【随筆】名画の見方
佐賀にいる。まいとし秋は、農福連携技術支援者育成研修の講師として各都道府県にお邪魔しているのだけれども、ことしは佐賀からであった。佐賀県庁の粋なはからいで、こちらもまいとし旅館あけぼのにお世話になっている。佐賀市の老舗旅館で、館内の絵や書が慥かなのに、宿泊費が安く、朝食も素朴で美味しい。そのようなわけで、ノウフクの仕事以外は極力、館内で執筆をしている。
現在は三冊目の著書も執筆している最中で、その合間に館内にある蔵書を眺めていると、『禅茶巡礼』なる一冊が目にとまった。ちなみに去年は梧竹の書とであった場所でもある。『禅茶巡礼』は或る僧が諸外国を巡礼したときの随筆で、比較的はじめのほうにカンボジアが載っていたから、斜め読みをした。まだカンボジアに「クメールの微笑」なるものがあった時代が書かれており、こちらを安堵させるものがある。
ところで、佐賀では現在、売茶翁と若冲展がひらかれている。売茶翁はご存じない方もおいでるかもしれないが、「売茶翁なくして、若冲なし」と云われている老人である。もともと僧であったが、煎茶を売っては、禅を説く人生を貫かれた。或る僧がそれは俗的ではないかと売茶翁に尋ねたという逸話が残っているのだけれども、その返しも見事であった。
若冲に関しては、やはり庭に鶏を飼って、その動きを視ていただけあって、墨画をはじめとして神の領域まで到達している作品が多い。私は別に評論家ではないけれども、ひとに名作と云われるものの見方を尋ねられることがある。これは読者を選ぶから、そこの部分は秘することにするけれども、これにより一見、美しく映るものでも、本物か偽物かがわかるとおもう。
具体的には、
1、作品の正面に立って、まずはしばらくそこはかとなく眺めておく。
2、次に目を瞑り、作品の残像を待つ。
3、その残像もまたしばらく眺めていると、残像が動く。
といった見方になる。そして、よき作品というのは、3の残像がほぼ動かないのだ。若冲の作品にいたっては、残像が微動だにしない。それだけ内外の眼に耐えうる美の境涯をお持ちであったのだろう。その若冲の背を押した売茶翁のお茶も、時を逆行できるなら、ぜひ喫茶したい。売茶翁曰く、
「私の茶一杯に天地が入っている」
ということである。
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