夏の新潟ひとり旅(車いす、旅に出る その1)
今年の夏旅は列車にしようと思う。列車は冷房が効いているので、避暑には最高だからだ。ネットで調べていたら、日本海の絶景を眺めながら日本酒を楽しめる列車があるらしい。それは是非とも行かねばならぬ。
日本酒を楽しめる列車旅
JR東日本が行っている「越乃Shu*Kura」という、お酒がコンセプトの列車だ。上越妙高駅を基点に十日町、越後湯沢、新潟の各駅へ向かう。どこへ向かうか迷ったが、できるだけのんびりと列車に揺られたいなと考えて、最も運行時間の長い新潟行きにした。
この区間の列車は「柳都Shu*Kura」と別名が付けられており、今後この記事ではこの名前を使うことにする。
さて、柳都Shu*Kuraは出発が朝10時だ。この時間に家から出発して間に合わせるにはよほど早起きしなければならず、しかも乗り継ぎがあって余裕はない。ここはあわてずに準備ができるよう、駅前のホテルに前乗りすることにした。

当日、朝から夏の日差しが強い。9時半頃には上越妙高駅に到着した。ここはJRと私鉄が通っているのだが、JRは新幹線のみ停車して在来線がない。それならこちらだろうと、私鉄の「えちごトキめき鉄道」の改札に赴いた。この私鉄は新幹線が開通するときに在来線を3セクに移行したもののようだ。
私の名前を告げると、JRから連絡がきているようで、駅員さんが笑顔で「私がご案内します。それまで構内でお待ちください」と言った。
私は脳出血の後遺症から右麻痺と失語症になった障害者だ。家の中などの移動は歩くが、出かけるときはほとんど車いすのWHILLを使う。列車の乗り降りには車いす用のスロープが欠かせないので、切符の購入時にあらかじめお願いしていた。この旅の間、私が移動するだけで何人の方にお世話になっただろう。頭が下がる。
出発を待つ

構内に入りホームへ下りるが、乗客は私一人だけでひっそりと静まり返っていた。気動車は入線していたが、エンジンを落としているのか。ホームまで蝉の声がうるさいほど聞こえてくる。
出発時間が近づくにつれて徐々に人が集まり、賑やかになってきた。今日は平日だったが、どうやら人気の列車らしい。いよいよエンジンを掛けて、列車も準備完了だ。駅員さんと待ち合わせたのは予約した3号車だ。出入り口にスロープを掛けてもらうと、すっと乗り込んだ。
車内では女性の客室乗務員さんが、笑顔で迎えてくれた。WHILLを止めておくスペースまで先導してもらい、そこからすぐの座席に一人で移った。私の足取りを見て、気を付ければ車内の移動はできそうだと感じてもらえただろうか。

席に腰を落ち着けたらホッとした。まずは車内を見渡す。車掌室の近くは4人掛けの座席だが、私の周囲は1~2人掛けの席で、進行方向左向きに並んでいる。こちらの車窓がオススメなのか。窓は大きく、風景に期待が持てそうだ。
私の席は右側だ。左側の席が予約されていたという理由だったが、幸いなことに右側の座席は、中央のテーブルが跳ね上がって片麻痺でも余裕をもって出入りができる。これは左側の固定されたテーブルだと無理ではないか。なかなか幸先がいい。
食事とお酒を楽しむ
ホームでベルが鳴り、ゆっくりと列車が動き出す。先ほどの乗務員さんが挨拶に回ってきた。どうやら3号車専用の方らしい。「手を上げたら参りますので、なんでも遠慮なくお呼びください」との事だ。
移動も手伝ってくれるのだろう。私だけで移動するのなら心もとないが、これなら安心だ。隣の2号車がイベントスペースになっていて、お土産も売っているらしいので興味を持っていた。あとで落ち着いたら頼もう。

列車は街を抜けて快調に走ってゆく。さっそく食事だ。ウェルカムドリンクから配られた。フルーティーな軽いお酒だ。日本酒を柑橘系のソーダで割ったような。一瞬で気持ちが浮き立つ。

食事が来た。とはいっても午前中なので軽めだ。小鉢にいろいろ詰まっていて楽しい。そして日本酒だ。「つなん」というお酒の純米大吟醸をお猪口一杯に注ぎ、しかもお猪口の入った桝にまで注いでくれる。酒呑みの常識だが、ここでもやってくれるか。感嘆の声が出た。女性は笑顔だ。
そのお猪口とは別に、「越乃Shu*Kura」のロゴの入った小瓶が置いてある。ブランドは不覚にも分からないが、「山廃純米吟醸」と書いてあるのでそれだけでもおいしそうだ。これも呑んでみたかったが、後でのお楽しみにとっておこう。
さて、どれから食べようか。彩りがきれいで迷ってしまう。美味しいお酒を呑みながら食事を楽しんだ。

