あらゆる想像に耐えうる心を養っておく
金曜の夜。
「明日は休みだ仕事もない 早起きなんてしなくてもいい」
するとどうだろう。
「Oh ジュダイのダグジー(渋滞のタクシー)もぉ 進まなくったってイライラしない」のではないだろうか。
明日に無限に広がる空白の自由を想像して、チョベリベリサイコーになっているのではないか。
そして、日曜の夜。
あれ、この週末は昼過ぎまで寝て、ベッドでスマホ触ってたら日が暮れてたな。倦怠と後悔をと引き換えに無限の空白が閉じていく。
大人も子供も奥さんも、きっとこんな体験があるのではないか。
気分は、「期待」と「現実」のギャップで決まると思っています。
例えば、今日の午後がまるまる空いているとします。
「サウナに行った後、あのアイデアを形にしよう。」
「散歩してカフェ行って、ゆったり読みたい本を読もう。」
空白を見つけると、頭の中では最高のシナリオが始まります。
でも現実はどうでしょう。
急に割り込みの仕事の連絡が来たり、短い会議が入ったり、思ったより疲れて出かける気を無くしてスマホを見ているだけで夕方になっている。そして夜になると、「今日も思ったほど何もできなかったな」と肩を落とす。
でも、本当に落ち込む理由は、何もできなかったことなのでしょうか。
もしかしたら、空白に期待を詰め込みすぎていただけなのかもしれません。
これは逆も同じです。
予定がびっしり入っている日って、始まる前は「今日は面倒くさそうだな」と思うことがあります。でも終わってみると、「意外と楽しかったな」とか、「思ったより大変じゃなかったな」と感じる日も少なくありません。
結局、僕たちはポジティブな未来もネガティブな未来も、実際より少し大げさに想像してしまう生き物なんだと思います。
お盆休みに入る人も多い時期ですが、長期休暇もそうです。
一週間休みがあると、「前からやりたかったことやって、これも勉強して、あれも読んで、新しいことも始めよう」と理想はどんどん膨らみます。
それなのに、休みが終わる頃には「思っていたことが全然できなかった」と感じてしまう。
でも、本当にそうでしょうか。
本を一冊読めた。新しい経験や知識が一つ増えた。
何かをきっかけに劇的に変わるというのは幻想で、本当の変化はそのくらいの速度なんだと思います。
ジョージ・レナードの『達人のサイエンス』では、マスタリーへの道とは劇的な成長ではなく、小さな前進を積み重ねることだと語られています。
毎日少しずつ進む。それを続ける。その地味な積み重ねを楽しめる人だけが、気づけば遠くまで歩いている。
僕は、この考え方がすごく好きです。
だから「思った通りにならなかった」という事実よりも、「そんなものだよね」と受け止められる心のほうが大事なんじゃないかと思うようになりました。
未来は良い意味でも悪い意味でも、「思てたんと違う」。
だから未来を正確に想像する力よりも、期待通りでも期待外れでもそんなもんだと受け入れて歩き続けられる。そんな心持ちがどんな瞬間も楽しむための秘訣なのかもしれません。
あらゆる想像に耐え得る 心を養っとけと
誰かが言った筈なんだ
どう転んでも未来だってさ
