第5話|グミジャンプ丘の甘き誘惑~前半~
マシュマロ神殿を後にした四人は、一度シュクルタウンへと戻った。
しかし、謎が解決したわけではない。深まる疑問を抱えたまま、一行はシュクルタウンから更にビッグチョコマウンテン方面にある、チョコレート工場へと向かって歩みを進めていた。
その途中に広がる――「グミジャンプ丘」。
足元が、ふわりと沈む。
踏み込むたびに、やさしく跳ね返ってくる感触。
カラフルなグミが幾層にも重なり合い、丘そのものが“弾む大地”になっている。
本来なら――ぴょん、と跳ねるたびに、ぱちん、とグミが弾けるような軽快な音が響き、子どもたちの笑い声が丘いっぱいに広がる場所。
――なのに。
今日は、やけに静かだ。
音が、遅れている。
跳ねたはずの感触に対して、楽しげな音だけが――返ってこない。
「……あれ?」
きゃるるが足をもう一度、軽く踏み込む。
やわらかい。
でも。
「なんか…おかしいぷる?」
ぷるんが、不安そうに周囲を見渡す。
「ねぇ、さっきから音、少ないよね?」
さくるは目を細める。
風の流れ。地面の反発。匂い。
ひとつひとつを、確かめるように。
「……静かすぎる」
その時、風が吹きました。
さらり、と。
白い粉が、舞い上がる。
最初は、ただの粉末のように見えた。
光を受けて、きらきらと反射している。
――綺麗だ。
そう思った瞬間、ふわ、と甘い香りが広がる。
きゃるるの鼻先を、やさしく撫でる。
「え!?……あまい……」
どこか懐かしい匂い。
子供のころ。何も考えずに笑っていた時間。誰かに守られていた記憶。
理由のわからない愛おしさに、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
めるるが、ふわりと浮かびながら目を細めました。
「……甘い、ですわねぇ……🍒…これは!?おまちくだ……」
言い切る前に。
空気が、ほどけた。
境界が、あいまいになる。
輪郭が、溶ける。
――四人の視界が、一瞬でほどけ去っていった。
🍬きゃるるの精神世界
ふわり、と。
きゃるるの足の感触が消える。
代わりに、やわらかい光が広がっていく。
目を開けた先にあったのは――やさしい色で満ちた世界。
誰も泣いていない。
転んでも、痛くない。
ぶつかっても、怒らない。
みんなが、笑っている。
「……すごいわ」
誰も泣かない。
誰も怒らない。
誰も傷つかない。
転んでも笑ってる。
ケンカなんて、最初から存在しない。
「……これなら」
胸が、ぽかぽか温かい。
守れなかった後悔も。
泣きそうになった夜も。
全部、最初からなかったことになる。
「……もう、頑張らなくてもいいんだ」
その言葉は、誰かに言わされたわけじゃない。
自然と、自分の心からこぼれてきた。
振り返る。
誰も否定しない。
誰も困らない。
ただ、うなずいてくれる世界。
「ねぇ……」
小さく、笑う。
「これでよくない?傷つくことで強くなるなんて、きっとただの言い訳だよ」
一歩、前に出る。ふわっ、と足元が光る。
「ずっと、このままでいられるなら――」
言葉が、自然に出る。
迷いもなく。
疑いもなく。
「このままで、いいじゃん」
■ぷるんの精神世界
ぷるんは、座り込んだ。
ぽすん、と。
そのまま、静かな湖に身を預ける。
冷たくない。
怖くない。
ただ、どこまでもやさしい。
「……ここなら……」
小さく、息を吐く。
「何もしなければ……失敗しない……ぷる」
ぽつり。
その言葉が、波ひとつない水面に溶けていった。
「もう、失敗を恐れて震える必要なんて、どこにもないぷる。
誰かを守れなくて、冷や汗を流すこともない……。
――こんなにも穏やかでいられるなんて。
守るものも、約束も、最初からいらなかったぷる。」
そこには、誰もいない。
守るべき相手も、いない。
それでも。
「……いいかも……ぷる」
そう思ってしまうくらいに、ここは、楽だった。
「……間違ってない、ぷる……?」
ふと胸の奥をよぎった、小さな小さな、違和感。
いつも無鉄砲に突っ走る、あの赤い光が頭をよぎった気がして――。
――でも。
返事は、ない。
世界はどこまでも優しく、どこまでも静かでした。
「うん。これでいい…ぷる。これが、僕の求めていた答えなんだ…ぷる…」
🍪さくるの精神世界
さくるは、一歩、歩いた。
靴音が、ぴたりと世界のリズムに合う。
――ズレない。
「すごい。何かを言う前に、世界がすべてを最も美しい形で揃えてくれる」
視線を動かす。
どこを見ても、問題などひとつもない。
判断に迷う余地すらなく、ただ最適解だけが目の前に整然と並んでいる。
「これなら間違えることもない。必死に導き出した答えより、ここに並ぶ最適解の方がずっと完璧だ。あらかじめ用意された正解のレールを歩くことこそが、一番賢い生き方なんだ」
選ばなくていい。
悩まなくていい。
「これが……」
目を細めた。
少しだけ、重い息を吐き出す。
「……正解か」
その瞬間、どこかで、確かな手応えとともに、何かが消えた気がした。
必死に考える必要。
苦しんで迷う時間。
そして――。
――“自分で決める理由”。
声が、重なる。
やわらかく。
包み込むように。
逃げ道を用意するように。
???
「ほら……」
白い影が、ゆっくりと形を取る。
輪郭は曖昧。
でも、確かに“そこにいる”。
彼女は優しく、微笑んだ。
「頑張らなくていいのよ。あなたたちはもう、十分に傷ついて、十分に迷ってきたのでしょう?」
その声は、甘い。
優しい。
否定しない。
責めない。
「苦しい思いなんて、しなくていいのよ」
影が、そっと手を差し出す。
触れたら、きっと二度と戻れなくなると本能でわかっているのに――。
今の彼らには、それを拒む理由が、どうしても見つからない。
「ここにいれば――」
一歩、近づく。
世界が、さらにやわらかく変質していく。
👑シュガーモスクイーン
「ずっと、優しいまま。傷つくことも、間違えることも、ただの苦痛にすぎないわ。さあ、このシュガーモスクイーンの精神世界の中で全て忘れて眠りなさい」
その言葉が、あまりにも正しくて。
あまりにも、楽で。
――だからこそ。
溶けかけた意識の底で、ほんのわずかに。
“何かが足りない気がした”。
──その時。
ガァンッ!!!!!!
現実が、叩き割られる音。
空気が、激しく震えた。
甘く、やわらかかった世界に――突如として“硬い音”が混ざり込む。
視界が、みるみるうちにひび割れる。
白く溶けていた景色に、容赦のない黒い亀裂が走る。
遠くから、怒鳴り声が聞こえてきた。
???
「寝てんじゃねぇ!!」
もう一発。
ガァンッ!!!!
衝撃が、心臓の奥深くまで響き渡る。
ピンクの粉が舞い散り、甘い香りが無惨に乱れていく。
「目を覚ませっていってんだろっ!!」
その声は、荒くて。
うるさくて。
乱暴で。
――でも。
どこまでも、“現実”の響きを持っていた。
ーつづくー