日本海の絶景が輝く
ふと見上げると、窓の外には海が。いつの間にか日本海まで来た。大きな窓いっぱいに広がる。空は快晴で夏の海も青く、日差しがキラキラと輝いているようだ。圧倒されて、しばらく手を止めて車窓を見入ってしまった。
すると列車が減速を始めた。車掌のアナウンスでは、次の駅に停車するとの事だ。

ここ青海川駅は、日本海にいちばん近い駅らしく、この列車の停車時間も長いため、ホームに出て写真を楽しむ人も多いようだ。私も行きたかったが、少々酔っているので自制した。それでも窓に仕切られた海は絵画のようで美しく、ホームで楽しむ人を見ることも嬉しいものだ。
やがて停車時間も終わり、また列車は走り出した。食事も済み、ゆったりとした時間が流れる。
乗務員さんがやってきて、「利き酒チケット」を使ってはどうかと提案してくれた。このチケットはツアーに含まれるもので、2号車のサービスカウンターで好きなお酒1杯と交換できる。必ず使おうとチケットを凝視していたが、次の停車駅まで待とうかと思っていた。それでも「肩を貸しますから」と言ってもらったので、それでは行ってみるかと、お言葉に甘えて借りることにした。
乗務員さんは意外と背が高く、肩もがっしりしていた。多少揺れたが、おかげで安心して歩けた。2号車に着くと、その手前側にカウンターが据えられていて、ずらっとお酒の瓶が並んでいる。他にもおつまみやお土産などがある。気持ちが浮き立つようだ。
チケットを取り出してカウンターに渡すと、利き酒のメニューを見せてもらった。ほとんど知らないお酒だったが、名前に山や魚の名称が使われているものが多く、それが新潟の豊かな自然を思わせた。
私は麒麟山を頼んだ。それからお土産も購入。本来はそこで海を眺めながらお酒を楽しむのが定番かもしれないが、揺れる車内で立ったまま呑むのは至難の業だ。女性も承知していて、代わりにグラスを持って一緒に席まで戻った。ここでゆっくり呑もう。辛口で、スッキリとした呑み口。旅が楽しくなる。

二組の夫婦
車窓は変わって、金色の稲穂が広がる。新米の季節が近いことを実感する。新潟は言うまでもなく米所だが、どこまでも広がる田んぼの大きさがすごい。きっと関東平野の次に広いのはここだろう、と思うほどの雄大さに圧倒された。今も米の問題は色々あるが、新潟の農家さんには頑張って欲しい。
ぼんやりと車窓を眺めていたが、ふと前の座席の初老の夫婦に目が行った。始めから仲良くしゃべっていたが、酔っているのか先ほどよりも二人の距離が近い。顔は見えないが、楽しく話をしているのだろう。うらやましくも微笑ましい。こんな年の取り方が出来たらな。

その隣には別の夫婦がいる。初老というよりはやや若いこの二人は、距離を取って座っている。男性は頬杖をついて窓の外をじっと見ており、女性はうつむいている。すきま風が吹いているようだが、長い間このままだった。何があったのだろう。心配だ。
夫婦二組の姿を見くらべて、自分の人生を考えた。楽しく充実した日々もあれば、病院のベッドに横たわって何もできないと嘆いた日々もあった。
今は障害者になって、突きつけられる現実に毎日ブルーになるが、それも見方で変わるのだろう。こうやって旅に出られて、目に入らなかったものも見るようになったし、感じ方も変わったのだから。そのようなことをつらつらと考えていた。
新潟に到着
「振舞い酒です。どうぞ召し上がってください」と言いながら乗務員さんが1人1人グラスにお酒を注いでいる。おや、聞いていないぞ。嬉しいサプライズだ。どこまで呑ませるつもりか、柳都Shu*Kura。
4人席からは歓声が上がる。かなり出来上がってきたようだ。グループで楽しんでいたのだろう。
自分の番が来た。酒がグラスを満たしていくのが嬉しい。遠慮なくいただきます。こちらも辛口だ。ほのかに甘みを感じられて、好きな味。銘柄は何というのだろう。「かたふね」というが、これも知らなかった。

柳都Shu*Kuraは始めて出会う日本酒ばかりで、とても楽しい時間を過ごした。しかし、名残惜しいがもうすぐ到着だ。車内では皆帰り支度を始めた。
私も片づけを始めたが、乗務員さんがやってきて「ご利用になったコースターやお品書きなどをお土産にしてください」と、小さな手提げ袋に入れてくれた。これはありがたいと、お礼を言って受け取った。開けて見ると、メッセージカードが入っている。とても丁寧な文字で、きちんとパウチもされていた。これは捨てられないな。嬉しい気持ちになって、鞄に入れた。
新潟に着いた。WHILLに乗ってスロープを降りる直前、「また来てくださいね!」という声に振り返ると、女性が笑顔で手を振っていた。(続く)

