にいくつか見られますが、画面手前に大きく物を配置して、グッと奥行きをもたせる描き方が私は好きです。
それを真似して風景写真を撮ろうと試みては失敗を繰り返しておりまして、その度に広重のデフォルメや画面の切り取り方・描き方がいかに巧みかを思い知らされています。
『名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣』

以前の展覧会で出会ってから好きになった一作。
格子越しの富士山と空を飛ぶ鳥を遠くに見て、酉の町詣の人々を眺める猫ちゃん。この部屋は吉原の遊女のお部屋で、左下のかんざしは客からの土産物らしい。それに背を向ける達観したような横顔の猫ちゃんに心惹かれてしまって、ついピンズを買ってしまいました。

つい名所江戸百景ばかりの紹介となってしまいましたが、『木曽路之山川』という作品もステキでした。
こちらは三枚揃の絵画で、横幅はおよそ1メートルになる大きめの作品です。それだけの大画面のほとんどを白色が占めているのに、全くのっぺりしていないんですね。
図録の言葉を拝借すると、「人物は点景のみとし、雪山の量塊感と自然の雄大さを強調している。立体感を際立たせている奥行きの表現は見事といえるだろう」(図録、218頁)。一言一句同意です。圧巻でした。
前編は以上です!これだけでもかなりボリューミーになってしまいました。ここまでお付き合いくださってありがとうございます。
後編はこれまで見てきた風景画から離れ、花鳥画や美人画、戯画、肉筆画など、多彩な絵画作品の展示となっていました。
広重の作品に少しでもご興味を持っていただけた方は、ぜひ後編もお読みくださるとうれしいです。広重の絵画の虜になること間違いなしです!
後編はこちら↓
◇広重 ─摺の極─展 HP
◆参考サイト
歌川広重 | 歴史人物学習館 (rekijin.net)
30 信濃国 「下諏訪」: 浮世絵に聞く! (cocolog-nifty.com)
◆公式図録
『あべのハルカス美術館開館10周年記念 広重 ─摺の極─』あべのハルカス美術館ほか、2024年
