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芸能人やスポーツ選手の反権力仕草について

 画像は「デモ」で検索してヒットしたものをお借りしました。私のnoteではお馴染みの画像ですね。


ロックではないミュージシャンたち

 高市早苗総理大臣の国会答弁をきっかけとして中国政府がなした中国国内での日本のミュージシャンのライブやコンサートの中止をめぐり、なぜか中国ではなく日本政府を批判するという明後日の方向の反応がなされています。
 それをめぐりミュージシャンたちを批判する主張もなされているわけですが、私はそこまで厳しい批判をなす気分になっていません。例えば、私が昔聴いていたザ・タイマーズは、よく似たバンドのカバーした楽曲が電力会社やそれに阿る放送局(どうやら日本で最も歴史のあるFM局らしい)が流さないことに反発して結成されたバンドであると聞いています。確かに、エレキギターなどを用いずにアコースティックギターで演奏するスタイルはなるほどと思うものの、24時間営業して原子力発電所が発電した電力をも大量に利用しているコンビニエンスストアチェーンの運営会社と楽曲をタイアップしたりしているのにはどうかと思います。しかしながら、私は矛盾しているのではないかと批判する気は全くありません。なぜならば、ミュージシャンたちは人生のほとんどを自らの音楽を高めるために費やしているわけで、井の中の蛙であるからです。一つのことを極めていることで空の深さを知っているのかもしれませんが、大海は知らない方がほとんどと言えるでしょう。
 同様にスポーツ選手についても、社会問題への認識で厳しい批判をするつもりはありません。モハメド・アリのように本物の反権力を貫くような方はまれで、大体はすでに述べたミュージシャンたちと同じような方々がほとんどでしょう。東京五輪の開催に際して、出場する選手、それも大病を克服してようやく五輪出場に漕ぎつけた選手に対して新型コロナウイルスのパンデミックを理由に五輪出場を辞退せよと迫る痛い方がいらっしゃいましたが、仮に、私が東京五輪を開催することに反対の立場であったとしても、選手にそれを求めることはありません。そのような余計なことで選手の気が散って練習や研鑽の邪魔になってはいけないという気持ちとともに、前述のような理由から現役のスポーツ選手にそんな認識を持ってもらうということ自体が無理なことであると分かっているからです。

プロレスを楽しむように音楽やスポーツを楽しむということ

 そのような認識から、私は芸能やスポーツの世界の人間の表現や実績とその政治的な思想や認識は完全に別であると考えています。前述のザ・タイマーズについても、リアルタイムで聴いていた世代である私は、忌野清志郎の志を受け継いだZERRYが現れたなどと正体が誰だと分かっていながら楽しんでいました。レスラーもレフェリーもみんな同じ団体に所属しているのに、その団体内で血で血を洗う抗争が勃発している状況を「やっているなあ」などと呟きながらスポーツ新聞を読むプロレスファンに通ずるものがあると私は勝手に親近感を持っていました。芸能やスポーツの世界の人間に対してはそのような楽しみ方をすればよいのではないかと私は思います。