永遠の微調整こそ、マスタリーへの道
ゴールデンウィークが明けて仕事を再開すると、久しぶりに取り組む単純作業も、休み前よりも少し楽しく感じられた。
これは裏を返せば、同じ作業を繰り返すうちに、いつの間にか刺激に飽きていたということだ。少し間を置くだけで、退屈だったはずの作業すら新鮮に思える。「飽きる」という感覚は、同じことを繰り返している自分自身が招いているのだ。
逆もまた然りで、ゴールデンウィーク中はゆったり過ごす時間が多かった。最初こそ「優雅な時間だな」と感じていたが、それが続くと、今度は退屈に変わっていく。
刺激も、休息も、続けば当たり前になる。どちらが優れているという話ではなく、すべてはバランスでできている。
これは健康法にも同じことが言える。
一つのアプローチを追求しすぎると、かえってバランスを崩す。糖質制限も、これまで何度か試してきたが、やりすぎると逆に元気がなくなる。サプリメントも、摂れば摂るほど良いというものではない。
引き算と足し算を行き来しながら、整えていく。そして、どんな方法も劇的な効果をもたらすわけではなく、小さな積み重ねによって体は変わっていく。
一つのことがうまくいかなくて絶望するのも、逆に一つの成功で有頂天になるのも、どちらも同じくバランスを欠いた状態だ。盲目的に何かに集中している自分に気づいたら、それはもう傾いているサインかもしれない。
何かに突き進んでいる人を見ると、その瞬間は眩しく、羨ましく感じることもある。けれど、その人が長期的にハッピーでいられる姿は、なぜか想像できない。
右にも左にも、上にも下にも振り切れず、ちょうどいい場所に居続けること。地味だけれど、これが一番難しい。
「ちょうどいい状態」は、固定された場所ではない。自分の状態も、周りの環境も、季節も、年齢も、すべてが変わり続けている。だから、昨日のちょうどよさは、今日のちょうどよさではない。
つまり、永遠に微調整が必要になる。
この、終わりのない微調整を続けていくことそのものがマスタリーへの道なのだと思う。
