見出し画像

子どもの夢を、親の夢にしてしまった日

「おかあ。オレ、将来サッカー選手になる。
おかあのこと、イタリアに連れていってあげるからね」

小学2年生の長男にそう言われた日、私は胸がいっぱいになった。

うれしくて、まぶしくて、まぶたまで、じんわりして。
そしてたぶん、かなり舞い上がった。

子どもの夢を応援しているつもりだった。
けれど今思えば、私は、その夢を自分の期待に変えてしまっていた。

子育てをしていて、いっちばん知りたかったのは、
「この子の将来は、どうなるのかな」ということ。

「この子は、将来、警察官になりますよ」とわかっていれば、柔道を習わせる。

「学校の先生になりますよ」というのなら……、う〜ん、その場合は、どうしたらいいんだろう。

ともかく、将来像の見えないまま、人をひとり育てていくというのは、それはそれは大変だ。
すべてが、手探りだから。

学校の先生や、まわりの人たちは、まるでお天気の話でもするように、子どもたちに尋ねる。

「将来は、どんな人になりたいの?」

そんなとき、母は、耳の穴をかっぽじるようにして、聞き耳を立てたものです。

その点、サッカー選手という夢は、母にもわかりやすかった。

そうなのね。
いつか、セリエAに行くほどの名選手になるのね。
それにはまず、Jリーグに入って、日本代表にならなくちゃ。
大丈夫。
まだ小学2年生だもの。
今から努力すれば、きっと、なれる。
お母さんがしっかりサポートしてあげる。

——母の脳内のスイッチが、カチャリと入った。
入って、しまったのです。

その日から、私は「スパルタ母ちゃん」になりました。



子どもの夢を、親の期待に変えてしまった


小学校の部活の試合のあと。

「ねぇ、おかあ。今日のオレのプレー、なかなかよかっただろ?」
「あそこはよかったけれど、シュート3本も外したよね。
お昼を食べたら、外で練習するよ!」

また別の日。

「今日は、試合にあんまり出られなかった」
と悔しそうな顔の長男に
「試合に出たければ、誰よりも練習しないと。
ほら、帰る前に100本、シュート練するよ。
監督が見てる。アピール、アピール!」

……サイアクだ。
今でも、思い出すと胸の奥が、キュウッとなる。
よかれと思っていた。
子どもの可能性を伸ばしてあげたいと思っていた。
でも、ずいぶん、力みすぎていた。

子どものサッカーの場には、こんなママがたくさんいた。
わが子のため。
応援しているだけ。
可能性を伸ばしてあげたいだけ。

私もそうだった。
子どもの夢は親の期待にすり替わりやすい。
親が気づかないままに……。

長男は結局、受験勉強を理由に、中学2年生の冬にサッカーをやめた。

もっと褒めてあげればよかった。
もっと楽しく盛り上げてあげればよかった。

そう反省しても、あとの祭り。
今でもあのときの自分を思い出すと、私は前を向けなくなる。



子どもの夢は、知っている世界から生まれてくる


その息子が、このたび、大学院生になりました。
悩み多き年頃だが、サッカーそのものは、ちゃんと、好きなまま彼の心に残ってる。
今は、Jリーグのあるチームを応援している。
あのときの私のように、かなり熱心なサポーターだ。

ある日、大人になった彼に尋ねてみた。
「どうして、小さいときの夢はサッカー選手だったの?」
「知っている職業が、警察官と大工とサッカー選手だけだったから」

そうか。
そうだったのか。
幼い子は、自分の知っている職業の中から夢を見る。

あの頃の母は、そんなこともわかっていなかった。

「ねぇねぇ、いつかイタリアに連れていってくれる、っていったのは覚えてる?」
「もちろん! お金を稼いで、いつかイタリア旅行に連れていくよ」

……夢がまた広がっちゃうなぁ。


いいなと思ったら応援しよう!